幕間 クララのお菓子作り
「う~ん……」
ここは宮廷学院。
校舎の一角にある家庭科室で、クララ=ホフマンは腕を組み唸っていた。
先日、フロリナに手作りのお菓子を作ると約束した。
けれど、何のお菓子がいいだろう?
フロリナはブルーム公爵家の令嬢だ。
ありきたりのお菓子は食べ飽きているはずだ。
「ねえマノン、何がいいと思うかな?」
「……フロリナ様のことだから、クララが作ったお菓子なら、何でも喜ぶと思う」
「そうだね、フロリナ様は優しいから、何でも喜んでくれるだろうね。でも、それじゃダメなの! 私はフロリナ様に、心からおいしいと思ってもらいたいんだよ!」
クララは拳を握って熱弁する。
「フロリナ様は優しくて気高くて美しくて、こんな私を見捨てないで事件の謎を解いてくれたの! 前から素敵な人だと思っていたけど、今はもっと……こう……あの人のことを考えるだけで、胸の辺りが切なく温かくなって……はうぅ……」
「はいはい、ご馳走様」
「まだ何も作ってないし、食べてもらってないよ~!」
「そういう意味じゃなくて。まあいいや。それで、何を作ればいいか迷っていると」
「うん……一応、フロリナ様の好きなものと苦手なものは調べてあるんだけどね? 好きなものはチョコレート。苦手なものはバタークリーム。バター自体は嫌いじゃないけどクリームにすると苦手なんだって。可愛いよね」
「可愛いかどうかは分からない。けど、それチョコのお菓子がいいと思う」
「そうだよね、そうだよね! でもチョコのお菓子と言っても種類が豊富だから、何にしようか迷っちゃうな」
たとえばチョコクッキーにチョコブラウニー。ガトーショコラにフォンダンショコラ。ザッハトルテにキルシュトルテ。チョコレートシフォンにチョコタルト。
一言でチョコのお菓子といっても種類はさまざまだ。
「今日作って、お渡しするのは明日の放課後。なら傷みやすいものは避けた方がいい」
「そうだね。生系のお菓子は避けようか」
いくつかの生菓子が選択肢から消える。
「温かい状態が一番おいしいお菓子も、やめた方がいい。お出しする時に温められないと、風味を損なう」
「じゃあフォンダンショコラも削除――っと」
クララはメモに記したメニューの名前に線を引く。
「時間を置いても傷みにくくて、むしろ味がしっとり染みる。チョコブラウニーがおすすめ」
「うん、私も今そう思った。ありがとう、マノン! マノンと話したおかげで何を作ればいいか分かったよ!」
「どういたしまして。……レシピは分かる?」
「一応ね。あ、でも、マノンのレシピを教えてほしいなっ」
「……あたしの? どうして?」
「だってマノンの作ってくれるお菓子、とってもおいしいから。今まで食べたお菓子の中で一番だよ!」
「……一番……」
「私ね、親が商人だから、子供の頃からいろんな土地を回っていたの。子供の頃は今みたいに裕福じゃなかったけど……それでも行く先々で、お父さんは私にお菓子を買ってくれたんだ。だから数だけは食べているの。その中でも、マノンのお菓子は一番おいしかったよ」
「……一番。そう、悪くない……」
マノンは両手を組み合わせ、目を閉じて、満足そうにうんうんと頷く。
「……分かった。そこまで言うなら特別。秘伝のレシピを教えてあげる」
「やったあ! マノン大好き!」
「……あたしも、クララのこと、好き。クララはいい子。優しい子」
「えへへへ~、だったら好き同士だね! 嬉しいな。私ね、子供の頃からいろんな場所を回っていたから、友達が少なかったの。学院生活は大変なこともあるけど、マノンみたいな友達と出会えたから入学して良かったな」
「フロリナ様よりも?」
「えっ、えっ? ええっと、そこは比べる対象じゃないっていうか……」
「ふふふ、分かってる。ちょっと困らせたくなっただけ」
「うぅぅ~、マノンってたまに意地悪だよね?」
「さ。お喋りは止めよう。お菓子作りを始めよう」
「なんかはぐらかされたような……ま、いっか! はーい、マノン先生、お願いしまーす!」
そしてクララはマノンの指導の下、チョコブラウニー作りを開始した。
翌日の放課後。サロンに集まったフロリナ、クララ、マノンの3人。
クララはおずおずとテーブルの上にチョコブラウニーを差し出す。
今日はクララがお茶請けを用意したから、マノンが紅茶を淹れた。
フロリナはまず紅茶を口に含み、マノンを褒めてからチョコブラウニーにフォークを伸ばした。
フロリナはブラウニーを手で掴み、そのまま口に運ばない。
1人前に切り分けられたブラウニーをフォークでさらに細かく分けてから、小さな欠片を口に運ぶ。
「……」
「どうでしょうか……!? あまりお口に合いませんでした……!?」
「……いいえ、その逆よ。しっとりと滑らかな生地、よく染み渡った濃厚なチョコレートの味わい。甘すぎず、かつ物足りないといったこともない絶妙な風味。今まで食べたチョコブラウニーの中でも、最高クラスの味わいだわ」
「やった! ありがとうございます!」
フロリナは小食だ。そのため量で誤魔化すことができず、少ない量で満足させなければならない。
フロリナの判定は最初の2、3口で決まるといって過言ではない。クララのチョコブラウニーは、最初の一口でフロリナを満足させた。
「こちらこそありがとう。こんなに美味しいお菓子を作るのは苦労したでしょう?」
「えへへへ……はい。マノンってば、意外とスパルタだったので……」
「レシピはマノンが?」
「はい! マノンはお菓子作りの天才なんですよ。チョコブラウニーの他にも、いろんなお菓子の作り方を教えてくれるって約束してくれました。これからいっぱい作るので、フロリナ様も楽しみにしていてくださいね!」
「くすくす、ええ、楽しみにしているわね」
優雅に微笑むフロリナを見ていると、クララの胸は温かい感情で満たされていく。
好きな人が自分の手料理をおいしいと言って食べてくれるのは、なんて幸せなんだろう。
次のお菓子も楽しみにすると言ってくれた。
あまりに嬉しくて、チョコブラウニーの味すら分からなくなってしまう。
(でも、幸せな味がする……気がするなあ)
大好きな人の為に、大好きな友達と一緒に作ったお菓子がまずいはずがない。
目の前のチョコブラウニーは、クララにとって幸福の象徴と言える。
ブラウニーの欠片を口に入れ、クララは幸せを噛み締めるのだった。
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