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記憶喪失の少女は、行き倒れた青年と一緒に帰ることになりました。

 シルフィの家族は見つかった。1年間に及んだシルフィとの暮らしも、少し寂しいものだがこれで終わりだと思っていた。

 ひと晩だけは。




「……そう、なの?」

「ええ」


 ロディを泊めて明けた朝、目を覚ましたシルフィをロディと引き合わせて、一緒に帰るようにと告げると返ってきたシルフィの第一声がそれだった。


「ロディはあなたのお兄さんなのよ」


 ちなみにシルフィがまた気絶してはいけないので、ロディの髪はリリアーズが染め直した。短いとはいえひどく目立つ色なので、悪目立ちしないように村に引っ越した時からずっと染めているらしい。普通の人間が作る染め粉は水で落ちてしまうので毎日染めなくてはならないが、魔女の持つ特別な製法で作った染め粉で染めたので、数ヶ月は保つだろう。ただ、新しく生えてくる分にはどうしようもないので、油断してそのままにしていると地毛の色がわかってしまうのが欠点だが。

 なんにせよロディは喜んでいたのでまあいいのだろう。水を浴びるたびに染め直すのはひどく手間だったらしい。


「良かったわ、家族が見つかって」

「本当に……お礼のしようもない。もしあなたに出会わなかったら、シルフィにはもう会えなかったかもしれない」


 きょとんとしたままのシルフィの背に手を添えて、ロディは深々と頭を下げる。

 妹を見つけたロディは、長い旅を終えて村に帰るのだという。もとしていた騎士の仕事は辞めてしまっていたが、家やらなにやらはそっくり村に残っていることもある。なによりその村はシルフィが長く過ごした慣れ親しんだ場所だ。友達もいたようだし、そちらにいた方がシルフィの記憶も戻りやすいのかもしれない。


「妹を助けてくれて、ありがとう。この恩はいつか必ず返す」

「恩なんて……気にしなくていいのよ。私は魔女だもの、それも“天生”のね。人を助けるのは私の信条であり、義務なのだから」


 リリアーズは魔女だ。力持つ者だ。リリアーズには弱き者を助ける力があるのだから、力を正しく使うことを誓って生きてきた。

 だからリリアーズがシルフィを助けたのは偶然でもなんでもない。あそこに倒れていたのが誰であろうと、リリアーズは救いの手を差し伸べただろう。


「シルフィ。元気でね」


 いまだぼんやりと立ち竦むシルフィの前にリリアーズは膝をつき、微笑んだ。

 薔薇色の柔らかな頬を撫で、陽の光のような金髪を梳き、こちらを真っ直ぐに見つめる森を映したような瞳を覗き込むと、優しく微笑んでみせた。




 リリアーズは魔女だ。リリアーズが人を助けるのは当然のことで、人を守るのも当然のことで、──人を愛さず、人を見守るのも当然のことだった。

 魔女は死なない。永遠の命を持つ魔女と、限りある命を持つ人間とには、必ず別れが待ち受けていた。どんなものでも別れはつらいものだが、生に分かたれた別れの方が、死に分かたれた別れより何倍もマシだった。

 だからリリアーズは人を引き留めない。生きているうちに、リリアーズの目の前から去ってほしかった。

 魔女は死ねない。もう、誰かが死ぬのを看取るのも、置いて1人残されるのも嫌だった。

 だからシルフィのことも、情が湧く前に早く手放そうと思っていたのだ。

 それなのに。




 餞別に馬車を魔法で作り出し、それを引く馬を召喚してやった。御者台に乗り込んだロディが馬に軽く鞭を振るう。シルフィを乗せた馬車は、さすが騎士というべきか馬の扱いに長けているロディに巧く御され、初めはゆっくりと、徐々にスピードを上げて走り去っていった。

 それをじっと見送る。馬車が木々に隠され見えなくなってから、ほうと息を吐いた。

 いつの間にか、浮かべていたはずの微笑みは消え、溢れたひと粒の涙が地面を濡らした。




 ──本当は。

 もう、シルフィを家族だと思ってしまっていた。

 愛してしまっていた。

 ともに過ごす暮らしが愛しくて、当たり前のように、続くのだと思ってしまっていた。




(……リリアーズさん……)


 あれよあれよと言う間に、己の兄だという青年に馬車に乗せられたシルフィは、馬車に揺られながらいまだ半ば呆然としていた。


(……リリアーズさんは、わたしがいなくなってもよかったのかな)


 少しばかり落ち込みそうになった気持ちを懸命に引き上げる。そうだ。いなくなっても構わないのだ。わかっていたことだった、シルフィがあの場所にいることは、リリアーズを困らせているのだと。

 けれど、それでも。

 シルフィは諦めたくなかった。

 ともに過ごした時間を、今のシルフィにとってのすべてを、家族を、失いたくなかった。


(諦め、られない……!)


 きっ、と空に浮かぶ淡い月を窓から見上げ、シルフィは馬車のドアに手をかけた。




 走る馬車から、シルフィは素早く飛び降りた。

 強い衝撃。馬車はかなりの速度を持っていた、当然だ。「あなたは可愛らしいから、人一倍気をつけないと」と近くの町の人に少しだけ教わった護身術の受け身を取る。当たり前だが多少かじった程度なので全身が痛いし、擦り傷だらけだ。だが落ちた場所が運良く柔らかい苔の群生地だったこともあり、ひどい怪我はなかった。


「シルフィ!?」


 馬車のドアが開いたことに気がついたのだろう、ロディが慌てて馬車を止めて室内を確認しようとしている。


(ごめん、なさい)


 心の中で謝って、シルフィは森の中を駆け出した。

今回は少しだけ短めです。

お読みいただきありがとうございました。

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