エピローグ 再び、穏やかな日々
その後、アルマンは学院に留まり続けた。
殿下やフランツ、それに私が大勢の前で釘を刺したこともあり、アルマンに直接何かを言ってくる生徒はいない。
それでも奇異の視線は消えず、アルマン=レスコーという人間に対する世間の評価はだいぶ変わってしまった。
学院側も黙っていたわけではない。
アルマンは教師から厳重に叱られた上に、一週間の自室謹慎と、レスコー伯爵家への報告という措置を取られた。
彼はすべてを受け入れた上で、学院に留まり続けている。
『恋セレ』本編のフロリナが耐えきれず学院を去ったことを考えると、彼のメンタルは強い。あるいは支えてくれる理解者がいることが功を奏したのか。
あるいは自分が学院を辞めれば、巻き込んだマノンも責任を取らざるを得ないことを懸念しているのかもしれない。
いずれにしても、私はもう彼に悪感情は一切抱いていない。一日も早く、彼に平穏な日常が戻ってくることを願ってやまない。
クララは事件の被害者として、すべての真相を知らされた。
一般大衆向けには、アルマンの動機がマギーにあったことは伏せられている。
けれどクララは知るべき、知る権利があると思ったから、アルマンに了解を得た上で明かした。
マノンが関与していたことも、同じタイミングで明かしてある。
マノンは――やはりアルマンから脅されていた。
デュヴァル男爵家とレスコー伯爵家の力関係を持ち出され、親の立場を悪くしたくなければ嫌がらせに協力しろと脅されていたのだ。
「ごめんなさい、クララ……っ、あたし、本当にバカだった……っ!」
マノンは泣いてクララに詫びた。その涙が演技や偽りではなく、本心からのものであることは誰の目にも明らかだった。
「ううん、いいのよマノン。私はこうして無事だったし、失うものなんて何もなかったもの。……私よりマノンの方が辛かったと思う。だから、もういいの。気付いてあげられなくてごめんね」
「クララっ……!!」
「よしよし、もう大丈夫だよ」
夜。消灯前のひと時、私の部屋に二人を呼び出してすべての真相を明かすと、クララはマノンを優しく抱きしめる。
私の部屋は完全に個室だし、壁も厚いから防音もしっかりしている。だから私の部屋を選んだのだ。
クララは泣きじゃくるマノンを宥める。
やがて泣き疲れたマノンは、クララの膝の上で寝息を立て始めた。
「……私、思うんです。マノンもアルマン様も、根っから悪い人じゃないって。大切な人がいて、大切な人を守ろうとして、それが少しずつ食い違ってしまって……今回のようなことになったと」
「ええ、そうね。……マノンは結局のところ、あなたを傷付けることができなかったわ。ノートは無事に回収しようとしていたし、あなたに危害を加えるよりも、自分の花壇を荒らすことを選んだ。不器用だけど、優しい子よ」
「はい、私もそう思います」
クララはソファに腰かけ、膝の上で丸くなるマノンの頭を撫でる。
それは母が子供をあやすようであり、主人が猫を撫でるようでもあり。
不思議と心の柔らかい部分を刺激するような、優しい光景だった。
「フロリナ様が謎を解いて、こういう形で収めてくれなかったら、取り返しのつかないことになっていたんじゃないかとも思うんです。私は真実に気付けないまま、マノンはどんどん自分を追い詰めて、アルマン様も……そうなればアルマン様の妹さんも、深く傷つくことになったんじゃないでしょうか」
「辿り着かなかった未来のことは、誰にも分からないわ。でも――」
「でも?」
「あなたにそう言われると、悪い気はしないわね」
偽りのない率直な気持ちだった。
『恋セレ』の設定を知っているから。そこからある程度未来の予測が立てられるから。
だから、大したことじゃない。今でもそう思っている。
それでもクララに褒められるのは嬉しい。
曇りのない真っ直ぐな瞳を向けられるのは心地良い。
どこか後ろめたく、どこか面映ゆい。そんな感情を凌駕する喜びを、私は確かに感じている。
ああ……やっぱり私は、クララのことが好きだな。
初めて会った時から、いや、フロリナとしてクララと出会う前から、ずっと彼女のことが好きだった。
私が今の“私”になる前から、ずっと。
「はうぅ……フロリナ様、そんなふうに言われると、私……っ」
クララは頬を赤く染め、所在なさげに視線を彷徨わせる。
私の言葉に照れているのか。そんなところも可愛い。
……いけない。なんだか変な雰囲気になってきた。
クララの膝の上にはマノンがいる。こんな状況で、これ以上変な気分に陥るわけにはいかない。
「クララ」
「は、はいっ!?」
「……そろそろ消灯時間よ。部屋に戻った方がいいわ」
「はっ!? あ――そ、そうですよねっ! マノン、マノン、起きて。お部屋に戻ってから寝直そう?」
「……ん、うみゅぅ……」
「可愛い声を出してもダメだよ~! 私じゃマノンを運んでいけないし、フロリナ様のお手を煩わせるわけにはいかないんだからね!」
「あら、私は構わないけど? くすくすくす」
「だ、ダメですよっ! そんな役得、いくらマノンでも許すわけには……!」
「もっともテスト前は、四阿で寝てしまったあなたを寮の部屋まで運んだのだけどね?」
「はうぅっ、すっごく幸せな出来事なのに、覚えていないなんて……」
「冗談は程々にしましょうか。さあマノン、もう目が覚めたでしょう? クララも、また明日の朝に会いましょうね」
クララの膝の上でもぞもぞと起き上がるマノン。少し羨ましいような気もする。
マノンは目をこすりながら、クララに手を引かれて部屋を出て行く。
「それではフロリナ様、また明日」
「ええ、おやすみなさい」
「……おやすみなさい……」
クララとマノンを見送る。彼女たちがいなくなった部屋は、少し寂しくなったような気がした。
だけど、私が何よりも取り戻したいと思ってきた日常が戻ってきた。
そのことにささやかな達成感を抱き、私はベッドに身を投じた。
ベッドからは、かすかにクララとマノンの香りがした。
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