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3話 ノートの行方

放課後。約束通り私たちはホールで落ち合う。


今度はマノンも一緒だ。残念ながら四阿にノートはなく、紛失物の届け出窓口にも届けられていなかった。


「紛失物の届け出窓口は学院の窓口に? そう……もしかすると寮の方に届けられているかもしれないわ。なくしたのが昨日の夕方なら、学院の窓口はもう閉まっていたもの。拾った人が寮の方に持ち帰った可能性もあるわ。そちらも尋ねてごらんなさい。私は他の場所を探しておくから、また1時間後にここで落ち合いましょう」


クララとマノンを寮に向かわせた私は、学院の校舎裏に向かう。


奥の森へと繋がる小路の脇には、倉庫や資材置き場が立ち並んでいる。


華やかな宮廷学院でも、学校としての機能を保とうとすれば、どうしてもこういう場所は出てしまう。


私はその中でも一番汚い場所――ゴミ置き場に視線を向けた。


ゴミは指定日に業者に収集してもらうけど、一部は焼却炉で焼いている。


焼却炉の稼働日は毎週火曜日と金曜日の2回。今日は木曜日だから稼働日じゃない。

焼却炉の扉に鍵はかけられていない。

把手に手を添え、軽く力を入れて開く。埃っぽい空気が広がった。


そして――。


「……やっぱり、ここにあったのね」


ゴミの合間に、パステルカラーのノートが数冊。


手を伸ばして回収する。ページをパラパラ捲って中身を確認する。


間違いない。クララのノートだ。クララの字で、私が教えて書いた魔術式が丁寧に書き記されている。


――胸の裡に怒りが湧く。


あの子があんなに熱心に私の話に耳を傾け、一生懸命文字を記したノートをこんな場所に捨てるなんて……。


「……ふぅっ」


ダメよ、落ち着きなさい、フロリナ。怒りで我を失えば、きっと大事なヒントを見失う。


深呼吸をすると、再び焼却炉の中を覗き込む。備品の火バサミを手に取り、ノートの周辺にあった新しいゴミを回収した。


地面に広げて確認する。クララのノートの下にあったのは、生ゴミ。たぶん食堂で出たゴミだ。今日のランチメニューに使われた食材の残骸があるから間違いないだろう。


クララのノートの上にあったのは、新入生募集を求めるクラブのポスター。新入生募集の時期が終わったから、今日の掃除の時間にでも捨てに来たのだろう。


これらの情報からは、クララのノートが捨てられた時間を割り出すことができる。


食堂の生ゴミが捨てられたのは、昼休み終了前後。


ポスターが捨てられたのは、おそらく掃除の時間。この学院では1日の授業が終了した後、自分たちが使用した場所を簡単に掃除する時間がある。


本格的な掃除は業者に任せてあるけど、これも修身の一環だそうだ。


(この学院には敷地内に修道院があって、一部の聖職者が教鞭を取っている。若干宗教道徳の強い校風なのよね)


後で食堂とクラブの人に詳しく聞き込みをする必要があるだろう。


けど、おおよその犯行時間は恐らく今日の13時から15時半。約2時間半の間に、誰かがクララのノートを焼却炉に捨てた。


「さて」


ひとまずノートが見つかったことだし、まずはクララを安心させてあげよう。そう思い、ゴミを焼却炉に戻して校舎に戻ろうとする。


……いや待て。今までゴミを漁っていたわけだし、ひょっとすると汚れているかも。


制服の袖の匂いを嗅ぐ。……臭いはうつっていないかな? いやでも、せめて手ぐらいは洗っていこう。


ちょうどゴミ置き場を出てすぐの場所に水道がある。ノートを脇に置き、飛ばないように石で押さえて手を洗う。念入りに洗う。


手を拭いたところで、そういえばクララのノートに臭いはうつっていないだろうかと気になった。


ハンカチを広げてノートを包む。私のハンカチには少量の香水がかけられているから、これで少しは匂いが中和できるかも……。


「フロリナ様?」

「っ、……あら、マノン。こんなところでどうしたの?」

「それは、こちらの台詞です。約束の時間なのに、フロリナ様が来ないから、探しに来ました」


不意に声をかけられ、驚いて振り向くと、そこには見知った少女がいた。マノンは胡乱な視線をこちらに向け、小首を傾げている。


ああそうか、もう約束の時間を過ぎてしまったのか。


私は何かに熱中すると時間を忘れてしまいがちだ。人を待たせている時には注意しないと。


「そう、悪かったわね。クララは?」

「クララは、ホールで待ってます。行き違いになるといけないから」

「いい判断だわ。……そうそう、待たせてしまったのは悪いけど、喜んで。クララのノートが見つかったわ」

「えっ、本当ですか?」

「本当よ。ほら」


ハンカチを開いて見せる。パステルカラーのノートを見て、マノンは目を細めた。


「本当に……見つけた。あたしたちが探しても、全然見つからなかったのに……すごい、です」

「それほどでもないわ。まだ誰がやったのか、犯人を突き止められていないもの」

「犯人……いるのでしょうか? 前回のように、動物のいたずらとは考えられませんか?」

「前回は今回とは違うわ。動物があんな場所に、数冊のノートを運ぶとは思えないもの。今回の事件は、明らかに人間の意志が絡んでいるわ」

「事件……」

「さあ、それよりも早くクララの元へ戻りましょう。あの子を安心させてあげないと、ね?」

「そう、ですね。考えるのは、その後で充分なのです」


私とマノンがホールに戻ると、クララはぱぁっと顔を輝かせた。


学院の大ホール。2階へと繋がる中央階段の麓で佇むクララは、窓ガラスから差し込む夕日に照らされている。


その姿は、まるで初めて出会った時を思い起こさせるようで。


夕陽を浴びて微笑むクララは、私の心のもっとも脆い部分を優しく撫でる。


「マノンっ。フロリナ様、見つかったんだね! 良かった……!」

「うん。ついさっき、合流した」

「ああ、本当に良かった……無事に見つかって良かった!」

「――何をそんなに慌てているのよ。ここは学院で、まだ日も高いわ。私が迷子になるとでも思ったの?」

「そうじゃないですっ! ……最近、私の周りでおかしなことが続くから……もしかしたら、私のせいでフロリナ様の身にも嫌なことが起きるかもって……そう思ってしまって……」


クララはぎゅっと胸の前で手を握る。


……ああ、そうか。クララの立場では、そう思ってしまうのも無理はないのか。


前回の事件から、まだ1ヶ月も経っていない。


この短期間の間に、クララは宝石盗難事件の容疑者にされ、今回が被害者になった。


立て続けにこんなことが起きれば、不安になるのも仕方がない。


「大丈夫よ。私はどこへ行ったりもしないわ。ここにいるから安心しなさい」

「フロリナ様……!」

「それに、ほら。あなたのノートも見つかったのよ。これでテスト勉強が続けられるわね」


ハンカチを解いてノートを見せる。バラの香りがふわっと広がった。


「あ――ありがとう、ございます! せっかくフロリナ様がお時間を割いて勉強を教えてくれたんですもの、このノートは絶対になくしたくないと思っていたんです……!」

「……え? そう、だったの? それが理由だったの?」

「はい……! テスト勉強自体は、マノンがノートを写させてくれるって。それにノートに書いたことは、全部頭に入っています。……でも私は、このノートがなければダメなんです。だって、一つ一つの記述を見るたびに、フロリナ様が教えてくれた時のことを思い出せるから……だから、とても大切なノートなんです……」

「――」


思わず、言葉に詰まる。そんな風に思ってくれていたなんて。


だからクララは、あんなに思いつめた顔をしていたの?


私はてっきり、ノートがなければテストで良い点を取る自信がないからだと思っていた。


でもそうじゃなくて――私との思い出がなくなるのが嫌だから、あんなに青くて泣きそうな顔をしていたの?


……ああ、本当にこの子は。


クララは両手でノートを胸に抱き、何度もありがとうございます、ありがとうございますと頭を下げる。


その姿があまりに眩しくて、直視できなくて、私は彼女に背を向けた。


「フロリナ様?」

「……クララ、だから言った。ノートはあたしが貸すし、そもそもクララの頭にはもう一通りの知識が入っている。ノートにこだわる必要はない。それよりフロリナ様のお時間を割く方が悪いって」

「……ごめんなさい……」

「ち、違うわよっ。別に怒っているわけじゃないわ。怒ってない……ただその、そろそろ西日が強い時間でしょう? ちょうどあなたが逆光になっているから、それで――」

「あ、すみませんっ。……えっと、ここならいいですか?」

「……っ、ええ、いいわよ」


クララは私の隣に滑り込むと、窺うように見上げてくる。


「フロリナ様、改めてありがとうございます。フロリナ様のおかげで私の大事なノートが戻ってきました。心より感謝します」


屈託のない笑顔に、心臓が飛び跳ねる。


そんな内心を気取られないように細心の注意を払いながら、私たちは寮へと戻った。

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