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少女を手放した魔女を訪ねてきたのは、人を愛せない魔女でした。

 ひとり家に入ったリリアーズは、心なしかがらんとした家の中を見回した。


(……シルフィの分の部屋を増やしたから広く感じるのよね。また戻さなくちゃいけないわね……)


 だが今はそんな気分ではない。すとん、と椅子に腰を下ろすと虚空に目をやった──




 その時だった。




「やっほーリリー! 元気〜? あたしは元気よ! 久しぶりね、って言ってもそんな経ってないかな? 50年くらいだっけ?」


 突然飛び込んできた静寂を破る喧しい声にリリアーズは思わず眉をしかめる。が、声の主はわかっていた。リリアーズを愛称で呼ぶ数少ない人物のひとり。


「……なんの用よ、カーナ」


 カーナ、とやはり愛称で呼んだ相手を決して歓迎していないわけではない。ないのだが、その声の喧しさにリリアーズは不快感を示してみせた。


「なんの用とは冷たいなぁ。久しぶりに会った友達に対して酷いんじゃなぁい?」

「人の家に無断で入ってきた上に騒ぐ方が悪いわ」

「うーん辛辣〜。ま、元気そうね」


 闖入者はカラッと笑い、空いていた椅子に遠慮なく座った。

 見た限り、年の頃はリリアーズの見た目よりも少し若い。16、7歳くらいか。透き通るような水色の瞳はぱっちりと大きく、肩までの焦げ茶色のくせ毛にはひと筋の黒髪が見え隠れしている。

 彼女の名前はカーネリア=アクリス。近くの湖のほとりに住む“吹命の魔女”のひとりで、その実年齢は400歳を超える。50年ぶりに再会した彼女は、リリアーズとは旧知の仲でもあった。




 とある国で生まれたリリアーズは、生まれてから100年ほど経った時から本格的に魔女としての生を歩み始めた。魔女や魔法に少しばかり風当たりの強い国ではあったものの、リリアーズ自身は強い力を持つ“天生の魔女”だったこともあり、迫害されることなく日々を過ごしていた。様々な場所に行き人と関わり、そうしてまた100年が経とうとする頃、とある村でリリアーズは出会ったのだ。

 自らの意志によってその身を魔女に変え、それによって拷問のような日々を過ごすひとりの少女に。




 寒い冬のことだった。

 その少女の両手には頑丈な鉄の手枷が嵌められていた。その少女の両足には重い鉄の塊が括り付けられていた。人の子とは比べ物にならないその力で、周囲を傷つけることのないように、という善意の配慮によって。

 かろうじて彼女に許されていたのは、重い鉄を引きずりながら歩くことだけだった。

 近くで流行るかもしれない疫病のため、薬を配りに来ていたリリアーズは思わず立ち竦んだ。

 その少女はリリアーズが見ていることに気がつくと、落ち窪んでも光を失わない淡水の瞳をきらりと煌めかせた。

 身にまとった、衣服と呼ぶことすら憚られるようなぼろきれを風に揺らし、ゆっくりと歩み寄ってくる彼女に、硬直していたリリアーズは慌てて駆け寄る。村の人間が止めるのも構わずに自分が身に着けていた[[rb:外套 > コート]]を着せかけた。手足の枷も外してやりたいが、それはなぜこの少女が拘束を受けているのかを聞いてからでなくてはならない。リリアーズは急いて問うた。


『あなたどうして、なぜこんな目に?』


 痩せこけた少女はふわりと笑った。


『それはあたしが魔女だからです』


 木枯らしが、誰も切る人がいないので伸ばしっぱなしになっているのであろうくすんだ焦げ茶の髪から、ひと筋の黒髪を覗かせた。


『あなたは……あなたは天生の魔女様でしょう。人を助けてくれるって噂の、都に住んでる“豪炎の魔女”様でしょう。……お願いがあるんです』


 村の者はこの少女がよほど恐ろしいのか近寄っても来ない。遠巻きにひそひそと恐ろしげに見ているだけだ。

 少女はぼろぼろの姿で気丈に微笑み、ぎゅっと外套の前を掻き合せる。リリアーズが頷くと、ほっとしたようにまた笑った。


『お願い。あたしを、この村から出して』


 少女がここで受けているであろう待遇を既に見て取っていたリリアーズは、一も二もなく頷いた。




 そうしてリリアーズが初めて人を拾って帰ったのが、約400年前のこと。その少女こそがカーネリアである。

 連れ帰ったのちに話を聞くと、どうやらカーネリアは魔力制御をすることができずに自由を奪われていたらしい。魔女としてのいろはや魔力の制御の仕方を教えたのはリリアーズだ。きちんとした魔女になり数十年後に独り立ちしたカーネリアは、様々な国を転々と回っていた。ある時は貴族に、ある時は王に仕えていたらしいが、100年前にリリアーズがこの森に定住したのをきっかけにそれらをすべてやめ、近くの湖に住むことにし、それからしばらくは細々と交流が続いていたのだが、ここ最近は音沙汰がなかった。


「50年……くらいかしらね、やっぱり」

「適当に生きてるから時間ってあんまりわかんないんだけどね〜。あっ、そういえば女の子を拾ったらしいじゃない。どこにいるの?」


 どうしてそれを知っているのか、と思ったがカーネリアなので仕方がない。


「今朝家に帰したわ。家族が見つかったから」

「ふーん。相変わらず優しいね、リリーは。でも会ってみたかったなーその子! すごく可愛いって聞いたんだけど!」

「……まあ、そうね。可愛いしとってもいい子よ。カーナは忙しかったの?」

「忙しかったっていうか、なんか近くの都で貴族の揉めごとがあったみたいだから見に行ってて〜。しばらく都にいたの」

「……ああ、そう……」


 カーネリアは大のゴシップ好きである。そのおかげで世情に疎いリリアーズも世間の様子を知ることができているのだが、儚げに縋り付いてきた少女の面影は、くふふと笑う魔女には欠片もない。彼女の過去を思うと仕方ないのかとも思うが、もう少しどうにかならないものかとも思う。ここまで自分を出せるというのはいいことではあるが。

 カーネリアは村でひどい扱いを受けていた。それも、魔女になる以前はごく普通に接していた、信頼していた人々からである。それにより極度の人間不信に陥った彼女は、リリアーズに引き取られてすぐの頃はリリアーズ以外と目も合わせなかった。それはあの時リリアーズに助けを求めたことが奇跡であるように思えるほどだったが、のちに聞くとリリアーズは人間ではなく魔女だから信用できる、らしい。その時少し、リリアーズは自分が魔女であることに感謝した……というのはカーネリアには秘密である。

 ともかくそれによりカーネリアは人を信じることも、愛することもできなくなった。どんな素晴らしい人間とも、魔女になった身では結局いつか別れが来るのだということを400年間で身を持って知ったのもあるのだろう。その代わりなのか、カーネリアは他人の人間関係の噂話──いわゆるゴシップを好むようになってしまったのだった。

 知らずこめかみを抑えたリリアーズに構わずカーネリアは身を乗り出して手に入れたゴシップを語り始めた。


「まずはレイナー公爵と前ルース侯爵夫人の不倫発覚ね! 今のルース侯爵は前ルース侯爵の子どもじゃないんだって。それでルース侯爵の兄がいるじゃない、庶子の。え、知らない? まあいるんだけど、そいつが訴訟を起こして侯爵位を返還させようとしてるらしいわ。ラハディ子爵の娘は駆け落ちしたんですって。宝石商の息子だったかな、なんでも婚約してたのに側妃様の怒りを買ったから宝石商の息子が国外追放になったんですって。それでついていくって駆け落ちしちゃったんだってー。うふふ、やっぱり人が多いといろいろゴシップがあって楽しいわ! あ、そうそう側妃様といえばね、ちょっと前の話なんだけど、ハルヴァード王家の王子を暗殺しようとしたらしくって──」

「………………そう………………」


 リリアーズは生き生きと目を輝かせるカーネリアから流れるように語られる、時に下衆な時に物騒なゴシップを聞き流していた。

 なんにせよ、カーネリアが来てくれたことによってしばらくはシルフィがいなくなった寂しさも紛らわせそうだ。しばらく泊まっていってもらおう。

 そう提案しようとした時だった。




「リリアーズさん!」


 バン、と大きな音を立てて開いたドアから、金色の光が飛び込んできた。

新キャラが出てきました。

はてさてどうなることやら……

次回は7月になる予定です。

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