10話 矜持を胸に
アルマンは、すべての罪と責任を認めた。
テストが終わり、イベントも終わり、週が明けた月曜日。学院には以前と変わらない日々が戻ってきた。
「クララさん」
昼休み。私たちが食事を終えて食堂を出ようとすると、アルマンが歩み寄ってきてクララに声をかける。
「アルマン様……?」
クララはもちろん、私やマノンも足を止めた。
クララとアルマンの視線が交錯する。一瞬の緊張。ただならぬ雰囲気に周囲も静まり、何が始まるのかと注目を浴びる。
やがてアルマンは意を決したように、深く息を吸うと口を開いた。
「今回一連の事件の犯人は、この僕アルマン=レスコーだ。ノート盗難から始まり、園芸部の花壇を荒らし、キャンプ当日に君を森へ誘い込み湖に落ちることになったのは、すべて僕のせいだ。僕のつまらない嫉妬心が君を傷付けてしまった。今さら謝ったところで許されるとは思っていない。だが、けじめをつけなければならない。本当にすまなかった!」
「あ、アルマン様、お顔をあげてください……!」
私の隣にいるマノンが歩み出ようとする。が、私は彼女の前に右手を掲げて阻んだ。
「フロリナ様……」
「ダメよ、マノン。なぜ彼が衆目環境で罪を告白したのか、その意味を考えなさい」
「……でも……」
「これは彼が始めたことへの責任よ。彼はレスコー伯爵家の嫡男として、自らの責任を果たそうとしている。あなたが邪魔をしてはいけないわ」
「……」
それだけでマノンは私の意を汲んでくれたようで、大人しく引き下がる。
周囲の生徒はますますアルマンとクララに注目する。クララには昨日のうちにすべての真相を話していた。
マノンが関与していたことも……マノンの意思で、クララに伝えると決めた。
クララは最初こそ戸惑い、驚いていた。しかし詳しく事情を話すうちに、アルマンやマノンの立場に同情と理解を示した。
そして、こう言った。
「お顔をあげてください、アルマン様。色々ありましたがご覧の通り、私は元気です。ピンピンしています。ちょっと怖い思いもしたけどフロリナ様にも助けていただいて、おいしい思いもしたのでプラスマイナスゼロです! それに何より、アルマン様は心から悔いて謝罪してくれました。私には、もうそれだけで十分です。許します……っていうのは、ちょっと偉そうかなぁ……えっと、アルマン様を責めることなんてありません。だからどうか、もう気にしないでくださいね」
咲夜、泣いて詫びるマノンに対して、クララは同じようなことを言って許した。
清廉なクララの言葉は私の胸にも響いたのだから、当事者であるマノンやアルマンは私の比ではないぐらい、深く響いたことだろう。
今日のアルマンは涙こそ見せなかったけど、その顔を見ればクララの言葉に感動しているのが見て取れた。
同時に、こんなに優しい少女を傷付けてしまった悔恨もうかがえた。
「ありがとう……クララさん。本当に僕は、なんてバカなことを……」
周囲の生徒たちもヒソヒソと囁き交わす。
「園芸部の花壇を荒らしたのがアルマン様ですって? なんてことかしら……」
「そういえばアルマンは実行委員長だものな。アルマンならクララを森に誘い込んだのか」
「嫉妬だと言っていたけど、どういう意味かしら?」
「クララは許したようだが、あいつ……」
「まさか、退学とか……?」
本人たちは小声で話しているつもりだけど、その手の話はしっかり聞こえてくるものだ。
口さがない噂を実現させてはいけない。アルマンが退学なんてことになれば、マノンだって罪悪感から学院を辞めてしまうかもしれない。
私は愛用の扇を開き、アルマンとクララの間に割って入る。皆の視線が今度は私へと注がれた。
「わたくしから何かを言える立場ではありませんけど……それでも、これだけは言わせてくださいまし。アルマンさん、あなた、これで学院を去るような真似をしてはいけませんよ」
「……フロリナさん。しかし……」
「あなたがその選択をすれば傷付く人がいますの。この心優しいクララもその一人でしょうね。自分のせいであなたを凶行に走らせ、学院から追い出してしまったと……クララならそう考えるでしょう。ねぇ、クララ?」
「は、はいっ……! アルマン様がそんなことになったら、私、とても悲しいです。わたしはアルマン様が謝ってくれたから、もういいんです。私が許したのですから、これ以上誰もアルマンさんを責めないでくださいっ!」
「……クララさん。ああ、僕は、僕という奴は……っ!」
今のアルマンは、心から己の所業を後悔している。
こんなに優しいクララ。清廉で寛容なクララにしたことを思うと、自分が許せなくなったのだろう。
「贖罪とは自己満足ではいけませんわ。あなたが心から悔い、贖いたいと思うのなら、場当たり的な逃亡は許されません。あなたが学院を去ることは許されない。この学院で、日常の中で贖っていくこと。それこそが唯一無二の贖罪となるでしょう」
「……唯一無二の、贖罪……」
マノンがぽつりと呟いた。今のセリフの相手はアルマンだけじゃない。マノンにも聞いてほしかった。
マノンは真紅の瞳で私を見上げる。
期待、不安、恐怖、悔恨、自己嫌悪。
さまざまな感情が込められたその瞳に笑い返し、大丈夫だと安心させる。
「これで今回一連の問題は解決しました。当事者の間で示談が成立した以上、今後この件で彼を責めることがあってはいけません。下世話な勘繰りも慎みますように。努努ご承知してくださいまし」
私がそう纏めると、周囲の人々は気まずそうに視線を逸らす。
そんな中でジークフリード殿下が歩み寄ってきた。
「アルマン」
「殿下……」
「お前の行動は過ちだ。だが過ちを自ら認め、許しを得た。俺もお前が逃げるなど許さない。誰が何と言おうとも、俺は今までと変わらずお前を重用し続けるぞ。生徒会から脱退することも許さん。たとえ好奇の視線に晒されようとも、受け止めて飲み干してみせろ。汚名は行動で濯いでみせろ。堂々と胸を張り、決して背を丸めるな。お前は俺の忠臣、右腕なのだからな。その事実は未だ揺らいでいない」
さらにフランツ=コーネリアスも躍り出る。
「そうだぜアルマン! お前は俺の親友だ! そんなお前が一人で抱え込んで問題を起こしちまったんなら、親友である俺の責任でもあるんだぜ!」
「は? ……なぜそうなるんだい、フランツ?」
「だってお前が悩んでいると気付けなかったし、相談に足る相手とも思われなかったってことだろう!? おっと、その件でお前を責めるつもりはないぜ! 全部俺の力が及ばなかったせいだ! くううぅぅ、悔しいぜ!!」
「いや、君のせいではないよ。相談しなかったのは君を巻き込みたくなかったからで……」
「それが水臭いっていうんだよ! 友達からかけられる迷惑なんて迷惑のうちに入らねえよ! だってよ、それが友達ってもんだろう!?」
「フランツ……」
「でもお前には俺の気持ちか伝わっていなかったんだろう? ……くうぅ〜、俺の友情パワーが足りなかったせいだぜ! 俺は反省したぜ! おいアルマン、これから友情の千本ノックだ! 言葉で伝わらなかったなら肉体言語だ! 行くぜ、あの夕日に向かって!!」
「意味が分からないよフランツ……何よりまだ真昼だ、夕日は出ていない」
「だったら放課後は付き合ってもらうぜ! 俺は今からグラウンドの使用許可を貰いに行くからな! うおおおおお!!」
フランツは言いたいことだけ言い残すと、嵐のように走り去っていった。私たちはぽかんと彼の後ろ姿を見送る。
「ま……まあ、いいお友達をお持ちのようですわね。アルマンさん、あなたには支えてくれるお友達がいらっしゃいますわ。殿下にフランツさん、それにクララの気持ちを裏切らないように、これから過ごしてくださいましね」
「フロリナさん……ああ、約束しよう。僕は逃げない。誰に何と言われようと、自分の行動の責任を受け止めた上で、この場所に留まり続けよう」
「ええ」
昼休みは終わりに近付いていた。話がまとまったこともあり、食堂からは人が散っていく。
クララやマノンともう少し話したい気持ちもあったけど、一年生の校舎は少し離れている。
午後の授業に遅刻させるわけにはいかないから、私は二人と別れた。
教室へ戻る途中の廊下で、ジークフリード殿下が話しかけてきた。
「見事だったな、フロリナ。アルマンを学院に留めようとかけた言葉、あれは奴によく効いただろう。周囲への牽制にもなった」
「まあ、殿下の方こそお見事でしたわ。それに牽制とおっしゃるのなら、殿下のお言葉こそ効果的でしたでしょう」
今はクララもマノンも、アルマンもフランツもいない。珍しく私と殿下の二人だけだ。
「先日の旧礼拝堂では殿下がいらっしゃったおかげで、アルマンさんは素直になれたのだと思いますわ。わたくしは真相を解き明かすだけ……でもそれは一歩間違えば、相手の人生に亀裂を入れてしまうかもしれない。事態が深刻であればあるほど、真相が暴かれた時に犯人は追い詰められるでしょう」
「そうだな」
「本当に大切なのは、真相を解き明かした後のフォローだと思いますの。その点、殿下とフランツさんはお見事でしたわ。お二人がアルマンさんを支えてくだされば、彼はきっと立ち直れる……わたくしはクララとマノンをフォローしますわ。二人が以前のように、わだかまりのない親友同士に戻れるように」
「フッ」
「あら、何を笑いますの?」
「いいや。お前はいらぬ心労を背負いこまされたのに、アルマンを悪く言わないのだな」
「彼にも事情があったことも理解していますもの。わたくしは誰かを批判する為に謎を解いたのではありませんわ。今までと変わらない生活を送りたいから、目の前の問題を解き明かしただけですもの。問題が解決した以上、わたくしの立場からアルマンさんを責めるような真似はいたしません。クララとマノンが許した以上、一日も早く立ち直ってほしいと望んでいます」
そもそもの話として、私が悪役令嬢の役を全うしないから、悪役の仕事が他者にスライドされているような節もあるし。
問題を解決しつつ、なるべく彼ら彼女らの人生が悪い方向に行かないようにフォローしなくちゃいけない。
だって、この世界はゲームとは違う。この世界で生きる人々にとっては、ただ一度きりの人生なのだから。
「お前のおかげでアルマンも自らが抱える問題を解決できた。マギーのことは今の奴にとって最大の懸念事項だったからな。俺としても助かった」
「今回わたくしがしゃしゃり出なくとも、いずれ解決されたのではなくって?」
「そうかもしれない。だが実際に今回解決してくれたのはお前だ。俺はお前に感謝している。アルマンも今すぐにはそう言えないかもしれないが、将来的には俺と似た境地に陥るだろう」
「……」
なんだか過大評価されている。
私は結構利己的な理由で動いていると思うし、最低限の責任を果たしているだけだとも思う。
こんなふうに評価されるのは面映いような、申し訳ないような。
「何はともあれ、フロリナの活躍には今後も期待している。お前といると本当に飽きないな。よく励むのだぞ」
殿下はそういうと、私の肩をぽんと叩いて教室に向かって行った。
「……」
私は何となく叩かれた箇所が気になって、手でおさえながら殿下の背中を見送った。




