2話 消えたノート
翌日も、そのまた翌日も、私たちは四阿で勉強に勤しんだ。
「こちらから誘っておいて言うのもおかしいですが、フロリナ様のお勉強はよろしいのですか?」
「私は平気よ。日ごろから予習・復習は欠かさないもの。今も寮に戻ってから勉強しているわ。それで充分よ」
「はぁ、やっぱり頭の出来が違う……」
「コツさえ掴めば簡単よ。あなたたちにはそのコツを教えているの。大丈夫、あなたもマノンも素質はあるわ。すぐにコツが掴めるはずよ」
クララは毎晩遅くまで勉強しているようだった。そのせいで日中あくびが少し目立つ。
「あふぅ……し、失礼しました……!」
「あまり根を詰めすぎるのは感心しないわ。努力するのは大切だけど、そのせいでテスト当日に実力が出しきれなかったら意味がないもの。今夜は早く寝なさい、ね?」
「はいぃ……すみません……」
「クララ、ハーブティー飲んで。頭がしゃっきりする。少しは目が覚めると思う」
「ありがとぅ、マノン……」
その日のクララはかなり眠そうだった。
最近は夜中まで勉強を続けているというから、無理もないかもしれないけど。
夕方に差し掛かる頃には、座りながら船をこぎ始めていた。ちょっと心配だ。
「クララ、クララ」
「はぅ……う、うぅん……」
「ダメだわ。マノン、クララのカバンを持ってきて。私はこの子を背負って寮まで戻るから」
「了解です」
結局、夜に早くベッドに入るどころか、四阿のベンチでクララは眠り始めてしまった。仕方がないので私が背負って寮まで戻る。
クララの部屋は、女子寮の1階、入り口の近くにある。一番騒がしいこの辺りの部屋は、身分が低い生徒にあてがわれている。
実際に部屋へ入ってみると、薄い壁越しに帰寮する少女たちの賑やかな声や足音が聞こえた。
「こんな部屋ではゆっくり休めないでしょう。かわいそうに」
「……そうでもないみたいですよ」
ベッドにクララを下ろす。勉強机に鞄を置いたマノンもクララを覗き込む。眠り姫は、薄壁越しに聞こえる騒音など物ともせず熟睡していた。
「ふふっ、見た目に反して神経がしっかりしているのね」
「それがクララですから」
私とマノンは微笑み交わすと、そっとクララの部屋を後にした。
***
その翌日だった。昼休み、クララが真っ青な顔をして私の教室を尋ねてきたのは。
「フロリナ様……! あのっ、大変失礼ですが、昨日の放課後に私のノートがフロリナ様のお荷物に紛れ込んでいなかったでしょうか!?」
「あなたのノート? いいえ、見ていないわ」
「……そう、ですか……」
「もしかして、ノートが見当たらないの?」
「はい……っ!」
とりあえずここでは目立つ。私たちは場所を移し、人気のない廊下で詳しい話を聞く。
今朝。目を覚ましたクララは、昨夜お風呂に入らないまま寝てしまったので、シャワーを浴びに行った。
部屋に戻ってくると朝食の時間。そのまま食堂へ行き、私たちと食事。鞄は昨日の夕方のままだったので、そのまま手に取り登校した。
異変に気付いたのは1時限目が始まる直前だった。
1時限目の魔法学のノートを出そうとして、見当たらないのだ。しかも魔法学だけじゃない。すべてのノートが、カバンの中に入っていなかった。
「まずマノンに知らないか聞いたんです。でもマノンは知らないって……昨日は確かに鞄の中にノートを入れたって。自分の鞄の中身も見せてくれました。紛れ込んでいなかったんです。だから、もしかしたらフロリナ様の方に紛れてしまったかもって……!」
「そうだったのね……マノンはどこに?」
「昨日の四阿を調べに行ってくれています。忘れてしまっているかもしれないからって……」
「なるほど」
ほとんど無意識に取り出した扇を口元に添える。
これは……あれだ。乙女ゲーム『恋セレ』にあったイベントの一つだ。
先日の宝石盗難事件で恥をかいたフロリナは、一旦大人しくなる。
けれど心から反省して改心したわけではなく、むしろその逆。
心の底では今まで以上にクララへの憎悪を滾らせるようになっていた。
ゲームでは、クララはこの時期、図書館で勉強していた。
たまたま1人で勉強していた時に、ノートを図書館に忘れてしまう。
それをフロリナに発見され、クララのノートが盗まれる。
困り果てたクララがノートを探して学院内を彷徨っていると、3人の攻略キャラと遭遇し、一緒に探し始めるというイベントだった。
もちろん今回も、私は悪事に手を染めていない。
ということは、また本来のフロリナの役割が、謎の犯人Xにスライドされたと考えていい。
そういうことなら、今回も私が真相解明に乗り出さなければならない。
だって本来フロリナが背負うはずだった罪を、別の誰かに押し付けてしまったのだから。
クララの為にも、私には解決しなければならない義務がある。
「ご安心なさい、クララ。あなたのノートは私が必ず発見してみせますわ」
「フロリナ様……ありがとうございますっ……!」
「だから安心して、ね? ――とはいえ、昼休みももう終わりね。本格的な調査は放課後にしましょう。放課後にホールで待ち合わせ。いいわね?」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
私が言うとクララは安心したようで、ようやく笑顔を見せてくれた。
……さて。クララと別れた私は教室に戻る。
表向きは勉強しているように装って、頭の中では推理を巡らせた。
クララのノートがどこにあるのか。
乙女ゲームの知識通りなら、“あの場所”にあるはずだ。放課後はまずあの場所を探してみよう。
今の時点で犯人を断定することはできない。圧倒的に情報が足りない。
だけどあの場所を調べれば、きっと何かが見つかるはずだ。
……よし、そうしよう。
放課後の方針を決めた私は、頭を切り替え、授業に戻った。




