5話 女子寮アクセサリー盗難事件
ゲーム本編でクララをいじめているのは悪役令嬢であるフロリナだった。
でも今の私とクララは仲良し。
だからこの世界では何も起こらない――そう思っていた。
しかし、その認識は……間違っていた。
あの日の放課後、クラブ活動を終えた私が寮に戻ると、少女たちの荒い声が聞こえた。
「今さらとぼけないで! あなたが盗んだということは分かっているんだから!」
「そんな……私は盗んでいないです!」
「今日の昼間、寮にいたのはあなただけだったじゃない!」
寮のホールでは、数人の生徒がクララを囲んでいる。
どう見ても穏やかな雰囲気じゃない。
少女たちは半ば怒鳴っているし、糾弾されるクララは涙目だ。
「あっ……フロリナ様……!」
私の姿を見つけたマノンが駆け寄ってくる。
「マノン、これは一体何事なのかしら?」
「……それが」
マノンは少女たちの方をちらちらと見ながら、これまでの経緯を説明する。
「あの中央の女性、リーズ=サイモン伯爵令嬢……彼女のブローチが、盗まれてしまったようなのです」
「盗まれた?」
「はい……」
時系列が前後するから、まとめて説明すると、こうだ。
リーズ嬢は1年生。クララたちと同じクラスの女子生徒だ。
彼女たちは昨日の夕食後、寮1階のサロンに集まって歓談に耽っていたという。
で、風呂上りにたまたま通りかかったマノンとクララも巻き込まれた。
私と彼女たちは寮のフロアが違うので、私はその場に遭遇していない。
学生寮は1階が3年生、2階が2年生、3階が1年生と別れているからだ。
1年生たちは、各々が持ち寄ったアクセサリーを見せ合って楽しんでいたという。
宮廷学院ではパーティーやコンサートが催されることもあるから、アクセサリー類の持ち込みが許可されている。
ただし学業には関係がないので、普段制服につけて登校することは禁じられている。
あくまで寮の自室で管理して、入用の時につける為の物だ。
それをサロンで見比べていたのだから、決して褒められる行為ではない。
けれど一部の生徒が己の家の力――財力を示す為に、こっそり見せびらかしているのは、ままあることである。
ゲーム本編ではフロリナが率先して行っていた。ゲームのフロリナがやっていたことだから、私はやらないようにしていたけど。
昨夜のお披露目会で、一番立派なアクセサリーを持ってきたのは、リーズ嬢だったという。
ブルームーンストーンがあしらわれた金のブローチ。
そのあまりの美しさに、他の貴族令嬢たちも思わず感嘆の吐息を漏らしたという。
……なおクララやマノンは人様に自慢できるようなアクセサリーがなく、肩身の狭い思いをしていたようだ。
やがて消灯時間が迫ってきたのでお開きとなった。
その時は確かにリーズ嬢がブローチを持ち帰ったという。複数の目撃証言が出ているから間違いない。
そしてリーズ嬢は、部屋に戻るとブローチをアクセサリーケースに仕舞い、保管しておいたという。
だが今日の放課後、リーズ嬢が寮の部屋に戻ると、扉の鍵が開いていた。
私たちの寮の部屋には、個別に鍵が用意されている。
寮母さんの部屋にはマスターキーもあるけど、基本的に鍵は一つずつしか用意されていない。
そんな部屋の鍵が開けられているだけでも不審に思ったのに、扉を開いてさらに驚愕することになる。
壁際の窓が大きく開かれ、床には空のアクセサリーケースが転がっていた――。
なお寮母さんは、今日の午前11時から15時までの間、仕事で町に出ていた。
ならその間、寮はもぬけの空になっていたのかというと、そうじゃない。
運の悪いことに、今日はクララが体調不良で早退していたのだ。
早退時刻は2時限目の終わり。
寮母さんは午前10時半にクララの帰寮を見届けると、11時前に出ていった。
それから15時に戻ってくるまで、寮の玄関も裏口も固く閉ざされていた。
寮母さんはしっかり戸締りをしたというから、間違いない。
それから生徒たちの帰寮第一波となる16時前後まで、寮を出入りした人はいない。
ちなみにリーズ嬢は、帰寮第二波に当たる16時半に帰ってきたようだ。
リーズ嬢は帰って早々に部屋の異変に気付くと、寮母さんに相談した。
それから事態の経緯を探り、容疑者を絞り込んだところに、半日休んですっかり調子を取り戻したクララが部屋から出てきて――今に至る。
「あなたは昨夜、あたくしのアクセサリーを羨ましそうに眺めていらっしゃいましたものねぇ! そしてご自分は人様に見せられるようなアクセサリーを持っていなかった。あたくしを妬んだのでありましょう!?」
「ち、違いますっ! 私はそんなことしていません!」
「嘘おっしゃい! あなたは昨夜、部屋に戻ってから作戦を練ったに違いありませんわ! 今日のお昼に寮母さんが外出なさるのは1週間前から周知されていましたもの! このチャンスを活かしてあたくしの宝石を盗もうと考えたに違いありませんわ!!」
「だから、違いますっ……! 何を根拠にそんなことを言うんですかっ」
「物理的に実行可能だったのがあなただけだからですわ! 今朝は確かにブローチをこの目で見ましたもの! それなのに、帰ってきたらなくなっていた! 一体誰が、いつ盗んだと言いますの!? 今日の昼間しかありませんわ! そして今日の昼間、11時から15時の間、寮にいたのはあなただけ! あなたは寮母さんの留守を狙ってマスターキーを盗み出し、あたくしの部屋に忍び込んで狼藉を働いたのでしょう! それともまさか、寮母さんが犯人だとでも言うおつもりですか!?」
「そ、そんなことは言いません! でも、でも、私でもありません……! 私は早退してからずっと、薬を飲んで寝ていたんですっ!」
「それを証明できますの? 確かにあなたの早退はクラスメイト全員が知っていますわ。けれど寮に戻ってからのあなたの行動を証明してくれる人はおりますの? いないでしょう!?」
「――っ」
クララの瞳に涙が浮かぶ。
その反応がますますリーズの感情を昂らせた。
「何ですの、泣けば許されると思っているんですの? お生憎様ですわね! あたくしも女ですから、そんな戦略は通用しませんことよ! ここが校舎なら、あなたが色目を使っている殿方たちが助けてくださったかもしれませんがね!」
「……っ、色目、なんて……!」
「もういい加減になさい」
これ以上は見るに耐えない。
私がクララとリーズの間に割って入ると、すぐに場がしんと静まり返った。
「事情はおおよそ把握しましたわ。犯人捜しは結構ですが、今の発言はもはや推理でも詰問でもなく、人格攻撃になっていましてよ。あのような言い方をされれば、気が弱い子であれば涙を浮かべて当然でしょう。少し冷静になりなさいな」
「フロリナ様……! ですが、あたくしは――」
「第一」
私は制服のポケットから扇を取り出し、開いて口元を隠す。
わざとらしいポーズではあるが、こうすることで相手に威圧感を与える効果がある。
今のリーズ嬢は少し熱くなりすぎている。
少しクールダウンさせる必要があると判断した。私はもったいぶった上で口を開く。
「今ある情報だけで、クララが犯人だと判断するのは早計ですわ」
「フロリナ様っ……!」
「で……ではフロリナ様! 一体誰が犯人だと言うのですか!? まさか寮母さんとはおっしゃらないでしょう!?」
「それも今ある情報だけで断定はできませんわ。今の私にできるのは、容疑者はクララだけではないと、この場にいる皆様に納得させることだけです」
「……つまり、他にも容疑者がいるとおっしゃるのですね? それは――」
「もちろん寮母さん、というつもりはありませんわ。……これから説明しますわね」
いつの間にか周囲には人だかりができている。
さっきまではクララへの詰問を遠巻きに眺めていた生徒たちも、私の登場で何事かとより関心を深めたようだ。
……さて。これは結構な大仕事になりそうだ。
ここまで注目された以上、迂闊なことは言えない。
けれど私はクララが犯人ではないと知っているし、さっきのリーズの発言に引っかかる部分もあった。
即座に頭の中で理屈を組み立てて口を開いた。