8話 夕焼け、静謐、祈り
合同キャンプが終わった日の夕暮れ。
森の中にある旧礼拝堂。私はシスターからの許可を得て、ここにある人物を呼び出した。
礼拝堂の扉を開く。ステンドグラスの光を浴びながら、一人の男が振り返る。
茶髪に緑の瞳。長身に整った顔立ち。
『恋セレ』の攻略対象の1人。レスコー伯爵令息、アルマン=レスコーに間違いない。
「こんなところに僕を呼び出すなんて、何のつもりだい、フロリナさん? まさか愛の告白かな?」
「冗談はよして。呼び出された理由は、あなた自身もよく分かっているはずよ」
「……君からもらった手紙には、『一連の事件の黒幕はアルマン=レスコー』だと書かれているだけだった。一連の事件とは何のことだい? 僕はいわれなき濡れ衣を晴らす為にここへ足を運んだんだ」
「濡れ衣ですって? あなた、この後に及んでまだそんなことを言うの?」
「おっと、そう怖い顔をしないでおくれ。僕は本当に何のことだか、さっぱり分からないんだからね」
アルマンは軽薄な笑みを浮かべる。私は深呼吸を一つしてから、再び口を開いた。
「まず一連の事件とは、今月初頭のクララのノート消失事件に端を発する一連の事件。その後の温室荒らし事件、そして昨日のクララが迷子になり湖に落ちた事件。この三つを私は一つの糸でつながった事件だと見ているわ」
「へえ」
「第一の事件と第二の事件の下手人は、マノン=デュヴァルよ」
「マノンが? へえ、あの子がそんなことをしていたのか」
私はここへ来る前の段階として、マノンに会ってきた。
クララが湖に落ちたと聞いたマノンは真っ青になり、震えていた。
そしてマノンは、第一の事件と第二の事件の下手人が自分であることを認めた。
『ごめんなさい……あたし、どうしてもクララに、この学園を去ってもらわないといけなくて……だから、あんなことをしてしまいました……でも! 今回の事件だけは、あたしじゃありません……っ!』
マノンは涙目になって震えていた。
見る人が見れば、洒落にならない事件の犯人だと思われたくなくて、演技をしていたと捉えられるかもしれない。
だけど私は気付いている。最後の事件にマノンはノータッチだ。
「第一の事件、マノンは温室で育てているハーブを使って睡眠薬を調合し、お茶に混ぜてクララに飲ませた。これは私も同席していた場での犯行で、大胆と言うしかないわ」
だからこそ、気付けたのだけど。
あの日、クララを部屋に運んでから深夜の施錠時間まで、クララの部屋には誰も出入りしていない。
彼女の部屋は出入口にもっとも近い場所だから、どの時間帯も部屋の付近には人がいた。
寮生たちの証言では、あの日クララの部屋に出入りした人はいない。
そして施錠時間になると、寮母が各部屋を見回り、施錠されていない部屋はマスターキーで締められる。
つまり、どういうことか。
クララのノートが奪われたのは、四阿で勉強していた時から、部屋に運ばれた間ということになる。
その時間に犯行可能だった人間は、私かマノンのどちらかだ。
そして私でない以上、マノンしかありえない。
焼却炉でクララのノートを見つけた時も、マノンとすぐ近くで遭遇した。
彼女があんな場所にいたのは、焼却炉にクララのノートがあると分かっていたからだろう。
前世の知識で知っていた私とは違い、マノンが知っていた理由……それはマノンが犯人だからに他ならない。
「第二の事件は、とてもシンプル。園芸部員であるマノンは、事前に温室の鍵の型を取っておくことができた。その鍵を使って深夜密かに温室に入り込み、自分の花壇を荒らして、怪文書を残しておいた。マノンが合鍵作りの名手でない限り、自作したとは思えないわ。私はテスト期間中に使用人を使って、近くの金物屋を調査させていたの。そうしたら案の定。若い女の子が、温室の鍵と一致する合鍵作成依頼をしていたことが判明したわ。名前はマノンではなく、偽名を使っていたようだけどね。茶色の髪に赤い瞳、特徴はマノンと一致したそうよ」
こればかりは自分ではなく、実家のメイドに頼んで調査してもらった。
「マノンが温室で育てていたハーブは、カモミールにレモンバームにバレリアン……どれも睡眠薬の材料になる植物だから、証拠隠滅の意図もあったのでしょうね」
「へええ、お見事だね! そこまで証拠を押さえられたのなら、マノンはもう反論できなかっただろうね。でも、そこからどうして僕に繋がるんだい? まったく脈絡がないように思えるけど?」
「……そうね。私も第二の事件までで終わっていたら、あなたにはたどり着けなかったでしょうね」
マノンの裏に誰かがいると分かっていても、アルマンだと突き止めるのには、もっと時間がかかったかもしれない。
そして時間がかかっているうちに、マノンとクララの友情に致命的な亀裂が入る――なんて事態にも、なっていたかもしれない。
そうならなかったことを感謝するべきなのか。
いや、クララは一歩間違えば命が危なかった。そのことを思えば、とても感謝する気にはなれない。
「第一・第二の事件と第三の事件は、そもそも性質が違うわ。前者には、クララを脅して学院から追い出そうとする意図があったかもしれない。だけど彼女に直接危害を加えるようなやり方ではなかった」
ノートだって、あの場でマノンと遭遇したということは、焼ける前にクララの元へ戻そうと考えたからだ。
ノートが盗まれたことで、学院内にクララの存在を良く思っていない人がいるとアピールできた。
だからノートそのものを焼く必要はない――マノンはそう考えていたんだろう。
「第三の事件の悪意は明白。あんな時間に、あんな場所に不慣れな新入生を呼び出すリスクは子供だって分かるわ。それなのに呼び出したということは――クララに対する明確な害意がある。悪戯で済ませるには度を越しているわ。あの子はね、泳げないのよ。私が助けたのはクララが湖に落ちた直後だったけど、その短時間で泳げないあの子はパニックになって、大量の水を飲んでいたわ。助けるのがわずか数分でも遅れていたら、あの子は沈んでいたかもしれないのよ」
「……」
「あなたは自分が泳げるから、そこまでひどい事態になると想像できなかったかもしれないわね」
「……僕じゃない」
この期に及んで、アルマンはまだしらを切るつもりのようだ。
「君は何を根拠に、僕が犯人だと決めつけているんだ? マノンには証拠があるようだが、僕にはないだろう。言いがかりはいい加減にしてくれないか!」
「そう……では、あなたが犯人だと判断した根拠を教えるわ」
私は佇まいを直すと、これまでまとめた推理を披露する。
「第一に、クララの姿が見えなくなったのは夕刻が迫った頃。バーベキューの準備が始まるまでは一緒にいたと、同じチームだったリーズ嬢たちからの証言があります。リーズ嬢曰く、テント設営が始まってから出たゴミを捨てに行って、それから30分近く姿が見えなくなっていたそうよ」
昨日の記憶はまだ生々しい。じっくり思い出す必要もない。
「私はすぐにキャンプ場のゴミ収集場に向かったわ。そこでたまたまクララを見た女子生徒からも証言を聞いたの。
『クララさんは実行委員の人に頼まれて、バーベキュー用の網を学院まで取りに戻っている』
……とね。それを聞いて私は学院の備品倉庫に向かおうとしました」
これは嘘だ。この時点で私は何物かの悪意に気付いて、『恋セレ』本編でイベントが起きる地点に向かった。
そして、その途中で奇妙な痕跡を発見したのだ。
「でも、私は学院へ戻る途中の道で、不審なものに気付いたの。今回のキャンプでは、新入生が森へ迷い込まないように通行止めの立て看板が出されていたでしょう。だから通常ならキャンプ地と学院を行き来したところで迷う筈がないわ。けれど――森へと繋がる分岐の道に建てられた札の下には、引きずったような跡があったわ」
「……引きずった跡?」
「立て看板は、風で飛んだり倒れたりしないようにと、重量がありますものね。動かすとなると痕跡は残ってしまうわ」
「それがどうしたというんだ! 設置する時についた跡かもしれないだろう!」
「その後ならあの日、何人もあの場所を歩いた関係で消えていました。私が発見した時には、足跡の上に引きずった跡があったのよ。これがどういう意味かお分かりかしら? つまり、皆がキャンプ地に入った後で誰かが立て看板を動かし、キャンプ地へと繋がる道を
通行止めにした人物がいる。そういう意味です」
「……っ」
「わたくしたちのような2年生以上なら、それでもおかしいと気付くでしょう。しかしクララは新入生でした。まだ学院の地形に不慣れなクララは、通行止めの看板に従って森への道を進んでしまった。辺りが暗くなり始めていたのも、クララに違和感を抱かせない一助となってしまったのでしょうね。……後は皆様もご存知の通り。旧礼拝堂近くの湖畔で、足を滑らせて湖に落ちたクララをわたくしが助けましたの」
そこまで話すと、ふうっと息を吐いてアルマンの様子を窺う。
アルマンは眉根を寄せ、じっと私を見つめていた。
「私は今日、クララにバーベキューの網を取りに行くよう頼んだ実行委員の人を探したわ。クララが証言してくれたから、すぐに見つかりましたわ。その人――2年生の女子生徒に話を聞くと、彼女が直接バーベキューの網が足りなくなったのを目撃したわけではないと分かりました。彼女は“ある人物”に頼まれていたそうです。“ある人物”……もう誰かお分かりね? 合同キャンプ実行委員会委員長、アルマン=レスコー。あなたです」
「出鱈目だ! 嘘の証言をしているんだ!」
「往生際が悪いですわ。マノンだけではなく、同じ実行委員の女子生徒にまで罪を被せるつもりですか? それはあまりにも卑劣ではありませんこと?」
「っ、僕を侮辱するつもりか……!」
「あなたが犯人だという根拠は他にもあります。クララがバーベキュー網を取りに行ってからしばらく、あなたはキャンプ場で目撃されていません。こちらも周囲の人々から証言を取りました。体調が優れないので少し休みたい、と言っていたそうですね。でもクララを助けた後、私たちの前に現れたあなたは健康なご様子でした。森林浴で調子を取り戻したのかしら?」
「……ああ、そうさ」
「それは少し苦しいのではありませんか? 大体、休むのならなぜあんな森の中にいらしたんですか? 私のように立て看板の不審に気付いて追ってきた? いいえ、違いますね。だってあなたは、さっき私が立て看板の不審を指摘した時に、設置時についた跡だと否定していましたもの」
「……っ!」
綻びが出た。アルマンがあの時、あの場所にいた理由を正当化する為には、さっきの会話で否定するのは悪手だ。
アルマンも自らの失点に気付いたのか、さっと顔が青くなる。彼に反論を考える時間を与えまいと、私はさらに言葉を被せる。
「当日のあなたの行動は不審な点ばかりでした。当日のあなたの行動――クララにバーベキュー網を取りに行かせ、自らも皆の前から姿を消した証言は複数人から出ています。あのタイミングで森の中にいたのも、クララを森へ誘導した犯人があなただからと考えるのが妥当です。だって他のキャンプ地にいた方々は、あの時点では誰も騒ぎに気付いていなかったようですから」
「……マノン=デュヴァルも僕が犯人だと証言しているのか?」
「いいえ。あの子は律儀な子です。口を噤んでいますわ」
「だったら! 僕に疑いを向けるのは早計じゃないか! 君が見落としているだけで、僕以外にも条件が当てはまる人間がいるかもしれないだろう!?」
「いいえ、あなたしかいません」
「なぜそう言い切れるんだっ!!」
「マノンがクララを陥れる個人的な理由がないからです。マノンとクララの友情は本物です。それなのに、マノンにクララをいじめさせるような真似をさせられたのは、相応の理由があるからですわ。……マノンの実家、デュヴァル男爵家はレスコー伯爵家から一部領地の統治を割譲される形で勃興した家柄ですね。平民上がりかつ一代限りの男爵家ということで、貴族社会の中では非常に弱い立場にあります。特にレスコー伯爵家には頭が上がらない。そうでしたわね?」
「……っ!」
「マノンは友達思いであると同時に、家族思いな子でもあります。家を持ち出されて脅しをかけられ、あの子はとても苦悩したでしょう。家を取るか、友情を取るか――悩んだ末に、あの子は家族を裏切ることができなかった。だけど同時に、友情を裏切る自分自身も許せなかった。……マノンが自ら手塩にかけて育てた花壇を荒らしたのは、罪の意識の顕れですわ。
『そんなことで自分の罪が許されるとは思わない。だけど自分だけ無傷でいることはできない』
……あの子はそう言っていましたわ。涙を流しながらね。私はマノンにそんな思いをさせた人物を許せません。彼女に謝罪させなければ納得できません」
「……」
私はもはや怒りを隠していない。
クララとマノンを傷付け、二人を振り回した。
その犯人が分かっているのに、何もせず見過ごすことはできない。
……もちろん、あの二人には別の形でのケアも必要になるだろう。
だけどその前段階として、すべての真相を明らかにして、犯人に謝罪させる必要がある。
それができなければ、前へ進むことはできない。
「……動機は」
「動機?」
「仮に……僕が犯人だとして、だ。僕がクララさんを陥れようとした動機は何だ? 動機もなく凶行に及ぶ人間はいないだろう。誓って言うが、僕とクララさんが出会ったのは彼女が学院に入学してからだ。それほど深い関わりがあるわけでもない。そんな僕が、どうしてクララさんを? フロリナさん、君はちゃんと動機まで把握しているのか?」
「……言ってもよろしいんですの?」
「ああ。お手並み拝見だ。もしも君が真実を言い当てられたのなら、僕は」
アルマンはそこで言葉を切る。彼の瞳は真っ直ぐ私を射すくめてきた。
――私が動機まで正答できれば、彼は罪を認める。そう直感できた。
私は小さく深呼吸をする。正直、あまり気分のいい話ではない。
だから言葉を発するには、ほんの少しの覚悟が必要だった。
「あなたの……妹さんが関係していることね?」
ようやく絞り出すと、アルマンは観念したように、がっくりと肩を落とした。




