令嬢だった魔女は、秘密を明かされました。
「は……、……え……?」
“創世の魔女”ダリアナ・イヴァルデ。
その名はこの世界で最も有名な名だ。
人々は子どものころから恐ろしき魔女の名としてその名を教えられ、名を聞くだけでどんな悪童も震え上がる存在である。
その異名の通り、世界を創った魔女だと言われているが、なにせこの世界における初めの存在であるからして誰もその真偽は知らない。
だがこれだけははっきりしている。
ダリアナ・イヴァルデは、すべての魔女の生みの親であるということ。
魔女と名のつく存在すべて、“天生”であろうと“吹命”であろうと彼女の手に掛けられていない者はひとりとしていないのだ。
その証がこの世に比類なき漆黒の艶髪。一般的にひと筋をもって魔女であるという証になり得る黒髪は、実は個々の魔女によって量に差がある。生みの親たる“創世の魔女”に縁や力量が近ければ近いほどその値は増えるものである──というのは人間たちにはあまり知られていないことではある。
とはいえ通常それは“ひと筋”の領域を超えるものではなく、長い髪のすべてが黒髪である存在は、その場のすべての人間にひと目で彼女が異常な存在であることを知らしめた。畏怖の対象が現れたことでその場の空気は凍りつき、誰ひとりとして動くことはできない。
「ふふ。怖いかしら? 今日はなにもしないわ……あなたたちにはね」
そんな中くすくすと笑ったダリアナはふぅわりと足を地に下ろした。倒れ伏したリリアーズたち兄妹のそばに降り立って、エステルの顔を覗き込む。
真紅の目と真正面から目を合わせてしまい、ひ、と息を呑んだエステルはがたがたと震えを隠せないでいる。
「聞こえていなかったらいけないから、もう一度だけ言ってあげる。医者はいらないわ」
「……ど……どうして……」
「え? ……そうね。教えてあげましょうか。そこの青年──名はなんと言ったかしらね」
「レ……レイ様です。ソレイル・エトントレイン様……」
震えつつも気丈に答えるエステルに、ダリアナは満足げに頷き、あっさりと告げた。
「そう、ソレイルね。彼を助けるのは人間の医者ではもう無理だからよ」
「……!! そんな……!」
あっけらかんと告げられた言葉に、使用人たちの間に動揺が走る。それは片眼鏡の執事を捕らえていた使用人も同じで──彼はうっかり執事に隙を見せてしまった。わずかな隙間をついて執事がリリアーズに再び凶刃を向けようとする。
「……っ、ハハ! 今度こそ……っ、……!?」
「うるさいわね」
エステルか今度は飛びかからんとしたところ、なぜか駆けてきていたはずの執事が宙ぶらりんに浮かされた。犯人はもちろんダリアナだ。魔法を使い、その手の刃も叩き落とした。
「邪魔するんじゃないわ」
「なぜ! なぜだ、魔女様! 私との契約をお忘れか!?」
「あなたこそ忘れているのではない?」
バサ、と黒いローブの裾が風に翻る。それは確かに、リリアーズがあの町で見たものと寸分違わず同じものだった。
「私はこの子に手出しすることは認めていません。それがなに? 私の愛し子をこんなにも傷つけて」
私の愛し子。その言葉が発されたことに、また空気が凍りつく。
なぜならばそれが意味するのは──
「は……そんなはずはない! 魔女の子は生まれがわからぬと言う、れっきとしたエトントレイン家の令嬢であるお嬢様ではありえない! 可能性があるならそこの使用人のエステルで──」
「なにを言っているの?」
魔女は冷たい冷たい笑みを浮かべて、くいと引き上げるように人差し指を曲げてみせた。その動きに釣られるように宙吊りになった執事の襟もとがぐいと上に引かれる。
「か……はっ……」
息ができないらしいがそんなことに魔女が構うはずもなく、淡々と笑って魔女が続ける。
「エステル。本当の名はエステル・エトントレイン。エトントレイン家のれっきとした令嬢でしょう?」
「……ぇ?」
小さくこぼれた声は執事のものでも、リリアーズのものでもなかった。名を挙げられ、信じられない事実を告げられたエステルだ。
けれどリリアーズも息を呑む思いだった。エステルがエトントレイン家令嬢だというのなら、ならば自分はいったいなんなのか──
いつの間にか傷がすべて塞がり綺麗な身体に戻っている自分はいったいなんなのか。
「リリアーズ」
ふわ、と魔女が笑う。氷のように冷酷で、母のように温かく、絶対的存在であることを知らしめる神々しさを持つ笑み。
「私の愛し子」
リリアーズは聞きたくなかった。耳を塞いでしまいたかった。けれどそれはできない。見たこともないほど青褪めるエステルを、目の前で血の気をさらに失っていく兄を、裏切っていたというのなら、知らなくてはならないと思った。
「最高傑作。──“豪炎の魔女”」
その名を呼ばれた途端、リリアーズの真紅の瞳が輝いて──黄金の炎が吹き荒れた。
風の強い日だった。




