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12/22

1話 穏やかな日々

お久しぶりです。ぼちぼち続きを書いていければと思います。

宮廷学院で一時話題になった女子寮宝石盗難事件。

どういうわけか『フロリナ令嬢と青い鳥事件』と呼ばれることになったその事件も、さすがに2週間も経つ頃には下火になった。


私としては、ようやく……という感じ。

なんで勝手に私の名前が出回っているんだと苦言を呈したこともある。

だけど私は探偵役だったから、「フロリナ様がご活躍を謙遜なさっている」と解釈されてしまっていた。


嫌がれば嫌がるほど正反対に解釈され、話題が続くという悪循環に陥ったので、私は一切口出ししないことに決めた。


その甲斐もあって(?)、1学期の中間テストが近付く頃には、あまり話題に挙がらなくなっていた。


まあ――どういうわけか、件の伯爵令嬢リーズは率先して話題にしていたけど。しかもあれ以来、彼女たち一派は私を「お姉様」と慕うようになってしまった。


適度な距離を保ってくれているし、クララたちとも仲良くなったみたいなので、それは良かったんだけど。


季節は初夏。春の気配は消えたけど、本格的な夏到来とも呼べない、1年のうちでもっとも過ごしやすい時期。


宮廷学院高等部では、2つの予定を控えていた。


一つは中間テスト。来週から1週間に渡り行われる。


二つ目は合同キャンプ。これは1学期中間テスト明けの翌週に毎年行われる、学年混合の親睦会のようなもの。学院裏の森を利用して、1泊2日のキャンプが行われる。


もちろん男女のテントは別々だ。しかし昼間のオリエンテーリングやバーベキュー、そしてキャンプファイアーは男女混合だ。


乙女ゲームの『恋セレ』では、序盤の恋愛ビッグイベントだったっけ。このイベントで過ごした相手は、好感度が一気にアップする仕様だった。


この世界のクララは、誰と一緒に過ごすのだろう。……少し気になる。

この前聞いた時は、まだ本命を絞り切れていない感じだったけど、今はどうなんだろう?


「もうすぐ中間テストですね、フロリナ様」

「え? ええ、そうね」


朝。私とクララ、そしてマノンの3人は並んで寮から学舎へ続く小路を歩く。

新緑の合間から差し込む光に負けないぐらい、輝く笑顔でクララは私を見上げる。


「あなたたちは、しっかり勉強をしているかしら? 宮廷学院高等部の試験は難易度が高いわよ」

「確かに、範囲が広い上に、外部の学校より取り扱っている内容が深いのです」

「はうぅ……マノンと2人で、頑張って対策してます……」

「あなたたち2人は成績優秀で入ってきた編入生なのだから、きっと大丈夫よ。頑張りなさい」


そういうと、クララは目線を逸らしてもじもじする。そんな親友の肩にぽんと手を置き、マノンが耳元で何かを囁いた。

あの唇の動きは……が・ん・ば・れ?

何を? 何を頑張るの???


「あ、あのっ、フロリナ様!」

「はいっ!? な、何かしら?」


クララは大きく息を吸うと、思い切った告白をするように、言葉を発した。


「わっ、私たちに、勉強を教えてください――!」


たったそれだけのことを言うのに、まるで一世一代の告白をするように。

頬を染め、胸の前で両手を組み合わせ、肩を小刻みに震わせて。


……ああ。そんな姿を見て、どうして拒めるだろうか?


「ええ」


考えるよりも早く、私は自分でも驚くほど優しい声で答えていた。


***


その日から、私たちの放課後はサロンでのお茶会ではなく、勉強して過ごすことになった。


テスト前とテスト期間中は、各クラブ活動も休止中だ。寮で、教室で、図書館で、いろんな場所で生徒たちが勉強に励んでいる。


こういうところは、さすが名門校だと思う。前世で私が通っていた学校では、テスト期間中でももう少し緩かったっけ。


私たち3人が勉強の場に選んだのは、中庭にある四阿あずまやだ。

図書館や教室ではなくこの場所を選んだのは、2人の後輩に勉強を教えるため。

ああいう場所では声を出すと、周りの人の集中を阻害してしまうからね。


四阿にはテーブルとベンチが設えられている。

テーブルの上に教科書やノート、参考書を広げ、勉強を開始する。


「フロリナ様、さっそくで恐縮ですが、ここの魔術式について教えてください」

「ああ、そこはAの魔術式をそのまま使うのではなく、この術式を応用するといいわ」

「なるほど、分解してから展開すると解きやすくなりますね……」

「ええ。そして一度分解した術式をさらに細かく変形させていくと――」


クララとマノンが特に教えてほしいと願ったのは、魔学だった。


魔学とは、その名の通り魔法や魔術に関する学問だ。


今でこそ【魔道具】の登場により、一般庶民にも魔術が身近な存在になっている。


しかし魔術や魔道具の仕組みを本格的に教える学校は、なかなか存在しない。


もちろん2人は宮廷学院に編入できるぐらいだから、必要最低限の学力を備えている。


それでも学院で教えられるほど本格的な内容になると、面食らってしまうようだ。


「今日はどうもありがとうございました! フロリナ様のおかげで、とても理解が深まりました」

「どういたしまして。あなたたちこそさすがに理解が早いわね。教え甲斐があるわ」

「そんな、マノンはともかく私なんて……! きっとフロリナ様の教え方がお上手だったんですよ」

「あ、それはあたしも思った。フロリナ様は教え上手です。教師とか向いていると思います」

「あら、ありがとう、マノン」


今日の勉強はひと段落ついた。

私たちは勉強道具を片付け、その代わりに持ち寄ってきたお茶とお菓子をテーブルに広げる。


「ところで、今日のお菓子は何かしら?」

「えっと、私とマノンが一緒に作ったフィナンシェです。お口に合うといいのですが……」

「あなたたちのお菓子はとっても美味しいから大丈夫よ。それからお茶だけど、今日は私が用意するわ。今日のような日におすすめのお茶があるの」

「今日のような日に……あ、ひょっとしてアイスティーですか?」

「くすくすくす、出来てからのお楽しみよ」


四阿で集合する前に一度寮に戻り、魔道具の一種である保冷バッグに一通りの道具を入れておいた。


いつもより濃い目に入れたベルガモット・ティーにオレンジ果汁。

ティーグラスにまずはオレンジ果汁を注いでから、紅茶を注ぐ。

グラスの中身が夏に相応しい2色のグラデーションに染まる。

その上にオレンジスライスとミントをトッピングすれば、オレンジアイスティーの完成だ。


「わあぁ……すごい、素敵です!」

「……綺麗……こんなの初めて見た……こほん、見ましたのです」

「オレンジと紅茶は相性が良いの。特に柑橘系であるベルガモット・ティーとの相性は抜群よ。飲んでみなさい」

「はいっ、いただきまーす!」

「いただきます。……! っ、おいしい……!」

「本当、とってもおいしいです! オレンジジュースの甘さと酸味が程よくて、これならお砂糖やシロップを入れなくても飲めますね!」

「くすくすくす、クララはお茶にお砂糖を入れないと飲めない子供舌だものね」

「フロリナ様やマノンは何も入れなくても飲めますよね。すごいです。大人って感じで憧れちゃいます!」

「一応あたしも、男爵令嬢。お茶は子供の頃から飲み慣れてる。……貧乏だから、お砂糖はあんまり手に入らなかった。だからストレートで飲み慣れた」

「マノン……」


それは自慢なのか自虐なのか。はたまたどちらでもないのか。

マノンは淡々と告げる。……うん、この様子だと、ただ事実を述べているだけかな。

なら、変に気にするのは良くない。話題を変えよう。


「このフィナンシェも美味しいわ。お茶にもよく合うわね」

「ありがとうございますっ! マノン、褒められたよ! やったね!」

「うん、良かった。クララはもっと良かったね」

「はあぁ……なんだか、とっても幸せ……」


美味しいお茶と手作りお菓子。

蕩けるように、うっとりと笑顔を浮かべるクララ。

小動物のようにまふまふと口を動かすマノン。

本当に今この瞬間は、幸福を結晶化したようなひと時だ。


「……ところでクララ。あなた、最近、あの三貴公子の方々と仲がよろしいでしょう? どなたか気になる方はいらして?」


楽しいお茶会も終わりを迎えようとする頃。私は思い切って切り出してみた。

クララはきょとんと私を見やった後、ふるふると左右に首を振る。


「青い鳥事件の後でお話する機会が増えましたけど……それだけです。特に仲が良いということは、ありません」

「あら、そうなの?」

「はい。それよりも三貴公子の皆様とは、フロリナ様の方が親しいじゃありませんか。私が皆様とお話する時も、必ずといっていいほどフロリナ様の話題が出ますもの」

「そ、そうなの?」

「嘘なんか吐きません。この前は殿下から、フロリナ様が10歳の時に解決した王宮のケーキ消失事件について教えて頂いたんですよ。まさかケーキをこっそり盗み食いしていたのが国王陛下だったなんて。王妃様から甘い物を控えるように言われたから、こっそり食べていたんですってね。ふふふ、王様なのに、なんだか親近感が湧きました。それを見抜いたフロリナ様もすごいです!」

「殿下ったら、そんなことまで話しているの……」


身内の恥みたいなエピソードなのに、何を考えているのか。


……いや、それぐらいクララに気を許しているという意味かも。


「フロリナ様とジークフリート殿下は、小さな頃から親しかったのですね」

「遠縁の親戚のようなものですしね」

「……婚約するかも、というお話が浮上しそうになったこともあるとか」

「すぐに消えましたけどね。今の時代、血の濃すぎる間柄の者同士が婚姻関係を結ぶのは、かえって外聞が悪いですもの」


シルフィード王国では、かつては血縁関係の近い者同士の婚姻が盛んに行われていた。


だが今の時代は、そういった時代の悪影響が科学的に証明されている。だから王侯貴族は、血の遠い相手との婚姻が推奨されるようになっていた。


近隣諸国で平民との婚姻がよく行われるようになっているのも、そういう関係があるからだ。


……まあ『恋セレ』本編のフロリナは、そんなの関係ないと古い伝統に則り、ジークフリート殿下の婚約者の座を射止めたんだけど。


今のフロリナ(わたし)は、最新の研究論文を論拠に婚約を回避した。


悪役令嬢とメインヒーローの婚約は第一にして最大の破滅フラグだからね。


ただ、婚約を回避したからといって安心しきれない。


現にこの世界では、婚約を回避しようとも運命の強制力が発動して、ゲーム内のイベントが起きてしまったわけだし。


「昔からフロリナ様を知っていたなんて……ずるいです。私だって小さい頃のフロリナ様が見たかったのに」

「私だってクララの子供時代を知らないのだから、お互い様でしょう」

「それはそうですけど……はあぁ、フロリナ様と幼馴染だったらなぁ。毎日とっても楽しかっただろうなぁ」


クララと私が幼馴染。ちょっとだけ想像してみる。

……なるほど、それは確かに楽しそうだ。


「そういえば、マノンは貴族のお友達はいないのかしら? 貧乏とは言うけど男爵令嬢である以上、何らかの関わりのある方がいるのではなくって?」

「……友達、と呼べるような人は、ちょっと。知り合いというか、親の上司的な人ならいますけど……」

「あ、言いにくいことなら言わなくていいのよ。何となく聞いてみただけだから」

「……ご容赦いただけると、幸いです」


マノンの表情は芳しくない。どうやら言いにくい話題のようだ。


「ねえ、マノン! そんなことよりも、マノンのハーブの話を聞かせて。今はどんなハーブを育てているの?」

「え……っと、今は――」


気を利かせたクララが別の話題を切り出す。

私も表向きはそちらの話題に合わせつつ、頭の中ではマノンの情報を整理していた。


マノンの実家であるデュヴァル男爵家は、王国でも北の地方にある。

元々はレスコー伯爵領の一部だった土地を、一代限りのデュヴァル男爵が統治を任されるようになった。


レスコー領の北は土地が貧しく、夜盗の類も出るので、武勇で名を馳せ叙勲されたデュヴァル男爵に任せるのが適任だと判断したそうだ。


デュヴァル男爵夫人は子爵家の令嬢だったので、社交や家政は夫人が取り仕切っているという話である。


マノンは、そんなデュヴァル男爵家の1人娘だ。一代限りの貴族だから、将来マノンには何も残らない。


男爵令嬢という肩書があるうちに良い縁談を見つけるか、あるいは学をつけて良い仕事に就くかの二択を迫られ、後者を選んだというわけだ。


……うん、やっぱり軽々しく口にするような話題じゃなかったな。


今日はクララのおかげで事なきを得た。だけど今後は同じ過ちを犯さないように、反省しなければ。


そんな反省を胸に、午後のひと時はゆったりと過ぎていった。

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