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6話 悪役令嬢の矜持

「まず、リーズさん。あなたは昨夜、部屋に戻った後でブローチをアクセサリーケースに仕舞ったと聞いているわ。それは間違いありませんわね?」

「え? ええ、そうですわ。それがどうかしまして!?」

「あなたは先程言いましたわね。“今朝は確かにブローチを見た”と。普通、アクセサリーケースはクローゼットの中などに保管しておきますわ。あなたは今朝、アクセサリーケースを取り出していちいち中身を確認しましたの?」

「それは……いいえ、違いましてよ。あたくしのブローチにはブルームーンストーンがあしらわれておりますの。月の光を集めるという宝石でしてよ。昨夜は皆様にブローチを見せた後、部屋に戻ると満月の光が美しかったので、アクセサリーケースに入れたまま蓋を開いて窓辺に置いておきましたの」

「なるほど。それで朝、起きた時にブローチを確認してクローゼットに仕舞ったのね?」

「……いいえ。その、実は――今朝は少し、寝過ごしてしまいまして……」


知っている。今朝、食堂にリーズの姿がなかったのは記憶に新しい。

あの時は事情を知らなかったけど、いつも騒がしい1年生の中心人物がいないことに気付いていた。


「目を覚ましたのは、朝食が終わる寸前の時間でしてよ。それで、急いで支度をして――そう、その時にアクセサリーケースの存在を思い出して、確か……蓋を閉めて、机の上に置きましたわ。そしてまた支度に戻って――」

「そしてご学友が呼びにいらした、と」

「え、ええ……皆様には、先に玄関で待っているように伝えて……」

「姿見で身だしなみの最終チェックをして、部屋を出た。その時に、何か――そう、たとえば服の裾をどこかに引っ掛けるとか、タイの乱れが気になるとか、些細なミスがなかったかしら?」

「……ええ、確かにリボンの乱れを見つけて急いで直しましたが、それがどうかしまして!?」

「私にも似たような経験があるわ。そういう時って、頭の中がいろんな考えでいっぱいよね。このままでは遅れてしまう、皆様をこれ以上待たせるわけには、急がなくてはならないのに――そういう時、人はさらに些細なミスを犯すものよ。……あなた、部屋の鍵を本当に締めました?」

「え――っ!? そ、それは、ええ……」

「本当に? 自信を持って言えるかしら」

「……」


リーズ嬢は言い澱み、視線を彷徨わせる。


「先程、私にも似た経験があると言ったわね。急いでいる時の、鍵のかけ忘れや窓の締め忘れ。あなたの場合はアクセサリーケースをしまうのも忘れていた。本当にドアの鍵をしっかり閉めたと言えるのかしら? これは大事なことよ。よく思い返してみて」

「……かけ忘れていた、かも、しれません……ですわ」


周囲の生徒からどよめきが漏れる。


――フロリナ様の言う通りだったわ。すごいわね。でもそれが事件とどんな関係があるのかしら?


私は構わずに続ける。


「つまりあなたの部屋は、マスターキーを使わなくても1日中出入りできたということ。朝の通学時、廊下には他の生徒もいたでしょう。あなたが鍵を閉め忘れるのを目撃した人もいるはずよ。もちろんその人が即犯人という判断にはならないわ。何気ない日常会話の中で、そういえば今朝――と、つい漏らしてしまうこともあるでしょうしね」

「……」

「でも、あなたの部屋に鍵がかかっていないと知ることができる人はいた。その中の1人が帰寮第一波に混ざって、こっそりあなたの部屋に忍び込み、ブローチを盗んだという可能性も考えられるわ」

「……でも、そんなこと、可能性の話ではありませんの! 可能性もあるというだけで、クララさんの潔白を証明することにはなりませんわ!」

「ええ。しかし“他の可能性もある”以上、クララを犯人だと断定することもできないわ。他の可能性を検証しないまま、これ以上クララを詰ることは、この私フロリナ=ブルームが許しません」

「くっ……!」


リーズ嬢は唇を噛んで小さく唸る。

まあ……面白くないのは分かる。

私は他にも犯行可能な人物がいると示しただけで、それが誰とは言っていないのだから。


リーズ嬢は不満の矛先をどこに向けて良いのか分からないだろうし、他の寮生たちにしても、誰が犯人なのかと疑心暗鬼になってしまう。

だから私は、この件で責任を負わなければならない。


「ご安心なさい、リーズさん。この事件の謎は私が解いてみせるわ」

「え……!?」

「クララの完全なる潔白の証明と共に、あなたのブローチの行方も探し当ててみせる。それでよろしいかしら?」

「そ、それは……もちろんでございますわ! ですが、本当にそんなことができるのですか!?」

「当然よ。私を誰だと思っているのかしら?」


大勢の人だかりの中、私は不敵に笑ってみせる。


そう――この場においては私が余裕たっぷりに、自信満々に振る舞うことこそが、皆の疑心暗鬼を晴らす唯一の手段。


この人に任せておけば大丈夫だと、謎はすべて解けるのだと、自分たちがいらぬ詮索をする必要はないのだと、そう思わせる必要がある。


「私はフロリナ=ブルーム公爵令嬢。この私に解けない謎など、この世に存在しませんわ」


寮生たちのどよめき。

リーズ嬢の期待と不安の込められた眼差し。

ハラハラと成り行きを見守るマノンの視線。

そして真っ赤に潤んだクララの瞳。

すべての視線を一身に集めながら、私は前世に得た記憶を思い返していた。


前世の記憶。

『恋セレ』のゲーム本編でも、序盤にクララが宝石泥棒事件の容疑をかけられるイベントがあった。

攻略キャラのイケメンたちと共に謎を解き、仲を深めていくというイベントだった。


ちなみに、ゲーム本編での真犯人はフロリナ。

彼女はたまたま取り巻きから前日夜の出来事と、リーズ嬢の部屋の施錠ミスを聞く。

これまた偶然早退したクララに罪を被せてやろうと、放課後部活をサボって寮に戻るとリーズ嬢のブローチを盗んだのだ。


結局、取り巻きの証言から真相が明かされてしまうのだけど。

リーズも相手が公爵令嬢とあっては強く詰ることもできず、フロリナの性根の卑しさと、嫌がらせにかけるバイタリティの高さにただ呆れて終わる――そんなイベントだった。


だけど今回のフロリナは、当然そんなことはしていない。

フロリナが動かない以上、宝石泥棒事件も発生しない。そう思っていた。

だが、発生してしまった。これはどういうことなのだろう。


『恋セレ』ゲーム本編が運命のようなものだとするのなら、私はいわば駒。

駒の一つが行動を変えたからといって、運命の筋書きそのものは変わらない……そういうことなのかもしれない。


たとえば前世でよく親しんでいたSFやファンタジー作品だと、こういう場合、本来Aという人物が担うはずだった役割は、別の人物Xにスライドされる。

直接手を下す人物は異なっても、運命の大きな筋書きそのものは変わらない――というやつだ。


これを暫定的に“運命の強制力”と呼ぼうと思う。

それでは“運命の強制力”は、誰を犯人に選んだのだろう?

私はこれから、それを探り出さなければならない。


本当なら悪役令嬢フロリナが負うはずだった咎を、他人にスライドさせてしまった私の責任。

いわば悪役令嬢の矜持プライドだった。


「フロリナ様っ!」


サロンでの話し合いが終わり、寮生たちは部屋に戻っていく。

そんな中で、私はクララに呼び止められた。

クララはマノンに伴われ、私に歩み寄ってくる。


「ありがとうございますっ……! フロリナ様が庇ってくださらなかったら、わたし、どうなっていたか……っ! ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……っ!」

「別に構わないわ。あなたは潔白なのだから、謝る必要もお礼を言う必要もないわ」

「そ、そんな! せめてお礼だけは言わせてくださいっ!」

「それもそうね。じゃあ、ありがたく受け取っておくわね。くすくすくす」


冗談めかして言うと、ようやくクララは表情を和らげる。

うん、やっぱり彼女にはこういう表情がよく似合う。悲しんでいる顔は似合わない。


さあ――これからが正念場だ。

この笑顔を守る為にも、私は真相を解明しなくては。

クララの為にも、リーズの為にも、この寮で生活するすべての生徒の為にも。


何よりも、きっとフロリナ自身の為にもなるのだから。

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