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7話 探偵令嬢のフィールドワーク

翌日の朝からアクセサリー消失事件の犯人調査が始まる。

私はまず聞き込み調査から始めた。リーズの部屋で、彼女の話を聞く。

クララとマノンには他の調査に向かわせている。その方が効率がいいからね。


「それでは一昨日の朝、急いでいたので部屋の鍵を閉め忘れてしまった。朝の空気の入れ替えの為に窓を開け、そちらも閉め忘れてしまったと。そういうわけね?」

「……はい」

「問題のアクセサリーケースは?」

「これですわ。中身は入っておりませんが、昨日の朝はこの机の上に置いておきましたの」


勉強用の机はベッドとは反対側の壁際。

綺麗に整頓されたその机の上に、リーズは昨日と同じ場所にケースを置く。

窓を開くと、一陣の風が入ってきた。

レースのカーテンがはためく。リーズがタッセルで留めようとするのを、私は静止した。


窓の外からの風にそよがされて、カーテンが大きくはためく。

その一旦が勉強机の上を撫で、アクセサリーケースを床の上に落とした。

落下の衝撃でケースの蓋が開く。リーズがあっと声をあげる。


「あなたはこの部屋に入ってまだ1ヶ月程度ね。今までもこういうことはあった?」

「今まで窓を開ける時は、あたくしも必ず部屋におりましたので……」

「いくら寮だからといって、戸締りは気をつけなさい」

「でも……あたくしも昨日、床のケースが転がっているのを見て、もしかしたらどこかに落ちているかもしれないと隅々まで確認しましたわ! それでも見つかりませんでしたの!」

「一応、私も探してみてもいいかしら?」


リーズの許可を貰い、私も部屋の床を隅々まで見て回る。

ベッドの下やチェストの下、壁との間、ラグの下まで探してみるけどブローチは見つからない。


「昨日から今日にかけて、掃除はした?」

「え? ……いえ、昨日は帰ってすぐにあの騒ぎでしたので。今日は朝一番からフロリナ様をお招きしましたので、お掃除する時間がありませんでした。あの……お気に触りましたでしょうか?」

「いいえ、そうじゃないわ。普段からとても綺麗に片づけているのね。素晴らしいわ。……だからこそ、少し気になったの。ほら、見て」

「え? ……あっ!」


赤いラグをルーペで覗き込む。

小さく泥が付着していた。

リーズは文化部だし、部屋の中には植物の鉢もない。

普通に生活していてラグに泥がつくとは思えない。ということは、つまり。


「誰かが外から侵入してきた、ということでしょうね。そしてその人物Xはクララではないわ。クララは昨日の10時半に早退した。午前中の授業は座学ばかり。帰って早々部屋に戻った。あなたが推理したように部屋のドアから侵入したというのなら、泥がつくのはおかしいわ」

「……」


リーズは顔色を悪くして、小刻みに震えている。両手で自分の体をぎゅっと抱きしめる。


それはそうだろう。

昨日は寮内の女子生徒が犯人だと疑っていた。

しかし今、外部からの侵入半の可能性が濃厚になった。

相手が何者かは分からない。恐ろしい暴漢かもしれない。怪人かもしれない。

うら若き乙女にとって、それがどれほど恐怖になるか。私だって想像に難しくない。


だからこそ、尚更私はこの事件の犯人を突き止めなければならない。

この寮で生活するすべての少女の為に。


「ちょっと失礼するわね」

「ふ、フロリナ様!? 何をなさいますの!?」


リーズは私の行動に度肝を抜かれ、普段の調子を取り戻す。


「窓からの出入りの難易度を確かめるのよ。よ――っと! ……うん、出るだけなら何とかなるわね。下は芝生だし、ある程度衝撃が吸収されるわ。入るのは――少し難易度が高いわね」


室内と外では高低差がある。

内から外に出るのは、運動神経が良い若者なら比較的楽だ。けど、外から中に入るのは難儀する。


成人男性でも、これだけの高さを自分の体重を支えて登ったとなると、外の壁に痕跡が残っていそうなものである。

だが生憎、そんな痕跡は見当たらなかった。


「ということは、梯子を使ったのかしら」

「フロリナ様!」


――と、そこへリーズとクララ、マノンが駆け寄ってきた。

どうやら私を追って外に出る途中、クララとマノンと合流したようだ。


「あなたたち、聞き込みは順調に行えたかしら?」

「は、はいっ、フロリナ様っ。リーズさんのブローチの他に、最近紛失物が届けだされていないかとのことでしたが……」


他の寮生の間でも、髪留めや小物が見当たらない、といった届け出がなされていたようだ。

もっともどれもリーズのブローチのように高価ではないから、大した騒ぎになっていなかったようだけど。


「それと、これは関係するのか分からないですが……キッチンで瓶の蓋もなくなっていたようです」

「瓶の蓋?」

「はい、ケチャップの瓶の蓋だそうです。素材が独特だから、他のゴミと混ざらないように保管しておいたそうです」

「それがなくなったのね」

「……そんなもの、好んで盗む人がいるとは、思えない。あたしは別件だと思う」


マノンの言うことも、もっともだ。

私はひとまず彼女たちの聞き込み調査を労うと、先程の推理を話すことにした。


「確かに、この窓をよじ登るのは大変そうですね」

「梯子が必要、あたしも同意見」

「でも犯人は、どこから梯子を持ってきたのでしょう?」


そう、それが問題だ。

寮の近くには倉庫があるけど、入り口の鍵はやはり寮母さんが管理している。

もちろん倉庫の鍵は閉ざされている。

寮母さんもここ1週間は空けた覚えがないという。


ここ以外の倉庫だと校舎の倉庫ということになるが、学院内には警備員が回っている。

校舎から女子寮までの道を、梯子なんて大物を抱えて歩く不審人物がいれば見つかっているはずだ。


じゃあ、一体――。

そう思った時。再び一陣の風が吹いた。

頭上でカーテンがはためく。

寮の裏に植えられた木々がざわめき、葉を揺らし、枝で休んでいた鳥が飛び立つ。

こんな時だというのにのどかな光景に、一瞬事件を忘れそうになってしまう。

新緑の色が眩しい。

季節はもう春が終わり、初夏へ向かおうとしていた。


(あ……)


その時、私の脳裏に閃きが走る。

そうか、そういうことなら……。


頭の中でパズルが組みあがる。

でもまだピースが足りない。

事件の真相が私の考えている通りなら、確固たる証拠を皆に付きつけなければ、きっと納得してもらえない。


それから私は図書館に向かった。

図書館は校舎の裏にある、独立した建物だ。

三階建ての立派な建物。私は棚から何冊かの本を取り出し、テーブルの一角を陣取って本を開く。


「うーん……」


しかし私が求めるような情報は見つからなかった。

資料探しを手伝ってくれているクララとマノンにしても、私が求める情報は発見できていない。


「フロリナ様、お疲れじゃないですか? あとは私とマノンが調べておくので、フロリナ様は気分転換に出られてはどうですか?」

「そうね、悪いけどそうさせてもらうわ」


調べ物をクララとマノンに任せ、図書館の外に出る。

時刻はもうすぐ夕方。

今日という休日を丸1日、調べ物の使ってしまったことになる。別に後悔はしていないけど。


ただ少し肩が凝ってしまったのは事実。

私は気分転換を兼ねて、森の奥にある湖まで行って帰ってこようと考えた。

図書館から湖なら、往復で30分くらいだ。ちょっとした散歩にはちょうどいい。


森を抜けると、湖面から渡ってきた涼しい風が頬を撫でる。


季節は春から初夏に移り変わろうとしている。夕暮れ前の涼しい風が心地よい。

傾きかけた太陽が水面をキラキラと照らしている。

湖畔には旧い礼拝堂と、その傍らには背の高い時計塔。

クララと初めて出会った場所だ。

私はなんとなしに礼拝堂へと近づき、扉に手を添える。


「そこにいるのは誰ですか?」


――その時。

礼拝堂の中からではなく、背後から女性の声が聞こえた。

弾かれたように振り向くと、見覚えのある人物が立っていた。


修道服に身を包んだ金髪のシスター。

聖書の授業を担当し、クラブの顧問も請け負っている教諭シスター・ミカエラだ。


「あらあらあら~、あなたは……高等部2年生のブルームさんですね。お散歩中ですか?」

「ええ。シスター・ミカエラは――愚問でしたね。この旧礼拝堂も聖職者の方たちが管理なされているんでしたものね」

「そうですよ~。日中は開けていますけど、そろそろ閉めるお時間ですからねぇ」


美しい金髪に、端正に整った顔立ち。

さらにシスターという立場も相まって、神々しい美女として密かに人気が高い。

一方で見た目に反してどことなく間延びしたような、おっとりした口調は良い意味でギャップがある。

そんなところも人気の秘訣だと思う。


「いつもここの管理はシスター・ミカエラが?」

「ええ~、わたくしが任されているんですよ。今は使われていないとはいえ、内部はしっかりしているでしょう? 一応宗教施設ですからね~、定期的にお掃除しているんです」

「……ということは、シスターは定期的にこの森に入っているんですね」

「ええ~。そのご様子だと、何か探し物かしら?」

「探し物といえば探し物ですね。実は――」


“探し物”の特徴を告げると、シスターは小首を傾げた後、ぽんと手を叩いた。


「ああ、それなら――」


シスターの言葉を受けて、私は、推理の方向性が間違っていなかったことを確信するのだった。


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