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1話 宮廷学院の優雅な日々

フロリナ=ブルームの1日は、優雅な朝食から始まる。


……なんてカッコつけてみたけれど、女子寮の食堂で朝食を食べるだけなんだけどね。

とはいえ宮廷学院は良家の子女が通う学校だから、食事水準は高い。


「おはようございます、フロリナ様っ。今日もよろしくお願いします!」

「ええ、クララ。今日も元気そうで何よりだわ」


入学式の出会いから1週間。

私とクララは一緒に食事を摂るようになっていた。

寮の朝食はビュッフェ形式。

さながらホテルの朝食のようなものだ。

私はお皿にパンとサラダを盛り付け、おかずにスクランブルエッグを選ぶ。飲み物にはスムージーを選んだ。


「わぁ~……いつ見ても豊富なラインナップでステキです……どれを選べばいいか目移りしてしまいますっ」


クララは大きな瞳を輝かせながら、パンケーキにオムレツ、サラダ、ポタージュを選んでいく。

そしてベーコンにハッシュドポテトをさらに選ぼうとしたところで、私が止める。


「ストップよ、クララ。そんなに食べきれないでしょう?」

「でむ朝はしっかり食べなさいって、両親から厳しく言われていて……」

「今トレイにのっている量だけで、充分しっかり食べたうちに入るわよ。朝食の時間は限られているのだから、あまり沢山盛り付けると登校時間に間に合わなくなってしまうわ」

「うぅ、その通りですね……みっともない姿をお見せして、ごめんなさい……」

「色んな料理に目移りしてしまう気持ちは分かるわよ。私もそうだったもの」

「そうなのですかっ?」

「あまり量は食べられないけどね。でも、ここの朝食のラインナップはそれほど大きく変わらないから。在学期間中にじっくり制覇すればいいのよ」

「はあぁ……さすがフロリナ様です。私も見習いますねっ」


クララは可愛らしくガッツポーズを決める。

一部ユーザーからはぶりっ子だとかあざといとかスチルに存在を主張しすぎとか言われていたようだけど、私はクララのこんなところが大好きだ。

お人形みたいな可愛さがあるクララがやれば、どんな振る舞いも嫌味にならない。


「お待たせ、マノン! 席を取っておいてくれてありがとうっ」

「ん」


トレイを持って向かった先には、これまた1人の少女。

茶色の髪をツインテールに結んだ少女が、2人分の席を確保して待っている。


マノン=デュヴァル男爵令嬢。

クララのクラスメイトで、ゲームでは入学直後に仲良くなる女友達のポジション。

男爵令嬢だけと父は元平民で、爵位も一代限り。

世襲の身分がないからこそ、宮廷学院で勉学に励み立派な人物になろうと心がけている、しっかりした少女だ。


その出自故に感覚が庶民に近く、クララとすぐに仲良くなった。

ゲーム内では恋愛のライバルになることもなく、ずっと良き友人を貫いてくれるクララの良き理解者だ。


見た目もかなり可愛い。

さすがに乙女ゲームのヒロインを食わないようにデザインされているものの、それがかえってクララとの好対照になっている。


赤い瞳はどこか眠たそうで、少々ジト目気味。

そんなマノンに、ゲームのフロリナは目つきが悪いと因縁をつけていたっけ。

もちろん今の私はそんなことしないけどね。


「マノンは行動が早いわね。私たちも見習わなければいけませんわね」

「や……そんなこと……ウチはあんまり裕福じゃないから、自分のことは自分でやれって、習慣が身についているだけで……ただの、貧乏性です……」

「あははっ、マノンってば照れてる〜」

「て、照れてないっ。……みんなの憧れのフロリナお姉様に褒められて嬉しいとか、別に思ってない……」

「フロリナ様、お気を悪くしないでくださいね。マノンってちょっと恥ずかしがり屋で素直じゃないだけなんです。本当は嬉しいと思っているんですよ〜!」

「ええ、もちろん分かっているわ」

「あうぅ……」


マノンがそういうキャラクターとして設定されていることは、よく分かっている。

でもたとえキャラ設定を知らなくても、私はきっと見抜いていただろう。

だってスプーンを咥えながら顔を真っ赤に染め、目を潤ませて呻く姿はとっても可愛い。

全身でクララの言葉を肯定しているようなものだから。


ちなみに、シルフィード王国の料理は多種多様だ。

全体的な雰囲気や文明水準は近世ヨーロッパ風なのに、食事水準は遥かに高い。

ついでにライスもある。日本人としては喜ばしい限りだね。

この辺りは、ゲームの開発が日本だったからだと思う。

文化や礼儀作法や価値観なんかにも、ヨーロッパ風を模しながら至るところに日本風が滲んでいる。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

「……ごちそうさま、です」


たとえば、こんなところ。

食事の前のお祈りじゃなくて、「いただきます」と「ごちそうさま」。

年度の区切りは4月が始まりで、3月が締め。

確か欧米では秋が進級や進学のタイミングだと聞くけど、この世界では違う。

だからこそ前世の記憶の影響が強い私でも、なんとか適応できているんだろうけど。


「さあ、行きましょう」

「はいっ、フロリナ様!」

「……いってきます」


一度寮の部屋に戻って、身支度を整え、カバンを手に取る。

出発前に空気を入れ替えていた窓を閉じると、青い空を背景に、瑠璃色の鳥が飛ぶのが見えた。

うん、今日はいい日になりそうだ。

私は気分良く部屋を出ると、クララたちと合流し、校舎に向けて出発した。


***


『日と月と恋のセレナーデ』は乙女ゲームだ。

乙女ゲームということは、攻略キャラがいる。

『恋セレ』の攻略対象は3人。

攻略キャラは少ないものの、1人1人との恋愛がじっくり描かれる作風だった。


第一王子のジークフリート=ローエングリン。いわゆる俺様系だ。

宰相である伯爵の令息、アルマン=レスコー。彼は知性担当の誠実な男性だ。

国境付近を領地とする侯爵令息、フランツ=コーネリアス。ワイルドで裏表がない体育会系。


放課後、クララとマノンを連れて校内を案内していると、殿下たちに遭遇した。


3人はよく一緒に行動している。

中央はジークフリート殿下で、左右を固めるのがアルマンとフランツ。

そこからさらに複数の取り巻きが派生している。まさに権力の縮図である。


「おおフロリナか。なんだ、その女子生徒たちは? 見慣れない顔だな、編入生か?」

「はい、殿下。今年の編入生のクララ=ホフマンとマノン=デュヴァルですわ。お二人とも、ご挨拶なさいな。この国の第一王子ジークフリート=ローエングリン様ですわ」

「はっ、初めまして! クララ=ホフマンです!」

「マノン=デュヴァルでございます……殿下には初めてお目にかかります」

「ふむ、元気で結構」


殿下は腰に片手をあてて、満足そうに頷く。

どうやら2人は――というかたぶんクララが好印象を与えたんだと思う。

他の2人にしても、ゲーム本編ではクララに好感を抱いていたからね。


「こちらはアルマン=レスコー伯爵令息。御父様は王国の宰相を務めていらっしゃるわ」

「よろしく頼むよ、2人とも」

「こちらはフランツ=コーネリアス侯爵令息。国境の防備を固めてくださっているコーネリアス侯爵のご子息よ」

「おう! これから頼むぜ!」

「は、はいっ、よろしくお願いしますっ」

「……以後、お見知りおきを」


私は既に全員と顔見知りだ。貴族同士で昔から付き合いがある。

というか、全員と縁談話が出たことがある。

全部成立しないように仕向けたけどね。


「ところで君たちはクラブは何に入るつもりだ? 2人とも編入生だろう。この学院では皆何らかのクラブ活動に参加しなければならないんだ。知っているか?」

「は、はいっ、殿下! フロリナ様から教えていただきました」

「それで……その、フロリナ様に学院内を案内してもらいながら、クラブの説明も受けていた……ところです」

「なんだ、そうか。それでは邪魔してしまったかな?」

「そ、そんなっ、お邪魔だなんて! そんなことはございませんっ」

「め、滅相も、ございません……!」


クララもマノンも、可哀相なぐらいに縮み上がっている。

それも仕方がないと思う。

2人とも今まで第一王子と会う機会なんてなかったんだから。


「殿下、あまり2人をいじめないでくださいな。可哀相に、震えあがっているではありませんか」

「ん? 俺は威圧したつもりはないのだがな」

「殿下はもう少し自覚をお持ちになってくださいまし。あなた様はそこにいるだけで周囲の人に無言のプレッシャーを与えてしまうお方なのですわ」

「お前のようにか、フロリナ?」

「……むぅ。殿下も人が悪いですわね」

「ははは、そう膨れるな! ここはお互い様ということで手を打つとしようではないか」

「くすくす、そうですわね」


ゲーム本編のフロリナはワガママでプライドが高く、殿下への独占欲が強い婚約者として煙たがられていた。

でも今の私とは、どういうわけか気安い関係を築いている。

政略結婚というしがらみがないからなのか、はたまた私が殿下に敬意以外の感情を抱いていないからなのか……。


「フロリナさんは相変わらずですね。殿下にそのような口を利いて許されるお方は、フロリナ様だけでしょうね」

「あら、アルマンさんったら。私だけではありませんわ。フランツさんも砕けた態度で殿下に接しているではありませんの」

「ん、俺? そういやそうだな、がっははははは!」

「いえ、僕が言いたいのはそういう意味ではなく、女性の中ではという意味でして……フロリナ様、分かった上でからかっていますね?」

「何のことかしら? くすくすくす」

「がっはははは! まあいいじゃねえか、細かい気にするなよ、アルマン!」

「君はもう少し細部にまで気を払うべきだぞ、フランツ!」

「くすくす、あなたたちこそ相変わらずの凸凹コンビですわね。見ていて飽きませんわ」


この2人にしても、殿下と同じような感じだ。

ゲームではフロリナと彼らの仲は最悪だったけど、今は良い友人関係を築けていると思う。

気さくに軽口を叩き、笑い合う私たちを見て、クララとマノンも緊張を解いたようだった。


「はあぁ……フロリナ様、すごいです。ジークフリート殿下だけではなく、レスコー伯爵やコーネリアス侯爵のご子息とも対等にお話できるなんて……」

「……あたしたちとは、格が違う……」

「何を言っているの。そうだわ、2人ともこれを機に皆様と交友を深めてはどう?」

「ほう、それは面白そうだな」

「えええぇぇっ!? そ、そんな、畏れ多いです、多すぎますっ!!」

「そ、その通りです……! ウチなんか貧乏な上に、一代限りの男爵家ですから……!」

「この学院内では身分など関係ないわ。王族や大貴族だからといって恐れ入る必要はないの。……そうですわよね、殿下?」

「ああ、そうだな。近頃の庶民の働きは目を見張る物がある。俺の代になった暁には、国に有益な者は庶民だろうと積極的に取り立てていきたい。庶民や一代貴族の娘でありながら宮廷学院に入ったということは、相当優秀なのだろう。ぜひ友諠を結びたいところだな!」

「ひええええぇぇぇっ!?」

「あ、あうあうあぅ……!」


クララは金魚のように口をパクパクさせている。

マノンに至っては白目を剥いて口から魂を吐き出している。


「くすくす、2人とも可愛いわ。大丈夫よ、殿下はお優しい方ですから。せっかくこう言ってくださるんですもの、同じ学院の生徒として接していけばいいわ。……ただし最低限の敬意は忘れずに、ね?」

「は……はいっ……」

「がむばります……」

「はああぁぁ~……っ、本当に可愛い……2人揃って妹にしたいぐらいですわ……!」


思わず本音が漏れる。うっとりしちゃう。

ああ、やっぱり女の子はいい。最高に可愛いわ!


「やれやれ。フロリナの病気が始まったようだな」

「これさえなければ素敵な女性なのですがね」

「まあまあ、いいじゃねーか! 面白いんだからさ! がっははははは!」


私の趣味を知る殿下たち3人は、仕方がないなと肩を竦めて笑ってみせるのだった。

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