オオサカウォーターシティ
さて、様々なアクシデントに見舞われ結構な寄り道をしたが、新たに東雲をメンバーに加わえた一行はそれでも何とか予定時間の範囲内でオオサカウォーターシティまでやって来た。ここまで来れば聖地は目と鼻の先だ。ただそれはあくまで距離的なもので、この先のどこに聖地があるのかを正確に知っている者はいない。そう、男たちはあくまで『鈴華地方』の近くまでやって来たに過ぎないのだ。
だがそれでも男は目的地である『鈴華サーキット』の場所が判らない事に対して然程気にしている様子はなかった。その一番の要因はやはり葉月の巫女としてのチカラをまざまざと見せ付けられたからであろう。
葉月は聖地の巫女であった。その葉月がわざわざやって来たのである。ならば聖地はレッドカーペットを敷いて葉月を迎えるはずだと男は思ったのだ。
なので男はここまで来たなら焦る事はないと言って、これまでの旅の疲れを癒す意味も兼ねてオオサカウォーターシティに暫く留まると葉月に告げた。その事に非村は難色を示したが、男の真意が初めてのロングランで疲労が溜まっているであろう葉月を休ませる事にあったと知るとあっさりと合意した。東雲に至っては端から関心すら示していない。
もっとも男の真意はそれだけではなかった。『鈴華サーキット』の場所を知っている者がいないか調べる事も大きなウエイトを占めていたのだ。
そして取り合えず宿を取ると4人はそれぞれ別行動をとった。非村は富岳スバルラインにて東雲のMG42汎用機関銃からの銃撃で巻き添えを喰らい破損したKatanaのパーツを修理すべくオオサカウォーターシティ内の『鈴木神』の神殿へと出かけて行った。
対して、男は『鈴華サーキット』の場所を知っている者がいないか調べてくると葉月に告げ出かけた。もっともその行動には『アカシエリア』にあるという『川崎神』の拠点の情報を探る事も含まれていたようである。
そして後に残された女性陣は、それならばとオオサカウォーターシティ内のとある場所へと出かけて行った。その場所とはっ!
オオサカ名物『イキダオレ』であるっ!もとい、『クイダオレ』だ。言葉は似ているが意味は全然違うので気をつけよう。
さて、そんな『クイダオレ』の街では独特なイントネーションと独特な方言で、商売人たちが店の前を行き交う人々に声をかけていた。
「へいへいへいっ!そこ行くお譲さん方っ!可愛いねぇっ!よしっ、そんなお譲さんたちには特別サービスだ。出来立てホヤホヤのたこ焼きを1割引にしちゃうよっ!」
「1割?あなた誰に対して商売しているのよ。そんなんじゃ忽ちネット上にあらぬ噂が駆け巡って明日からぼったくり屋のハッシュタグが店の名前に付くわよ。」
たこ焼き屋の若い店員の声掛けに東雲は辛口でやり返す。でもまぁ、オオサカウォーターシティではこれが普通です。そう、ここでは通常のやり取りであっても弱肉強食のルールが適用されているのである。つまり、ボケっとしているやつは割を喰うのがオオサカウォーターシティなのだ。
「うおっ、そりゃおっかねぇな。よしっ、ならば2割引きだっ!」
「あっ、あっちの店の方がおいしそう。」
「くっ、お姉さん交渉上手だねぇっ!仕方ないっ、3割だっ!これ以上は原価割れだから無理だぜっ!」
「損して得を得ろって格言を知らないの?こんな美しい女の子ふたりが店の前でたこ焼きを頬張ったらその注目度足るや新聞広告の比じゃないのに・・。あーっ、なんかあっの店の人が手招きしている。行ってみようかなぁ。」
「そんなご無体な・・、くっ、声をかける客を間違えたぜっ!いやもうあんたらは客じゃねぇっ!ほらっ、大船皿二人前だっ!お代は要らないからキャンギャルしてくれよっ!」
「あら、ありがと。うわーっ、この店のたこ焼きってふんわりしていてとっても美味しいわぁ~。その癖、中に入っているタコはしっかりとした噛み応えっ!これは材料だけでなくお店の人の腕がいいのねぇっ!」
店員との気風のよいやり取りの末、見事たこ焼きをタダで手に入れた東雲は、ならばと忽ちキャンペーンガールへと早変わりした。まぁ、早い話が『サクラ』である。
因みにサクラの意味を、春に咲く花と思ったちっちゃい子は、ママに聞いてみて下さい。そう、言葉には同音異義語ってのが沢山あるんです。
さて、そんな感じでオオサカウォーターシティを堪能している女の子たちに対して、男は町中を走り回って『鈴華サーキット』と『川崎神』の拠点の情報を知っている者がいないか探し回っていた。
だが残念ながらどちらも大した収穫はなかった。と言うか聞いた相手全てが違う事を言ってきたので、男はそれらの情報に信憑性をもてなかったのである。
なので男は一旦情報収集を中止し、町の中を走り回っている内に見つけた『川崎神』の神殿へと入って行った。男はここで今回の旅で磨耗したタイヤを交換しようと思ったらしい。
その神殿は大都会『オオサカウォーターシティ』の街中にあるというのに男が入った時は先客が誰一人といなかった。なので男は順番待ちをする事無くオートバイを神殿の中の所定の位置へと置いた。この場所にオートバイを置いて操作パネルにていくつかの手続きをすると置かれたオートバイは一旦オートバイ神の元に戻され、数分の後に修理されて戻ってくるのだ。
だが今回は何やら神殿の対応がいつもと違った。男が操作パネルを操作しても神殿が反応を示さなかったのである。
「なんだ、故障か?えっ、神殿が?そんな事聞いた事がないぞ?」
男は訝りつつも再度操作パネルに所定のコマンドを繰り返すが反応はなかった。だがその時、男の体を何かが貫いた。
「がはっ!」
その衝撃に男は倒れ込みそうになったが何とか踏ん張る。そして頭を振りながら後ろを振り向いた。しかし、何故か男の表情はいつもとは違っていた。いや、表情だけではなく全体の印象までも変化していた。
姿かたちはいつもの男なのだが、まるで誰か別の人格が男に乗り移ったかのような印象を見るものに与えていたのだ。
そんな男の後ろにはいつの間に現れたのかひとりの老人が立っていた。そして、その老人は男に声を掛けてきた。
「久しぶりだな、エディー。元気でやっているようじゃないか。」
「まぁな、実際がんばっているのはこの男であって私ではないがな。」
老人に話しかけられ男は少し不機嫌そうに答える。だが老人は男をエディーと呼んだ。そして男もその事を別に訂正していない。
男は通常周りからニンジャと呼ばれているが、本名はジャスティニア・ローソンという。なので老人が男に呼びかけたエディという名は男にしても初めて呼ばれる名前のはずだ。
だが男はその呼び名に違和感すら感じていないようだった。と言うか本当に今ここにいる男はあの男なのだろうか?それ程男の印象は変わってしまっていたのだ。そもそも男は自分を私ではないと言っている。
「はははっ、確かにそうだ。だがそれはお前が選択した事だ。今更悔やんでも仕方あるまい?」
「悔やんでなんかいないさ。私は既に十分生きた。おかげで神に褒美として別の人生を体験させて貰っている。これはこれで楽しいよ。」
「そうか、だがそれも間もなく終わろうとしている。それはお前も感じているはずだ。」
「そうだな、タイラーも既に旅立った。ならば次は私の番であろう。」
「うむっ、人間の魂は永遠を過ごすには脆弱だ。だが成すべき事を成す為には長い月日が必要となる。それを人間は『継承』と言う方法で成そうとしている。」
「そうだな。私の後にも若いライダーたちが走りを磨いて高みを目指してくれている。あんたとしては涙が出るほど嬉しいんじゃないか?なんせ神は人から崇められてこその神だからな。人々から忘れられた瞬間が神々の黄昏。あんたたちにとっての『死』だ。」
「ふっ、わしらが死を恐れるとでも思っているのか?」
「どうかな、私は人間なんでね。あんたたちの考えは判らんよ。」
「ふむっ、と言う事はわしらからの提案の返事は・・。」
「ああっ、『No』だ。私は神になんてならないよ。人間として生きて人間として死んだんだ。それで十分だよ。」
「そうか、まぁ残念ではあるが無理強いはできんからな。」
「すまんな、まっ、他を当たってくれ。中には神に成りたいなんて酔狂なやつもいるかも知れない。」
「そうだな、どちらかと言うとそうゆうやつの方が多いのだがな。だが如何せんそうゆうやつは神になれるだけの実績がない。誰しもが神になれるものではないのだ。」
「だからと言って誰しもが成りたがるものでもない事を覚えておくんだな。人間ってのは結構へそ曲がりが多いんだよ。」
「うむっ、心に留めておくとしよう。それではエディー・ウィン・ローソン、これでお別れだ。残された時間を楽しむがよい。」
「ああ、そうさせて貰うよ。これが最後のようだから言っておくが、私の魂をこの男に入れてくれた事を感謝する。この男はいいやつだ。出来れば見守っていてやって欲しい。」
「ふっ、神に特定の人間に肩入れしろと言うのか?」
「いや、そうじゃなくて黙って見ていろと言ったのさ。こいつの生き方は絶対飽きないと思うぞ?そしてそんな生き方は大抵短命だからな。でもあんたたちは続きを見たくなるはずだから絶対介入する。私はそれを期待しているだけさ。」
「同じ事だと思うがまぁいい。それではさらばだっ!エディー・ウィン・ローソンっ!」
そう言うと老人は忽然と姿を消した。同時に男にも変化が現れる。一瞬だけ意識がなくなったのか足が崩れかけたが直ぐに持ち直して倒れるのだけは免れたようだが、その表情や雰囲気は今まで老人と話しをしていた男のものではなくなっていた。そう、いつもの男に戻っていたのである。
そしてそんな男の足元には数枚の紙が落ちていた。そこに書かれていた内容は聖地『鈴華サーキット』に関する情報であった。
その後、男はいつの間にかタイヤ交換が済んでいた900Rを受け取ると宿泊場へと戻った。男の頭には神殿内で神と話を交わした時の記憶はない。と言うか神と話をしていたのは男ではあるが男ではなかった。
その事を知っているのは男の中に憑依しているエディー・ウィン・ローソンと神だけであろう。そしてそのエディー・ウィン・ローソンももう直ぐ男の中から消えるらしい。
それもまたひとつの選択、生き方なのだろうか。どちらにしても男はその事を自覚していない。もしかしたら葉月は気付いているのかも知れないが絶対に言う事はないであろう。
そして二日後、神殿で手に入れた情報を元に男たちは聖地を目指して出発したのであった。
だが、聖地への道は試練の道である。なので情報が手に入ったからといって容易く辿り付けるものではない。だが男はタイラーと約束したのだ。葉月を必ず聖地へ連れて行くと。そして葉月もそんな男を信じて黙って寄り添っている。
これぞ信頼の成せるものであろう。そう、信頼こそが人と人を結び付ける目に見えない赤い糸なのだ。




