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7話 森の底のオフィーリア

「クララ! クララ、どこにいるの!? 返事をして!」


湖畔に着いたのは、もう辺りが暗くなる頃だった。この辺りは森の中で明かりがないから視界が悪い。


普段なら、暗くなってから森の出入りは禁じられている。


今日だって、キャンプ場の方から湖に繋がる方角には、通行止めの札が立てられていた。間違って新入生が湖の方へ進まないよう、実行委員が事前に立てた物だ。


だから本来なら、この先に生徒がいるはずがない。

だって、この先にあるのは、今は使われていない旧礼拝堂だけなのだから――。


不意に私の思考は、背後から飛んできた声に遮られる。


「……フロリナさん? フロリナ=ブルームさん、ですか?」

「っ、シスター・ミカエラ!? どうしてここに――いえ、愚門でしたね。聖職者の方々は、キャンプには参加しておりませんものね」

「ええ、いつもの見回りです。それよりも、ブルームさんは何故ここへ? 生徒の方々はキャンプ場の方に集まっていらっしゃるのではありませんか?」

「女子生徒が1人、姿が見えないもので探しに来ました。クララ=ホフマンという1年生の女の子です。桃色の髪をお団子に結んだ子なのですけど、見かけませんでしたか?」

「まあ――生憎ですが、見ておりませんわ。ですが、万が一この辺りで迷子になっていたら一大事ですね。暗くなると足を滑らせて湖に落ちてしまう危険性もあります。一緒に探しましょう。わたくしは明かりを持って参りますね」

「お願いします!」


シスター・ミカエラがランタンを取りに行く。


私はシスターの帰りを待つのがもどかしく、先にゲームで悪役令嬢フロリナがクララを突き落とそうとした地点に向かう。


ゲームでは、間一髪で高感度の高い攻略キャラが助けに来てくれる。


だけどこの世界では――生憎なことに、攻略キャラたちの好感度は、そこまで高くないと思う。


つまり、誰もクララを助けに来ないかもしれない。


ならどうするか? 決まっている、私が助けに行くしかない!


――その時だった。


湖面から風が吹き、森の木々が揺れる。

同時に風は、とぷん――と小さな音を運んできた。

一呼吸置いて、バシャバシャと水を切る音。

私の顔から血の気が引き、弾かれたように賭け出した。


「クララっ!!」


木々の間を抜け、視界が開ける。

目の前の湖で、桃色の髪の女の子が服を着たままもがいている。


服を着ているせいなのか――いや、違う。

ゲームで明かされたクララの設定では、水場のない土地で育ったせいで泳げないという設定だった!


普通、泳げる人間だって、服を着たまま水に落ちたら慌ててしまう。

クララはその比じゃないぐらいパニックに陥っているはずだ。


「クララ、クララ! 大丈夫よ、今助けるからね!」


私は即座に服を脱ぎ、靴も脱ぎ、下着姿になると湖に飛び込んだ。


幸いなことにブルーム領には水場があった。私は子供の頃から水泳を嗜んでいた。


下着姿は水着とほぼ変わらない。クララの側まで一気に泳ぐと、今にも沈みそうな彼女を抱き締めた。


「げほっ、がほっ、ふ、フロリナ様っ――!」

「大丈夫、もう大丈夫よ、クララ! 落ち着いて、私の背中に手を回して――そう、上手よ。もう慌てなくていいからね。そのまま抱き着いたまま力を抜いて、後は私に全部任せて」

「うぅぅ、はうぅ……っ」


クララは私の指示に従ってくれた。後ろから抱き着くような形になったクララを、平泳ぎの要領で岸まで運ぶ。


岸に上がると、シスター・ミカエラがランタンを片手に駆け寄ってくるのが見えた。


「ブルームさん! それに、そちらのお嬢さんがホフマンさんですね!?」

「はい……クララを、診てあげてください」

「あなたもです! すぐに校舎の医務室へ向かいましょう! キャンプ場の方には、わたくしが後で連絡を入れておきます!」


シスターは、もしもの時の為にとタオルも持ってきてくれていた。


体を拭いてから、私たちはシスターに連れられて校舎の医務室へと向かう。


その道中、キャンプ場の方からこちらに近付いてくる人の気配を感じて立ち止まった。


「――フロリナさん! それにクララさん!? その姿、一体どうしたというんだい!?」

「アルマン……あなたこそ、どうしてここに?」

「先程キャンプ場の方で、君がクララさんの行方を捜して騒いでいたという話を聞いたんだ。僕も実行委員の1人だから、行方不明の生徒がいるのなら放っておけないからね。他の委員と一緒に探していたところだよ。ところでその姿は……」

「……クララが湖に落ちたのよ」

「なっ、なんだって!?」

「彼女がいた辺りは、暗くなると視界が悪くなって、足元がよく見えなくなる場所だったの。うっかり足を踏み外したのでしょうね。かわいそうに。クララは泳げないから、ひどいパニックに陥っていたわ。水の中で、服を着たままもがいたせいで消耗している。今すぐ医務室に連れていくわ。私もこんな姿ですし、キャンプ場には戻りません。あなたの方から他の皆様にも伝えておいてくださる?」

「……分かったよ、伝えておく」

「よろしくお願いするわ」


アルマンたちと別れ、私たちは今度こそ医務室へと向かった。



***



「ふう……」


医務室で校医に診てもらった後。


私は何ともなかったから解放された。しかしクララはショックが大きかったのと、水を飲んでいたせいで、医務室に一泊コースとなった。


シャワーを浴び終え、職員の先生方からの事情聴取も終わり、寮の部屋に戻ってきた。

ベッドに腰を下ろし、ようやく一息つく。

さすがにキャンプ場に戻れとは言われなかった。寮の部屋でゆっくり休ませてもらう。


とはいえ、ベッドに身を投じても、このまま大人しく眠りに落ちるつもりはない。


今日の事件はひどいものだった。


私が間に合ったからいいものの、少しでもタイミングが遅れていたら、クララは誰にも見つからず溺死していた可能性すらある。


「……」


いや。そうはならなかったかもしれない。


そして、その可能性こそが、今回の事件の謎を解く重要な鍵。


テスト前のノート消失事件に端を発する、クララの周辺で起きた一連の事件。


そのすべてを解き明かすパズルのピースは、今や私の前にすべて揃えられた。


私は眠りに就く前に、頭の中を整理する。


ノート消失事件と、温室荒らし事件の下手人はマノンだ。


だけど今回の事件では、マノンがクララを湖に誘導する時間はない。


今日、マノンの周辺には常にチームメイトたちがいた。


そしてチームメイトたちは、マノンが単独でクララに接触した姿を目撃していない。


それにノート消失事件と温室荒らし事件と、今回の事件では明確に性質が違う。


前者は――まあ確かにクララの心を傷付けるものではあったけど、クララに対して明確に害意が向けられていたわけではない。


言ってみれば、悪質だけどいたずらで済ませられるレベルのものだ。


だけど今回の事件は違う。一歩間違えばクララの命を奪っていたかもしれない。


今回の事件はやり口が違う。犯人はマノンとは別に存在する。


では、その犯人は何故こんなことをしたのか?


……それもヒントは手に入っている。


これまでに得た情報を繋ぎ合わせれば、一つの形が出来上がる。


「……たぶん、これこそが一連の事件の真相でしょうね」


気が重い。私は遠からず、この真相を犯人にぶつけなくてはならないだろう。


本当に、気が重い。


私が悪役令嬢の役割を全うしていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。


マノンも黒幕も、手を汚さず平穏に過ごせていたかもしれない。


そう思えば一抹の後ろめたさがある。


だけど――黒幕はクララに害をなした。マノンのことも傷付けた。


2人に対して悪影響がある以上、見過ごすことはできない。


そして真相に気付いたのが私だけだというのなら、私には犯人の罪を指摘する義務がある。


これ以上の過ちを繰り返させない為にも。


悪役の役割をスライドさせてしまった責任を、きっちり果たさなければならない。


「……よし、覚悟を決めるわよ、フロリナ」


決意を口にすると、気が緩んだ私の意識は眠りの底へと落ちていった。

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