行き倒れた青年は、どうやら知り合いのようでした。
青年は翌朝目を覚ました。起き上がった青年の呻き声に、朝食を準備していたリリアーズは振り返る。
「起きたのね。気分はどうかしら?」
「……悪い……」
「そう。まあ倒れていたから無理もないわね」
目もとに腕を当ててなおも呻く青年の傍に寄り、白湯を差し出した。
「よかったら飲みなさい」
「……ああ……ありがたく頂くよ……」
白湯を受け取り疑うことなく一気に中身を飲み下した青年は、次の瞬間げほげほと咳き込んだ。
「な、なんだこれ!? 苦っ……!」
「あ、ごめんなさい。薬を入れていると言うのを忘れていたわ」
「薬って、あんたいったいなんの……っ」
ばっと明るい茶色の髪を振り乱して顔を上げた青年が、リリアーズの顔を見て目を見開く。大人だからといって白湯でも大丈夫だろうと思ったのがまずかったのかしらね、と考え込んでいたリリアーズはそれに気づかなかった。
「あ……あんた、いや、あなたは……」
「……? あら、ごめんなさい。なにかしら?」
ふと顔を上げると青年の海のような紺碧の瞳と視線が合う。見つめられていたことに首を傾げると、呆けていた青年は突然勢いづいて喋り出した。
「久しぶりだな……! もう10年以上経つのか、それにしてはあなたは変わらないな!」
「……は?」
まるで知り合いであるかのように笑う青年に面食らい、リリアーズはただただ戸惑う。
「オレだよ、オレ! 覚えてないか!?」
「覚えてないわね。どちら様かしら?」
あっさり言うと青年はがくりと肩を落とす。だよなあ、覚えてないよなぁ……と呟いた青年は、だがめげずに自らの顔を指差した。
「オレは……ロディ。12年前、10歳の時にあなたに世話になったことがあるんだ」
「12年前のロディ……? そんな子がいたような気もするけれど……」
なにせリリアーズは魔女である。魔女とは人助けをするべき存在であるという認識のもと、リリアーズが生きてきた中で助けるもしくは拾った人間の数はひとりやふたりではない。ロディという名はそれほど珍しいものではないし、整った顔立ちをしているらしいということと、印象的な瞳の色以外は特筆すべき特徴のない青年をリリアーズは覚えていなかった。
「あー……わからないか。なら、ちょっと水貸してくれる?」
「水? いいけれど、今は朝食を作っているから後にして──」
言いかけたとき、部屋のドアがカチャリと開いた。いつものように寝ぼけ眼のシルフィが入ってくる。
「おはよう、リリアーズさん」
「ああ、おはようシルフィ」
「あ、その人、目が覚めたんだ、……ね……」
いつも通りの穏やかな会話を交わしていた中、突発的な事態が起こった。シルフィを目にして呆然としていた青年──ロディが、シルフィに抱きついたのだ。
「……!? り、りりリリアーズさぁん……っ」
「ちょっとあなた! シルフィになにしてるの!?」
抱きつくと言ってもリリアーズより背の高いロディと幼いシルフィの体格差である。シルフィはほとんど押しつぶされるようになっており、知らない男性に突然抱き締められたシルフィは涙目でリリアーズに助けを求めてきた。リリアーズも慌ててロディを引き離そうとするが、かなり力が強くなかなかうまくいかない。
「……っ、シルフィ……! オレの、オレの……っ」
なにやらぶつぶつ呟いているようだがそれが余計に恐ろしい。もしかして拾ってはいけない類の人間を拾ってしまったのだろうか。一応人間を拾う前にはその人のオーラを見て、悪人かそうでないかくらいの判断はしているのだが……。後悔しつつ、リリアーズは魔力を集めた。
「──シルフィから離れなさい!!」
魔法の水球を勢いよくロディの顔面にぶつけてやると、不意打ちだったらしくロディはあっさりとシルフィを放した。
「……はぁっ……」
「シルフィ、大丈夫?」
「う、うん……ありがとう、リリアーズさん」
急に放されたシルフィを支え、ロディをきっと睨みつける。と、呻くロディを見てリリアーズは思わず目を見張った。
「あ、あなた……その髪……」
水に濡れたロディの髪は、それまでの明るい茶色ではなく、まばゆく輝く金色へと変化していたのだった。
そう、まるで、腕の中で震えているシルフィのような──。
リリアーズがシルフィを見やると、シルフィも同じようにロディを見つめている。はっとしたようなその顔に、徐々に苦悶の表情が浮かんでいく。それを見て、リリアーズの胸にはもしやの思いが広がっていく。
──この青年は、シルフィの……?
だがその問いを口にする前に、腕の中のシルフィがくたりと力を失った。──気絶している。
「……え、シルフィ? シルフィ! どうしたの!」
びしょ濡れになったロディを放ったまま、リリアーズはシルフィをベッドに寝かせるため慌てて駆け出した。
お読みいただきありがとうございました。
更新ランダムですが早めに頑張ります。