オートバイは神からの支給品
翌日、アンは男の相棒である『GPz-900R』のリアシートに跨って一番近い山葉の神殿へと向かった。
基本神殿は町に付随する形で建っている。と言うか神殿を中心に町が構成されているのがこの世界のスタンダードだった。
なので大抵の町にはひとつの神殿があった。そして当然ながら町ごとに神殿の担当神は違った。簡易宿泊所エデンから一番近い町の神殿は担当神が『本田』だったので、アンたちは更に40km離れた『山葉神』を祭るこのマイハマシティまでやって来たのである。
マイハマシティの神殿は他の町同様、町の中心に鎮座していた。神殿の周りは儀式を執り行う広場になっているが、儀式の無い時は駐車場として使われていた。その駐車場に男は900Rを停めてアンを降ろした。
「ここが『山葉』の御神殿なのね。私の知っている『本田』の御神殿とはちょっと雰囲気が違うわ。」
「まあな、大抵の神殿には祭ってある神様のシンボルが掲げられているから遠くからでも区別が付くんだ。」
そう言って男は神殿の上に掲げられている看板を指差した。そこにはUの字のお尻部分に棒がついたがようなデザインマークがみっつ60度の角度で交差した形で描かれていた。因みに男はそのUの字が『音叉』という音楽関係で使われる道具だという事は知らない。単なるマークだと思っていた。
「『本田』の御神殿はあそこに羽根のマークが描かれていたわ。」
男の説明にアンが自分が知っている神殿との違いを口にした。
「そうだな、あれはウイングマークって言うんだ。」
「へぇ~、神様によってそれぞれ違うのね。」
「ああ、『鈴木神』はSの字をデザイン化したマークだ。でも俺が信奉する『川崎神』はちょっとそっけなくて普通に「Kawasaki」と書かれている。」
「はははっ、そうなんだ。そう言えばライダーたちのオートバイの燃料タンクに描かれていたわね。」
「うんっ、オートバイではタンク周りが一番目立つからな。なのであそこにマークを配置するのが定番らしい。」
「ふふふっ、お仲間ですよって言うマークなのね。」
「今はライダー内でそんなに信奉する神で争う事はないんだけど、昔は結構熱かったらしい。特に『本田』と『山葉』はライダーシェアが拮抗していたから、乗り手たちも自分が信奉する神への勧誘合戦なんつうものを新人たちへ繰り広げていたらしいぜ。」
「ふう~ん、そうなんだ。そう言えばニンジャは私に『川崎神』のスクーターを薦めなかったわね。なんで?」
「うっ、それは・・。」
アンの問い掛けに男は口ごもる。どうやら男にとってはそれは聞いてはならない事だったらしい。だが、答えないのもいじけているように思えたのか男はしぶしぶと言った感じで説明を始めた。
「実は『川崎神』ってスクーターをラインナップに載せていないんだ。昔は『鈴木神』とタイアップして『エプシロン』っていう車種があったんだけど今は無い。」
「ふう~ん、なんで?」
「多分ポリシーじゃないかな。『川崎神』って男のオートバイっ!ってイメージが強いから。」
「あら、いきなりの女性差別発言ね。」
「いや、そういう意味はないんだよ?ただ、なんていうか神様間のチカラ関係というか・・、神殿数の数というか・・。」
男はなにやら説明しずらいらしくまたもや口ごもった。そこをアンにばっさりとされた。
「あーっ、『川崎神』はオートバイ四天王の中でも最弱なのね。」
「いや違うぞっ!確かにスクーターなどを含めた全シェアでは4番目だけど、大型車種のシェアでは拮抗しているんだっ!『GPz-400R』が世に出た時なんかはトップシェアを取った事だってあるんだからなっ!」
「GPz-400R?聞いた事ないわ。いつの話なの?」
「うっ・・、俺が産まれるよりかなり前・・。」
「あーっ、それはそれは。」
アンは男の心情を汲み取ってそれ以上は突っ込まなかった。なので話題を変える為、神殿の中へ連れて行くよう男を促す。
なので男はぶつぶつと「大型バイクなら川崎神は一番なんだ。負けてはいないんだ。」などと呟きながらアンを神殿内へと案内した。
そんな神殿は、通りに面する場所はガラス貼りになっていて表からでも中の様子が良く見えた。そしてそこには多くの展示用のオートバイがピカピカに磨き上げられて飾られていた。
なので男はまずアンにそんな展示用のオートバイを見る事を薦めた。
「あっ、見てごらん、アンっ!『トリシティ300』が展示してあるぜっ!いや~、こいつっていつ見ても変なオートバイだよなぁ。」
男が指差した先には前輪がふたつ付いている奇妙なスクーターがあった。その姿にアンも興味を示す。
「ふぅ~ん、前輪がふたつあるって事はこのスクーターって転ぶ心配がないのかな?あれ、でも待って。これってどうやって曲がるの?」
「いや、普通に車体を傾けてだよ。ほらこの前輪を支持している部分が自在に傾くんだ。」
男は試しにとばかりに三輪スクーターのハンドルを持って左右に車体を傾かせて見せた。
「ふう~ん、でもわざわざ車輪をふたつ付ける必要があるの?あっ、もしかしてパンク対策?」
「えっ、あれ?そう言えばそうだな。なんでふたつなんだろう?」
「ニンジャ、あなた単に珍しかっただけなんでしょう?」
アンの的確な突っ込みにまたしても男は返事に窮した。だが今度はそれなりの言い訳を返す事に成功する。
「うっ、いやこうゆうのは技術的発展の証としてエポックメイキングなんだよ。確か『山葉神』には昔のロードタイプにもこんなやつがあったはずだ。いや、あれは前輪片持ちサスだったか?まっ、現物は見た事ないけどね。でもカタログには載ってたよ。」
「はいはい、そうですか。でもこれは駄目よ。大きさはともかく重過ぎるわ。なによこの車重239kgって。転ぶ心配がないとしても重過ぎるわ。」
「いや、前輪がふたつあるのは転倒対策だから・・なのかな?」
アンはオートバイの前に置いてある性能表を読んで駄目出しをした。それに対して男は反論を試みようとしたが、自分の説明に撃沈した。
結局男は物珍しさだけで喜んでいただけで、この珍味ようなオートバイについてそれ程知っている訳ではないようだ。なので一通り興奮すると次のオートバイへと興味が移った。そしてそこには男が前日に固執していた大型スクーターがあった。
さて、神殿にまで来て男はまたしても前日自分が推薦した大型スクーターをアンに薦めてきた。そんな男の気迫にアンは仕方なく見るだけよと言って男が推薦してきたスクーターが置いてあるブースへと移動する。そのブースの前には展示してあるオートバイの名前と性能表が誇らしげに掲げられていた。
そのスクーターの名前は『TMAX560』。最近排気量を530ccから562ccへアップさせた新型車種だ。馬力は本当にスクーターに必要なのかと首を傾げたくなる48馬力である。
そしてその掲示パネルの奥にそのスクーターはあった。だが現物のスクーターを見たアンの第一声は次のようなものだった。
「うわっ、大きい。」
「うんっ、でかいよなっ!」
アンの批判的な声とは対照的に男の表現は大きい事は良い事だとでも言いたげであった。だがそんな感情を持たないアンの目には大き過ぎる車体はマイナスにしか映らない。
「私には大き過ぎるわ。」
「いや、確かにガタイはでかいがシート高さは800mmだ。だから足つきは問題ない。それにこれにはクルーズコントロールも備わっているし、ほら、このスクリーンは電動式で動くんたぜっ!しかもグリップヒーターやシートヒーターまでついているんだっ!」
男はスクーターの緒源データが書かれているパネルを読みながら自慢する。だが最後のヒーター云々は蛇足だった。
「ニンジャ、あなた昨日汗だくで帰ってきたのを忘れたの?」
「あれ?そう言えばそうだな。なんでこんな機能が付いているんだろう?」
「まぁ、ここじゃない寒いところ用なのかも知れないけど、ここいらじゃ必要ないわね。ここら辺って年中夏だもの。」
「むーっ、確かに・・。」
アンの正論に何故か男も首を傾げる。まぁ確かに男たちがいる土地ではまずヒーターを使う事はないだろう。だが世界は広いのだ。中にはヒーターが必要な土地だってあるのである。
そんな失敗をやらかした男だが、『TMAX560』のでかさには魅力を感じているのだろう。なのでぐいぐいと押してきた。
「でも絶対こっちの方がいいってっ!アンたちの簡易宿泊所は町から離れているからな。だからこれくらいの排気量があった方が絶対楽なんだよっ!」
「ちょっとニンジャ、冗談じゃないわよ。このオートバイじゃ重過ぎるわ。倒れたら起こせないじゃないっ!」
アンは緒源データが書かれているパネルの車体重量の項目を読んでとんでもないと言ってきた。その値は218kgと書かれており、昨日アンが選んだ乾燥車重179kgの250ccスクーター『XMAX』より39kgも重かった。
アンにとっては179kgでさえかなり妥協したものだったので、さすがにそれを39kgもオーバーしているスクーターは選択肢にもなりえなかったようである。
だが、展示されている煌びやかに磨かれたオートバイたちを見るのはアンとしてもやぶさかではなかったらしく、その後しばらくはそんなオートバイたちを見て楽しんだ。ただ、その度に男がうきうきした表情で説明してくるのは少々ウザかったのだが、逆にそんな男を見る事をアンは楽しんだ。
「ほらっ、アンこれっ!『トレーサー』って言うんだけど700ccモデルが出てたんだなっ!これなら車重も200kgを切っているし、この通りカウルも大きいから高速巡航にはもってこいだよっ!」
「あーっ、はいはい。そうね、それで次は?」
「えーと、あれっ、SRX-600が展示されているっ!なんで?これはカタログからも消えていたはずなのに?」
男はかなり昔にカタログからも消えていたオートバイを見つけて駆け出す。そしてあれこれと触りまくり始めた。
「う~んっ、さすがにシングルとはいえ600ccのエンジンはでかいな。しかもこのぐるんぐるんに巻いてわざわざショート化させたマフラーは、デザインを優先させた山葉神の心意気を感じるぜっ!」
そんな男の姿を見てアンは何故か男が可愛らしく思えてきた。多分それは女性特有の母性の発露なのかも知れない。だがそんなアンを置いてきぼりにして男は更に別のオートバイのところへ移動して行った。
「あーっ、この『XT-660R』を展示するに当たって近い排気量のSRXを比較用に並べたのかもな。ほら、見てごらんアン。これがオフロード系のオートバイだよ。たまに宿泊所にも来るからアンも見た事があるだろう?」
「そうね、これって荒野を走る為のオートバイなんでしょ?だからお店にくるオートバイは大抵埃だらけだわ。」
「ん~っ、確かにそうなんだけど、これはどちらかと言うとロードをメインとしているんだ。だからタイヤもごつごつしてないだろう?なので荒野も普通に走れるけど絶対性能ではもっと荒野に特化したやつには敵わない。」
「そうなんだ、オートバイにも色々あるのね。あら、あっちのやつはまた変わった形ね。あれってアメリカンって言うんでしょ?ウチにもよく来るわ。」
「おっ、アンも判っているじゃないか。あれは『ロードスターウォーリア』ってやつだ。いや、マフラーが右に二本出しだから『XV1700A』だな。しかも大型スクリーンとサイドバックを装備しているから『ロードスターミッドナイトジルバラード』だっ!」
「なが・・。」
やたらと長い車種名をパネルも見ずにすらすらと語る男にアンは呆れた様子である。だが男はそんなアンの事など既に眼中に無いようだ。なのでまたしても別のオートバイのところに飛んでった。
「アンっ!見てみろっ!『V-MAX』があったぞっ!しかも前期型だっ!もしかしてこの神殿ってメモリアル博物館を兼ねているのかっ!」
「あーっ、はいはい。そのオートバイは私も知ってるわ。たまに乗っている人が来るとライダーたちが騒ぐもんね。」
「だよなぁ、これがラインナップされた時は相当センセーショナルだったらしいからなぁ。くーっ、俺もあの時代に生まれていたかったぜっ!」
そう言いながら男はまたしてもアンを相手にオートバイの説明を始めてしまった。
「このオートバイはなんと言っても当時オートバイ界を席捲していたレーサーレプリカと全く違ったコンセプトで出てきたんだ。当時も今もオートバイは速さが命って風潮があるんだけど、速さの基準にも色々あってさ。このオートバイはその中でも体感加速に重点を置かれていたんだ。後は見た目も大切だな。見てくれよ、この押しの強いスタイルをっ!くーっ、如何にもワルって面構えだろう?」
「はいはい、そうですね。近くで見れて良かったわね。」
V-MAXを前にはしゃぐ男とは反対に、アンはうんざりした感じで男の言葉に相槌を打つ。ここら辺は男女の違いなのだろうか。まぁ、男とは常にチカラを信奉するものだから仕方が無いのかもしれない。
だが、確かにアンにしても目の前に鎮座するオートバイからは何やら凄まじい威圧感を感じていた。それは多分、これでもかといった感じでマシーンの中央に配置されたどでかいV型4気筒エンジンと、太いリアタイヤが醸し出す、まさに前を塞ぐ邪魔者はチカラを持って押し通すといった信念を感じさせるデザインが成せる事なのだろう。
だからアンは男がこのオートバイに夢中になるのも判るような気がした。だが今日は男のオートバイ談議を聞きに来た訳ではない。なのでアンとしてはさっさと用事を済ませたかったのだが、満面の笑顔ではしゃぐ男を見ていると中々次に進めとは言えないようであった。
なので結局アンは午前中いっぱい男の説明に付き合う羽目となったのだった。