聖地のチカラ
「うわっ、まっ、魔物が押し寄せてきたっ!なっ、なんて数だっ!俺は今までこんな数の魔物を見た事ないぞっ!」
「馬鹿なっ、スライムにオークにオーガが一緒になって向かってくるなんて聞いたことがないっ!げっ、トロールまでいやがるっ!」
突然現れた魔物の群れを目にし簡単連合の連中は口々に驚きを口にしている。因みにそれぞれの魔物がどんな物なのかは各自で調べて下さい。私はよく知りません。
「まずいっ!逃げろっ!このままじゃ押しつぶされるぞっ!」
向かってくる魔物たちに最初こそショットガンで応戦していた簡単連合の連中だが、そのあまりの数に全然対応できないと判ると我先にと逃げ出した。だがここは富岳スピードウェイのメインストレート上である。オートバイで逃げるにはコース上を前に進むか後ろに下がるしかない。しかし、そのどちらからも魔物が向かって来ていた。なので簡単連合の連中はオートバイを捨てて、コースとピットロードを隔てているコンクリートの防壁をよじ登ってピット側へと逃げ出した。
だがそこにもピットロードを突進してくる魔物の大群の姿があった。そしてそんな魔物の大群は瞬く間に簡単連合の連中を飲み込み足蹴にしていった。
そんな魔物の突撃に男も当初逃げようとしたが直ぐに諦めた。なんせ魔物たちは富岳スピードウェイの四方八方から押し寄せているのだ。これではどの方向へ走っても魔物の群れに突っ込む事になる。男の900Rにはイージスシステムが装備されているので、押し寄せる魔物を蹴散らして進む事は出来たがイージスシステムも万能ではない。
そう、イージスシステムの連続使用時間は6分が限度で、既に男は簡単連合の連中と対峙している間システムを稼動させ続けていたので残り時間は僅かしかなかったのである。そしてイージスシステムを再稼動させるには10キロ程900Rを走らせる必要があった。
つまり簡単連合の連中同様、男もこの事態に対して成す術がなかったのである。なので男はあっさりと諦めた。そして相棒である900Rに今までの事に対して感謝の言葉を掛けた。
「いやはや、まさかこんな最後を迎えるとは想像していなかったな。でもこれもまた人生なんだろう。ありがとうよ、相棒。俺はお前と一緒に走れて幸せだったよ。」
男のそんな言葉に900Rはエンジン音を響かせて答えた。そう、男は諦めてしまったが900Rはまだやる気だったのだ。なのでエンジンの回転を上げて男に走るように促したのである。
「けっ、そうだな。俺たちは走る為に生まれてきたんだよな。なら立ち止まっちゃ駄目か。最後の最後まで走り続けるのがライダーってもんだったっ!はははっ、俺もまだまだだな。よしっ、行くぞっ、相棒っ!こんな所で死んでたまるかっ!」
そう言うと男はギアをローにぶち込みクラッチを一気に繋いだ。そして濛々たるタイヤスモークを撒き散らしながら魔物の大群に向かって突進していった。
だがこの時、奇跡が起きた。なんと魔物たちが自分たち目掛けて走ってくる男と900Rに対して道を開けたのだ。そしてそれは突然の状況変化に立ちすくんでいた東雲に対しても同様だった。そう、魔物たちは何故か男と東雲を避けたのである。
何故魔物たちは簡単連合の連中を蹂躙したにも関わらず、男と東雲を避けたのか?そもそも何故魔物たちは大挙して『富岳スピードウェイ』へ押し寄せたのか?実はその理由を知っている者がひとりだけいた。それは葉月だった。
葉月は今、祈りを捧げていた。だがその相手は聖地『鈴華』ではなく、『富岳スピードウェイ』であった。そう、葉月は『富岳スピードウェイ』へ感謝の気持ちを述べていたのである。
そして何故葉月が『富岳スピードウェイ』へ感謝の気持ちを述べているのか?それは魔物たちを呼び寄せ男と東雲を救ったのが『富岳スピードウェイ』だからである。正確には『富岳スピードウェイ』の神が男たちを救ったのだ。
本来、この世界では『富岳スピードウェイ』は異端な存在であった。何故ならこの世界はオートバイのある世界であり自動車は存在していないからである。そして『富岳スピードウェイ』は自動車用のサーキットだった。なのでこの世界では本来『富岳スピードウェイ』を走るモノが存在していないのである。そして存在しないものに神は宿らない。
確かにオートバイでもコースを走る事はできた。だがそれはあくまで『走れる』だけであり、『富岳スピードウェイ』の存在アイディンティティを満たすものではない。そう、『富岳スピードウェイ』はあくまで自動車の聖地なのだ。
なのでこの世界ではイレギュラーであった。故に『富岳スピードウェイ』は人々から忘れられ長い間の内に朽ちていた。そこを簡単連合のやつらにアジトとしてたむろわれたのである。
しかし、この世界では『富岳スピードウェイ』にはチカラがなかった。何故なら信じるものが居なかったからである。神とは人々からの信仰のチカラによって存在でき、特異なチカラを発揮できていたのだ。なので信じるものの居ないこの世界では『富岳スピードウェイ』は無力であった。権威はあっても誰もその権威に敬意を表さなかったのである。
だが今日、『富岳スピードウェイ』はひとりの少女の声を聞いた。その声はとある男を助けて欲しいと願っていた。そしてその少女の願いは『富岳スピードウェイ』に聖地として相応しい溢れるほどのチカラを与えたのだった。
そして聖地『富岳スピードウェイ』はそのチカラを持って自らに巣食った害虫を魔物のチカラで駆除したのであった。つまり男と東雲が魔物に蹂躙されなかったのは葉月のおかげなのである。
しかし、当人たちには魔物の襲来の裏にそのような事情があった事など知る由もない。なのでただただ去ってゆく魔物たちの後姿を呆然と眺めていたのだった。
それでも魔物が去り、その足音すら聞こえなくなった頃、漸く男は我に返り腰を抜かしている東雲の元に900Rを走らせた。そして東雲に向かってぽつりと問いかけた。
「一体何だったんだ?」
「私に判る訳ないでしょうっ!それよりも手を貸しなさいっ!」
男に判らない事が東雲に判るはずもなく、なので東雲は傍に来たにも関わらず手を貸そうとしない男に対して文句を言った。その言葉に漸く男は東雲の状況を理解したらしく東雲を立たせる。
「何だよ、もしかして腰が抜けたのか?まぁ、確かに凄かったからな。思わずチビりそうになったくらいだ。」
ぱこんっ!
男の言葉に何故か東雲は拳骨で応えた。もしかしたら東雲は少し漏らしてしまったのかも知れない。それを男にからかわれたと思ったのだろうか?
だが、東雲に叩かれた男も今だ先程の現象から気が戻っていないのか、東雲に叩かれても反応しない。そんな男たちの元へ葉月をkatanaの後ろに乗せて非村がやって来た。
「いや~、凄かったな。さすがは富岳の麓だ。居るところにはいるんだなぁ。思わず見入ってしまってカメラに収めるのを忘れちまったよ。失敗した、いい土産話になったのに。」
「いいご身分だな。こちとら生きた心地がしなかったってのに。」
「はははっ、そりゃ大変だったな。でもあの魔物たちを呼び寄せたのは葉月なんだぜ?葉月がお前を襲わせる訳ないじゃないか。」
「葉月が呼び寄せた?」
非村の言葉に、男はkatanaから降りて抱きついてきた葉月を受け止めながら聞き返した。
「正確には葉月の祈りに呼応した『富岳スピードウェイ』が呼び寄せたらしい。まっ、詳しい事は後で葉月から聞けよ。俺もちょっとだけ説明されただけだから良くは判らん。」
「『富岳スピードウェイ』が呼び寄せただと?本当か?葉月。」
非村の言葉を、男は自分にしがみ付いている葉月に聞き直した。
「うんっ、私がニンジャたちを助けて下さいと祈ったら応えてくれたの。」
「『富岳スピードウェイ』が・・、そうか、そうだったのか。・・うんっ、ありがとうな、葉月。おかげで助かったよ。」
「私じゃないわ、精霊様が助けて下さったのよ。」
「ああっ、そうだな。なら礼を言わないとな。」
「うんっ!それでね、精霊様がニンジャに見せたいものがあるんですってっ!」
「俺に?なんだろう?」
「あっちの建物の中にあるから来るように言われたわ。」
「ほうっ、そうか。それじゃ伺うとするか。よしっ、葉月、乗れ。」
「うんっ!」
男は葉月を900Rのリアシートに乗せると精霊が葉月を介して男に見せたいものがあると告げた建物に向けて900Rを走らせた。その後を非村と東雲も追う。
その建物は『富岳スピードウェイ』に付属するメモリアルホールであった。つまり展示場だ。そして展示されているのは別の世界で『富岳スピードウェイ』が辿ってきた歴史だった。
『富岳スピードウェイ』は、別の世界において1960年代初頭にとある商社が計画し国へ働きかけて建設が始まったサーキットである。その目的は、当時漸く戦後の混乱から抜け出し復興の原動力となる自動車産業と、その自動車を高い水準で走らせる高速道路網を建設する為の実験的な要素が高かった。
そう、当時の別世界は高性能な自動車はおろか、そんな自動車を安全に走らせられるだけの道路網すらなかったのである。なのでそれらの技術を開発する場として『富岳スピードウェイ』は作られたのだ。
とは言ってもそれはあくまで建前で、サーキット本来の姿はレースを開催する場である。そして、そんな『富岳スピードウェイ』のこけら落としとなったレースが1966年3月に開催された2輪のアマチュアライダーたちが参加したオートバイレースであった。
そう、実は『富岳スピードウェイ』で一番最初に開催されたレースは2輪、つまりオートバイのレースだったのである。その後も知名度は低いがスポットでのレースが何度か開催されている。
その事実を男はメモリアルホールに展示してあるパネルの説明文から知った。
「そうか・・、富岳スピードウェイでもオートバイが走った事があるんだ・・。だからこの世界に存在しているんだな。でも残念ながらその事を知る者は少ない。いや、もしかしたら今まで誰にも知られていなかったのかも知れない。」
男は誰に言うでもなく呟いた。確かに富岳スピードウェイの存在自体は一部の者に知られていた。だがそんな者たちもその生い立ちまでは知ろうとしなかったのだろう。それはパネルや床に降り積もった埃の厚さで推し量れた。
なので富岳スピードウェイは聖地としてのチカラを失った。そして眠りについたのだろう。いつか自分を知ってくれる者が訪れてくれる事を願いながら。
そしてその願いが今日叶ったのである。その喜びに富岳スピードウェイの精霊は歓喜した事であろう。そして満々と満ちてくる精霊のチカラを持って自らを崇めた者の願いに応えたのだ。
そんな男の横で葉月が感謝の祈りを捧げている。すると建物の外には濃い霧が立ち込めてきた。それを非村が窓から見て呟いた。
「霧が出てきたな。」
「そうね、ここら辺は標高も高いから霧が出てもおかしくは無いけど、さっきまでは晴天だったのだから、ちょっと何か作為を感じるわ。取り合えず魔物たちが来た理由は判ったんだから早く麓へ戻った方がいいかもね。どう思う?ニンジャ。」
だが、東雲の問い掛けに男は応えない。まるで白昼夢でも見ているかのように一枚のパネル写真をじっと見つめていた。
「ニンジャ?どうしたの?」
東雲の再度の問い掛けにもやはり男は反応しなかった。何故なら、男の意識は今ここにはいなかったからである。
男の意識は今、時空を飛び越え別世界へと跳んでいた。そしてその時代、富岳スピードウェイはレーシングスポーツの花形として輝かしい栄光に光り輝いていた。
そしてその時代の男たちは、それぞれが背負ったモノの威信を掛けてアスファルトの上で死闘を演じていた。それは時に自動車メーカー同士の熾烈なイメージ戦略の先鋒足るべく、結果のみを追い求める貪欲な企業論理に基づくぶつけ合いにまで発展する。
また別のレースでは、国の国旗を背負った国産車が、高性能な外国勢との抜きつ抜かれつの大興奮バトルを展開しとうとう勝利を収めるシーンもあった。
一時はモータースポーツに対する世間一般の認知度の低さから、社会悪である一般道における暴走行為などと同一視され廃止の危機にも立たされたが、関係者の努力と啓蒙活動により世間一般の意識改革に成功する。
そのような社会的な変化に伴うモーターゼネレーションの熟成により、1980年代後半から1990年代前半にかけて富岳スピードウェイはモータースポーツの聖地として絶頂期を迎えた。
それに合わせて富岳スピードウェイは国際レーシング規格に合致する改修が施される。その後は2007年に当時のモータースポーツ界での花形レースであった『F1GP』の誘致に成功し、その後はそれまでの『F1GP』開催サーキットであった『鈴華サーキット』と隔年で『F1GP』を開催する事となったのである。
男はそんな富岳スピードウェイの歴史をひとりの少年として直に体験していた。だが、ここで舞台は突然別の場所へと跳んだ。
そこは米国という国の西海岸に近いダート草レース場であった。そこで男の意識はひとりの少年とシンクロする。
その少年は他の少年たち同様オートバイに夢中であった。それこそ泥んこになりながらダートをオフロードバイクで駆けていた。
そんな彼も20歳を過ぎた頃にロードレースに活躍の場を移す。そしてスーパーバイクというカデゴリーのレースにて2年連続チャンピオンとなる快挙を成し遂げた。
その後は数々のレースで優勝を果たし、32歳の時にタイラ・タダヒコとペアを組み『鈴華8時間耐久レース』へ出場しヤマハYZF750を駆って見事優勝したのだ。そう、ここで彼とペアを組んだタイラこそ、男に葉月を聖地へ送り届けるよう依頼したハイライダー・タダヒコだったのである。
もっとも、ハイライダー・タダヒコとタイラ・タダヒコは肉体的には別人だ。但し魂は同じである。そう、ハイライダー・タダヒコは、実は転生者だったのだ。
そしてまた、男も自らが転生者だと言う事を知る。そう、実は男こそ、エディー・ウィン・ローソンの生まれ変わりだったのだ。
その事を認識し理解した男は『鈴華8時間耐久レース』の優勝ステージにて眩しいスポットライトを浴びながらタイラ・タダヒコと勝利の喜びに浸っていた。しかし徐々に意識が遠のく。
そして男の意識は葉月たちのいる場所へと戻ってきた。既に男の脳内には前世の記憶は刻まれていない。ただ魂だけにあのオートバイレースへの熱い思いが深く刻まれていた。
男は転生者であった。だがそこにエディーの記憶は無い。多分これからも戻る事はないであろう。何故なら男は既にこの世界を生きる者だからだ。
男の新たな名前は『ジャスティニア・ローソン』。そして、この世界において男はただただオートバイに乗って走る事を最高の喜びと感じる大勢のライダーの中のひとりなのであった。