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3話 三人の貴公子

休み時間。

廊下を歩いていると、少し先のところでクララが沢山の紙束を両手に抱えて歩いているのが見えた。


「クララ。こんなに沢山の紙束をどうしたの?」

「あっ、フロリナ様。ええと、次の授業に使う資料を運んでいるんです」

「あなた1人で?」

「はい、今日は私が当番ですのでっ」

「他に当番はいないの?」

「はい……」

「マノンはどうしたの?」

「あ、マノンは他の先生に呼ばれてお手伝いです。朝の仕事は手伝ってくれたんですよ」

「そう。なら今は私が手伝うわね」

「えっ、あ――」


クララの両手から資料を半分奪い取る。……おお、なるほど。これは結構重い。


「重いわね……これを1人で運ぶのは大変だったでしょう。あなたの教室まで運べばいいの?」

「だ、大丈夫です大丈夫ですっ! 1人で運べますから、フロリナ様のお手を煩わせるわけにはいきません!」

「1人でって、あなたの腕力では無理でしょう」

「なら一旦置いて後で取りに来ますから~っ!」

「廊下に直置きするつもり? こんなところに置いて行ったら紛失してしまうかもしれないわよ。そうなった時に責任を負わされたくないでしょう。いいから、いいから」

「はうぅぅあぁぁ……っ!」


そんなにかしこまって遠慮しなくてもいいのに。

クララは私の推しなんだから、力になりたいと思うのは当たり前だ。

それに私も馬術部で鍛えているから、これぐらい……うおぉ、やっぱり少し重いな。紙って何気に重量あるからなぁ。


「大丈夫か?」

「は?」

「アルマン、フランツ。お前たちも手伝え」

「はっ」

「よっしゃ! 力仕事なら任せとけ!」


不意に現れた人影に、資料を半分以上取られてしまう。隣を見ればクララにも同じ出来事が起きていた。

違うとすれば、私の資料を奪ったのはアルマンとフランツ。クララの資料を奪ったのはジークフリート殿下ということぐらいか。


「……って、殿下!? 一体何のおつもりですの!?」

「何のつもりとは心外だな。お前たち2人が廊下の真ん中で困っている様子だったから力を貸してやったまでだ。何故そう怒ったような顔をする? むしろ礼を言ってほしいぐらいだぞ」

「……それは、どうも、ありがとうございます」

「膨れながら礼を言われてもな。まあ、2人の時間を邪魔したのは無粋だったかもしれないが」

「は!?」

「ははははは、顔に書いてあるぞ」

「む、うぅぅ……」


……なまじ付き合いが長いだけに、見透かされている。

はあ……この人に弱味とか、からかいの材料になりそうなことは教えたくないんだけどなあ。


……まあいいか。今困っていたのは確かだし。クララも助かったのだし、結果オーライだ。

クララを助けるのに、私では力不足だと言われたようで少し癪だけど。


「で? これはどこに運べばいいのだ?」

「ごっ――ごめんなさい、ごめんなさいっ! あ、あの、私のクラスですっ……!」

「クララか。お前のクラスは何組だ?」

「いいい、1年A組ですっ……!」

「そうか。行くぞ、フランツ、アルマン!」

「はっ!」

「うおおおおっ! 行くぜ行くぜ行くぜーっ!」

「アルマンさん、廊下をお走りにならないで!」

「おおっと! へへっ、こいつは失敗だぜ!」


こうして私たち5人で1年A組まで資料を運んだ。

私たちが入ってきた時の1-Aの騒ぎっぷりときたら、それはもう筆舌に尽くしがたいものがあったのだった……。


***


私たちが1-Aに資料を運んだ日、クララたちのクラスは大騒ぎになった。

私たちが教室を去った後も騒ぎは収まらず、放課後まで大騒ぎだったという。

放課後、サロンに集まった私たちも、もっぱら同じ話題で盛り上がる。


「……教室に戻ってきたら、みんなが騒いでいたから、何事かと思った。そんなことがあったんだ」

「あら、マノンにはまだ話していなかったの?」

「うぅぅ、さっきまでクラスメイトから質問攻めに遭っていたんです~! 殿下たち『三貴公子』といつどこで仲良くなったんだって……!」

「『三貴公子』? ……とは何でしょうか、フロリナ様?」

「殿下、アルマンさん、フランツさんの呼称ですわ。あのお三方は学院の中でも特に目を惹く男性ですもの。以前からそう呼ばれていますの」

「……なるほど、それで」


中等部も学院に在籍していた生徒なら、当然知っている。

そんな『三貴公子』と公爵令嬢フロリナが、編入生のクララを手伝って教室を訪れたのだから、生徒たちは大騒ぎしたと、そういうわけだ。


そして『三貴公子』とは、乙女ゲーム『恋セレ』の攻略対象である。

つまりクララと恋に落ちる可能性がある人物という意味だ。


「それでクララ、あなたは誰が気になっているの?」

「えぇっ!? ど、どうしたんですか、いきなり!?」

「いいじゃない、ふと気になったのよ。それともあなた、今のところ気になっている人はいないのかしら?」

「い――いえ、あのっ、気になっている方は……います、けど……っ」

「あら、どなたなの? ぜひ教えていただきたいわね」

「や、や、名前を言うのはご容赦してください~!」


クララは真っ赤になって、両頬に手を添える。ああもう、可愛い仕草だなあ。

ゲーム本編ではここまで仔細にクララの動きや表情が見えなかったから、これはこれで役得かもしれない……。


「じゃあ特徴、特徴だけ教えてちょうだい!」

「え、うぅぅ……フロリナ様、なんでそんなにノリノリなんですか?」

「恋愛話は私たちぐらいのお年頃の女性にとって、もっとも興味深い話題ではなくって?」

「ふ、フロリナ様もそういう話題に興味があったんですね……はうぅ」

「当たり前でしょう、私を何だと思っているのよ。それで、どんな人なの? クララが気になっている人というのは?」


グイグイ迫る私にクララは気圧され気味だ。マノンも呆れたような表情を浮かべている。

だけど私は気にしない。やがてクララは観念したように言葉を絞り出す。


「わ、私が気になっている人は……」

「気になっている人は?」

「……とても高貴で気高いお方で……」


高貴で気高い。ということは、ジークフリート殿下か。

まああの人は『恋セレ』のメインヒーローだし、一番人気だし。

俺様気質だけど身分と実績に裏打ちされた振る舞いは、良い意味でプライドが感じられるとの評価だった。

ぶっちゃけ私もそう思っているから、王道と言えば王道の人選だ。


「誠実で真面目で知性的で、お優しくて……」


おや? それはちょっと殿下のイメージとは異なるな?

そのイメージに該当するのはアルマンだ。アルマンは知性担当キャラだからね。

いわゆる知性派に弱いタイプの女の子に絶大な人気を誇っていたっけ。


「麗しい容姿に反して、意外と逞しくて……さすが普段から鍛えているなあって。そんなところも良い意味でギャップがあるというか……」


うんうん、それはフランツだね。

フランツはパワー担当キャラだけど、『恋セレ』は乙女ゲームだから見た目は乙女ウケするシュっとしたイケメンだ。

そんなイケメンがクララをお姫様抱っこして駆けまわったりするから、無邪気系が好きな女の子からの支持が厚かった。


しかし、3人とも気になっているとは。

これはつまり、まだ誰か1人に絞り込めていないという意味かな?

きっとそういうことだろう。なんだかんだ言って、3人とも客観的に見れば魅力的だからね。


「大丈夫よ、クララ。これからじっくり1人に絞り込んでいけばいいからね?」

「…………はい?」

「まだ誰とも付き合っていないんだもの。気が多いのは悪いことではないわ。じっくり比較検討して、一番いいと思う人を選びなさい」

「え、え? あのフロリナ様……?」

「クララ」


マノンがクララの肩にぽん、と手を置く。


「……苦労するね。頑張れ」

「うぅぅっ、が、頑張るっ……!」


なんだかよく分からないけど、友情を深め合っているようだ。

私はというと、クララがまだ本命を絞っていないということに、少し安堵していた。

本命を決めていないのなら……もう少しだけ、この時間を楽しんでもいいよね?

そう思いながら、クララが淹れてくれた紅茶を味わった。

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