9話 告解
アルマン=レスコーには妹が一人いる。
乙女ゲーム『恋セレ』本編では、アルマンの個別ルートに入るとシナリオ後半に登場する。
マギーと呼ばれるその少女は、生まれつき病弱で、これまでの人生の大半を自宅の中で過ごしていた。
あまり動き回れない分、文学や絵画や音楽を愛し、豊かな才能を持っていた。
外界の汚れと無縁に生きてきたマギーは、純真で心優しい少女に育っていた。
それだけに家族がマギーを不憫に思い、可愛がるのは当然の帰結だ。
そしてマギーは、体の調子が良い時に一度だけ参加した晩餐会で見えたジークフリード殿下に憧れを抱いていた。
それは恋、と呼べるほどの感情ではなかったと思う。
幼い少女が物語の中の王子様に憧れるような、そんな無垢な感情。
ゲーム本編では、ジークフリードにはフロリナという婚約者がいた。
しかし、この世界では――。
「……今回の一件で、あなたの家についても調べさせていただきましたの。未だ婚約者が決まっていない殿下のお相手にと、あなたの妹さんを推す声もあるそうですね」
「……」
「あなたにとって、妹さんが幸せになれるかどうかの瀬戸際だった。しかし、そんな矢先にクララという少女が殿下の前に現れた。……殿下はクララに好感を抱かれたご様子でしたわ。ご執心とまでは行かないにしても、好印象を抱いていることは確かでしょうね。妹さんの幸せを願うあなたにとって、この状況はあまり思わしいものではなかった。どうすればいいのか……考えた末に、あなたはこう思ったのではなくって?
『早い段階でクララが殿下の前からいなくなれば、殿下はクララのことを忘れるだろう』――と」
だからアルマンは、まずマノンを利用してクララに揺さぶりをかけた。
最初の嫌がらせ――ノートの紛失や、温室荒らしの件でクララが傷付き、学院を去るのならそれで良い。
しかし、そうはならなかった。皮肉というべきか、何というべきか。
悪役令嬢である私がクララを慰め、彼女に学院に留まるように言ったからだ。
マノンは、本格的にクララに害をなすことはできない。
だからアルマンは、次の段階――もっと直接的にクララに脅しをかける為に、自ら動くしかなかったのだ。
「……あなたはきっと、ここまでの大事になるとは思っていなかったのでは? 人気のない場所にクララを呼び出して、事情を話して学院を去ってもらうか……あるいは殿下と距離を取ってもらうつもりだった。あの時間、あの場所にあなたがいたのが何よりの証拠ですわ。でもクララは足を滑らせ、湖に落ちてしまった。さらに彼女は泳げなかった……一歩間違えば大惨事になっていたところです」
「……僕は……」
その時だった。ぎいぃ――と音がして、旧礼拝堂の扉が開く。
アルマンが顔をあげる。私も弾かれたように振り返る。
私たちの視線の先には、逆光を浴びた長身の人物が立っていた。
品のいい、それでいて威風堂々とした立ち姿。長い脚に、高い位置にある腰。夕陽を浴びて輝く金髪。
いくら宮廷学院であっても、こんな人は二人といない。
見間違える筈もない。
ジークフリード=ローエングリン王太子、その人だ。
「殿下、なぜこんな場所へ……!?」
「こんな場所とは、女神に対して失礼ではないか? フロリナよ」
「っ、今の発言は、そのようなつもりではございません!」
「ああ、承知しているとも。……俺はな、昨日の今日でお前が何かを探っているようだったから、密かに見張っていたのだ。真実を突き止めたとしてもフロリナのことだ。総合的に見て伏せていた方がいいと判断すれば、真相を話してくれないかもしれない。しかし今回の事件はさすがに看過できん。俺も真相を知りたい。そう考えての行動だったのだがな」
殿下はアルマンに視線を固定する。アルマンはビクっと肩を跳ねさせた。
顔がどんどん青くなる。見ている方が哀れなぐらい、アルマンは萎縮しきっていた。
「フロリナの推理は真実なのか、アルマン」
「……」
「お前は良き友であると同時に良き臣だ。よもや俺に虚言を弄するとは思えない。真実を告げてくれると信じている。どうなのだ、アルマン?」
「……フロリナさんの、おっしゃる通りです……」
堂々と佇む殿下に真正面から見据えられ、アルマンはついに自らの行いを認めた。
「動機は。動機もフロリナの指摘通りなのか」
「……はい……」
「ふむ」
ジークフリード殿下は腕を組み、顎を撫でる。
そして何故か私を見やると、再びアルマンに視線を向けて口を開いた。
「お前の妹、マギーとの縁談話は確かに一度浮上した。だが、正式な話として進んではいない。俺としては進めるつもりもない」
「なっ――!?」
「誤解するなよ。お前の妹を嫌っているからではない。病弱だからという理由でもない。俺に彼女の理想を演じるつもりがないからだ。お前も気付いているだろう。彼女が見ているのは真実の俺ではなく、虚像の王子に過ぎないのだ。憧れは憧れのままに留めておいた方が良い。俺はお前たち家族とは異なり、彼女の為にそこまでの心を割けない」
「……殿下……」
「何よりも、お前にこのような真似をさせた以上、俺がマギーと婚約しては示しがつけられん。王家の人間にしがらみが多く、責任が重いことは俺とて重々承知している。なればこそ、一時道を違えたお前の思惑に乗ることはできんのだ。分かるな、アルマン?」
「……」
アルマンはうなだれる。妹の幸せを思ってした行動が、結果として妹の恋心を叶わぬものとしてしまった。その事実に打ちひしがれているんだ。
アルマンがマノンやクララにしたことは、簡単には許せない。
だけどその裏にある感情は家族に対する思いだった。
もちろん家族は免罪符にはならない。家族を理由に他人を傷つけて良いわけがない。
それでも……根底にあったものが悪意とは言い切れないだけに、今は少しアルマンが哀れになってきた。
だって結局、彼は目的を達成できなかったのだから。
クララが学院を去ることはなく、妹の為にと思ってした行動は裏目に出た。
アルマンは自分の立場を悪くしただけで、何も得ていない。
そんな彼を哀れに思い、少しでも心を軽くしてあげたいと思う私は、甘いのかもしれない。
たとえ甘かったとしても、私は彼に声をかけずにいられなかった。
「ねえ、アルマン。あなたの妹さんにとって幸せとは、殿下と結ばれることなのかしら?」
「え……?」
「私は違うと思うわ。あなたの妹さんにはお会いしたことがありますが、マギーはとても清廉で純真で、豊かな感性を持つ少女です。彼女が作った詩や絵画を拝見したこともあります。豊かなで繊細な内面が溢れ出すような、素敵な作品群でしたわ」
今の私は、貴族同士の付き合いでマギーとも会ったことがある。
どういうわけか彼女は私に心を開いてくれ、自ら手がけた作品をはにかみながら見せてくれたものだ。
「マギーはまだ15歳でしたね? あの年齢にして基礎的な技法を習得した上で、独自の作風を生み出しつつあります。私には、あれこそが彼女に与えられた天賦の才能であると思えますわ。そしてマギーは才能に溺れず、弛まない努力を重ねています。マギーが努力を続けられるのは、あなた方ご家族の支えがあるおかげでしょう」
「……フロリナ、さん……」
「彼女の才能を伸ばしていけば、きっとマギー=レスコーは王国史に残る芸術家、あるいは文学者となるでしょう。自らの才能を心ゆくまで伸ばし、人々に認められ、優しい家族や友人たちと共に過ごす……それはとても実り多く、素晴らしい人生ではないかしら? その道の先に、マギーにとって真の伴侶と呼べる方とも巡り合えるかもしれません。殿下と結ばれることがなかったからといって、彼女の人生が辛いものになるとは思いません。あなたはどうですの、アルマン? 妹さんの幸せを願うのなら、彼女の豊かな才能を、可能性を、信じてあげてはいかがかしら?」
アルマンは私を見つめて震えていた。
怒りの震えじゃない。屈辱の震えでもない。
その瞳に薄く涙の膜が張る。きっと彼も不安だった。兄として、レスコー伯爵家の嫡子として、妹のことがずっと心配で不安の材料となっていた。
だからマギーをジークフリード殿下に嫁がせることで、妹の幸せと、自分自身の将来を同時に満たそうとした。
アルマンの涙は、そんな自分を恥じる後悔の涙だ。妹の幸せを奪い、自らも汚名を被る結果になった。それでも希望は残っている。
「きっと……諦めなければ、思い描いていた形とは違っても、人は幸せになれる。私はそう信じておりますわ」
ここは奇しくも旧礼拝堂。
女神が見守る静謐な空間。
私が素直な気持ちを伝えると、アルマンは俯いて嗚咽を漏らした。




