忘れられた聖地『富岳スピードウェイ』
東雲の説明では、男たちがゴブリンに襲われた富岳スバルラインからは『富岳スピードウェイ』は東へ道なりで20km程との事なので、男たちは元来た道を戻る事となった。
なのでルート138まで出ると、ヤマナカラークの脇をパスしてそのままゴテンバ・シティ方面へと走る。
だが東雲は直ぐにルート138を離れ、今は誰も使っていないのではと思われる狭い脇道へと入って行った。なので男は東雲を問い質す。
「おいっ、こんな道に入って大丈夫なのか?一応舗装はされているが雑草だらけじゃないか。誰も使ってないんじゃないのか?」
「んーっ、どうだろう?でも地元の人の話ではこの先らしいのよね。」
「いや、この状態はどう見ても誰も使っていないぞ?話を聞いたのっていつの事だよっ!」
「聞いたのは3日前だけど、相手はおじいちゃんだったからなぁ。なんか懐かしそうに話していたから、あのおじいちゃんも実際行ったのは相当前なのかもね。」
「昔話かよっ!」
東雲の話を聞いて、男は東雲が『富岳スピードウェイ』の場所を知っていると言った事に疑念を抱いた。
「お前、話に聞いただけで自分で行った訳じゃないのかっ!そんなんでよく知ってるなんて言えたなっ!」
「知っているのは事実じゃない。それに私は行った事があるとは一言も言ってないわよ?」
「むっ、・・確かに・・。」
東雲に軽く返されて男は言葉に詰まってしまった。なので仕方なく東雲の後に続いて雑草の生い茂る細い道を慎重に先へと900Rを進めた。
だが、1kmも進むとそんな雑草だらけの道が突然開けた。
「おっ、なんだ?ここは誰かが手入れしているんだな。なんだよ、別ルートがあったのか。」
「んーっ、どうなんだろう?おじいちゃんはそんな事は話していなかったけどなぁ。」
「もうろくじいさんの話なんかもういいよ。いや~、やっぱり整備されている道は走り易いなぁ。これってやっぱり自動人形たちが手入れをしているのかなぁ。」
そう、この世界の道路整備は神がお創りになった道路整備と拡張を専門に担う自動人形たちによって行われていた。もっとも街中などの環境美化は人の手によって維持されている。しかし、基本的には道路の維持は自動人形たちが担っていた。
なので道路脇へのポイ捨てなどは言語道断で、そんな事をした者は神様からきつくお灸をすえられた。
その後、走りやすくなった道路を3台のオートバイは快適に先へと進んだ。そしてとうとう目的地である『富岳スピードウェイ』へとたどり着いたのである。
だが、やはり『富岳スピードウェイ』は人々から忘れられた聖地であった。人の手が入らなくなると建物とは急激に劣化する。なのでコントロールタワーはもとより、グランドスタンドやピットおよびパドックエリアなどは昔の面影すらないほど朽ち果てていた。
だが、そんな廃墟と化した建物や施設に比べてサーキット自体の状態は悪くは無かった。路面脇の槌の部分には微かに雑草が生えてはいるが、路面上には小石すら転がっていない。
そして別の世界では既に撤去されてしまった30度バンクコーナーも建設当時のクオリティーを保って存在していた。もっとも建設当時ですらあまり路面状況は芳しくなく、うねりがあちこちに存在していて30度バンクを疾走するレースカーは底を路面に打ち付けて火花を散らしながら駆け抜けていたらしい。
もっとも男たちにはそんな別世界での『富岳スピードウェイ』の事情など知る由もない。なので目の前に現れた高速コースの威容にただただ圧倒されていた。
「おーっ、なんかすげーな。こう、コーナーだらけの道は俺の地元にもあるけど、ここはそんなのとは比べもんにもならないくらいの迫力があるな。」
「そうだな、C1なんか目じゃないって感じの威厳が迫ってくる感じだ。見てみろよ、あのコーナー。すげーカントがついているぞ?本当にあんなところを走らせたのか?」
非村の言葉に男は非村が指差す方向を見た。そこにはまるで壁のように路面が傾斜したコーナーがあった。そう、30度バンクである。
あーっ、『パンク』じゃないから。『バンク』だからね。『パンクコーナー』だなんて縁起が悪過ぎる。でも『バンク』だからと言って『銀行』でもないぞっ!
因みに30度に傾いているのは進行方向に対して垂直方向の方だ。なので決して上り坂のように勾配が30度ある訳ではない。それに端から均一に30度に傾斜している訳でもない。あくまで最大傾斜度が30度です。まつ、どっちにしても走るのには勇気がいります。
それでもそんなコーナーに全開で突っ込んでいったんだから昔の人は頭のネジが3本くらい外れてます。もっともおかげで事故が多発したんだとか。だよねぇ。ちょっと考えれば判りそうなものなのに・・。やっぱりネジが外れていたんだな。
さて、30度バンクばかりディスっていても話が進まないので戻そう。
男と非村が30度バンクについてあれこれ推察していた時、東雲はピットガレージの方を見ていた。何故ならそこにオートバイの集団がいたからである。そう、その集団こそ東雲が捜し求めていた悪の軍団『簡単連合』であった。
「ビンゴっ!とうとう見つけたわっ!」
「えっ、なに?何かいたの・・、おっ、あんなところにオートバイの集団がいる。なんだやっぱりここってオートバイも走るのか。」
「ニンジャっ!今はそんなボケはいらないからっ!あいつらは『簡単連合』よっ!見て判んないのっ!」
「えっ、あーっ、そう言えばそんな感じだな。う~んっ、あいつらのオートバイセンスってダセーな。いつの時代だよ。」
「ニンジャ・・、オートバイってのは個性を表現するモノでもあるからその発言はどうかと思うわ・・。でも今は関係ないから気にしないで頂戴。私の目的はあいつらの駆除なんだからっ!あなたたちも手伝いなさいっ!」
「手伝うって・・、お前もう弾切れだって言ってたよな?」
「MG42はね。でも大丈夫っ!私はもう一丁持っているからっ!」
そう言うと東雲はマジックボックスから一丁のアサルト・ライフルを取り出した。そのライフルの名前は『H&K G3』と言った。
『H&K G3』はMG42汎用機関銃と同じくドイツという国のメーカーが作った7.62mmx51弾を使用する戦後第一世代のアサルト・ライフルである。
「ほうっ、それも戦場鉱脈からの発掘品なのか?」
「いいえ、これはちゃんと購入したものよ。中古だった割には高かったわぁ。」
「あーっ、G3は人気が高いからな。でもお前ってなんでもでかいやつが好きだよなぁ。G3ってお前には重過ぎなんじゃないのか?」
そう、『H&K G3』の重量は4.53kgもあるのだ。もっとも同世代の『FN FAL』や『M14』も同様に重いから『H&K G3』だけが突出している訳ではない。『FN FAL』の兄弟である『L1A1』なんか4.95kgもあるらしいからね。
「まっ、確かにそうだけど私は別に担いで歩き回る訳じゃないから気にしていないの。それに7.62mmx51弾はこれくらいの重量がないとどこに弾が飛んでいくか判ったもんじゃないしね。」
「あーっ、まぁそうだな。しかし、本当にやるのか?止めてあるオートバイの数からして、どうみてもあいつら50人はいるぞ?」
「はぁ~、山の中でMG42の弾を無駄遣いしなければ楽勝だったのになぁ。」
男の指摘に東雲は男の方をチラチラ見ながらため息をついた。
「それって、暗に俺に手伝えって言ってるよな?」
「あら、責任を感じているのね。さすがはニンジャだわ。借りたものは3倍にして返してくれるのねっ!」
「それはどこかの国の悪しき慣習だっ!くそっ、仕方ない、やるぞ、非村っ!」
「いや、俺は参加できないよ。葉月を守らなきゃならないからな。揉め事はお前らだけでやってくれ。」
「むーっ、それは俺の役目のはずなんだが・・。」
非村の不参加宣言に男は出鼻をくじかれる。しかもその理由が葉月のボディガードとあっては、ますます男は立場をなくした。
「ほらっ、ぐすぐず言ってないでとっとと用意なさいな。置いていくわよっ!」
「出来れば置いて行って欲しい・・。」
「ならお金で解決する?MG42の弾〆て100万ギール。プラス私の人件費として20万ギールを耳を揃えて払って頂戴っ!今直ぐによっ!」
「金額が相場の3倍以上に跳ね上がっている気がする・・、くそっ、判ったよ加勢するよっ!と言うかお前の人件費が高過ぎだろうっ!」
「あら、私の真の値段はこんなもんじゃないわよ?ニンジャは知り合いだから割引してあげたのに酷いわ。なんだったら正規の値段にする?」
「お前はどこのぼったくりバーの店長なんだっ!いいよ、ほらっ、準備は出来た。行くぞっ!」
男は既にマジックボックスからM-14と予備弾倉を取り出し初弾をチャンバーに送り込んでいた。葉月は非村がKatanaのリアシートに乗せている。そんな男に東雲がポイントの割合を話しかけてきた。
「もうっ、初めからそう言えばいいのに素直じゃないんだから。因みに相手にする割合はあなたが6で私が4ね。」
「半々ですらないのかよ・・。」
「7-3でもいいんだけど?」
「あーっ、判ったよっ!6-4で結構だっ!このままだと全部俺がやる事になりかねんっ!行くぞっ!」
そう言うと男はM-14を900Rに新設したホルダーにぶち込んで、ピットガレージ目掛けて走り出した。その後を、東雲のゴールドウィングが少し遅れてついて行く。ピットガレージではまだそんなふたりにに気付いていないのか『簡単連合』の連中が暢気にお喋りをしていた。