魔物の来襲
この先、魔物出没情報多数あり。進入は自己責任です。』
道路脇に立っていた看板を読んで非村が先を走る男の横にオートバイを横付けして聞いてきた。
「おいっ、今の看板を見たか?」
「あーっ、魔物ね。まぁ居てもおかしくないだろう。何たってここは霊峰『富岳』の裾野だからな。だけど俺はここを2回ほど走っているけど出くわした事はないなぁ。」
「そうなのか?むーっ、頻度はそんなに多くは無いのか。でもここらの魔物ってどんなやつなんだ?お前知っているか?」
魔物が出没すると言われて些か緊張気味の非村に比べ、男は実にのほほんとしていた。どうやら非村は今まで間近で魔物を見たことが無いようであった。所謂都会っ子なのだろう。
「あーっ、昔地元のやつらに聞いた時は、そらもう何でもありの魔物のデパートだって言ってたよ。」
「魔物のデパート・・、それって居ない種類がないって意味か?」
「だろうね、各種取り揃えていますのでお客様がお望みになられる魔物が必ず現れるでしょうってな感じなんじゃないのか。」
「お前、余裕だなぁ。ドラゴンとか出てきたらどうするんだよっ!」
「そりゃ逃げるさ。誰がドラゴンなんざ相手にするかよっ!俺は勇者じゃないんだよっ!因みに中坊でもねぇっ!」
「そっ、そうか。うんっ、逃げてもいいんだよな。」
「なに?もしかしてお前ビビってるの?」
「誰がビビるかっ!俺はただ無駄な殺生を避けたいだけだっ!」
「あっ、後ろからワイルドウルフが駆け寄ってきてる。」
「なにっ!」
男は非村をからかったつもりなのだろうが、当の非村は過敏に反応しGSX-S1100Katanaに取り付けてあったホルダーからM-4カービンライフルを目にも留まらぬ速さで引き抜くと、ボルトを操作してチャンバーに初弾を送り込み銃口を後ろへと向けた。
だが当然ながらそこに魔物の姿は無い。
「あっ、すまん。嘘だ。でもまぁ、そんだけ機敏に動けるなら大丈夫さ。だけど念の為にライフルの銃弾を対魔物用に交換しておこう。」
そう言うと男は道路の脇にオートバイを停めた。
男たちはオートバイのエンジンこそ止めていないが、走行時に比べればアイドル状態のエンジン排気音は至って小さい。なので三人はまだ静寂に耳が慣れていないのか、まるで音が失われたかのような錯覚に見舞われる。
しかもそんなタイミングで遠くからワイルドウルフのものと思われる遠吠えが聞こえてきた。
「ちっ、仲間を呼んでいやがる。」
「何っ!お前あいつらの鳴き声の意味が判るのか?」
男の説明を非村は聞き返す。それ程都会産まれの非村には魔物関係は初めてだらけの経験なのだろう。
「まぁ、判るというか色々見聞きしてきているからな。やつらに方言なんてもんがないとすれば、あの遠吠えは非常呼集だよ。」
「非常呼集だとっ!それって俺たちに対してか?」
男の説明に非村はまたしてもM-4カービンライフルに手を伸ばした。
「いや、それはないだろう。あいつらも馬鹿じゃないからな。走っているオートバイは滅多に襲わない。そもそも俺たちが本気で走ったら追いついてこれまい?」
「そっ、そうだな。いくらあいつらが化け物だといっても100km/hでは走れまい。」
「あーっ、ワイルドチーターなんかだと200km/h以上で走るって聞いたことがある。」
「200km/hだとっ!」
「まっ、あくまで瞬間速度と言っていたが、その速度に達するまでの時間は8秒掛からないって噂だ。」
「0-200km/hを8秒未満だとっ!それってGSX1300Rハヤブサと一緒じゃねぇかっ!」
男の説明に非村は驚きっぱなしだ。もしかして男はそんな非村の反応を面白がって話を盛っているのだろうか?
「まっ、あくまで噂だ。そもそもそんなのに出くわしておいてのんびりタイムを計ったりする馬鹿はおるまい?だから多分ホラだよ。俺も信じてはいない。」
「ホラかよっ!脅かすなっ!」
「でもワイルドファルコンなんかは急降下して襲撃してくる時の速度は400km/hらしいぞ?」
「もういいっ!それ以上説明するなっ!気が滅入るっ!」
男からぽんぽん出てくる魔物の驚異的な身体能力の説明に非村はげんなりしたようだ。なので事前の予備知識はもう要らないとばかりにM-4カービンライフルの弾倉を対魔物用の弾丸が装填されている弾倉に切り替えた。男も非村に倣ってM-14バトルライフルとリボルバーの弾種を対魔物用のものへと入れ替えた。
だが魔物への対応として弾種を切り替えたのはいいが、魔物たちの巣のど真ん中でオートバイを停めたのは悪手であった。この辺は今まで2回ほどここを走り、その際に魔物の姿を見ていなかったという経験が、男に気の緩みをもたらしていたといえるだろう。
なのでそんな男たちの様子を森の中から静かに伺う集団がいるのを男は気付けなかった。
そしてその集団を率いているボスらしき者が無言で手下へと指先で指示をだす。それに呼応して何体かの影が男たちの前方へと密かに移動する。その動きは機敏かつ静かであった。それなりの速度で移動しているにも関わらず落ち葉を踏みしだく音すら立てていない。
そして前方へ移動していた隊から準備が整った事を知らせる鳴き声が響いた。その声を聞いて男の表情に緊張が走る。
「ちっ、ゴブリンがいるっ!」
男の声に非村は一瞬緊張したが魔物の種類がゴブリンと聞いて少し安心したようだった。そう、ゴブリンとは魔物の中でも弱い事で知られており、それなりの装備を準備しておけばまず脅威となる事はないと言われている魔物であった。
「ふうっ、脅かすなよ。ゴブリンくらいなら対魔物弾を使うまでも無い。蹴飛ばしてやれば逃げ出すさ。」
「甘いな、一匹二匹ならともかく、ゴブリンは集団で狩をする。甘く見ていると後ろから刺されるぞつ!」
男からの注意に、非村は思わず後ろを振り向いた。するとそこには森からぞろぞろと這い出てくるゴブリンたちの姿があった。その数およそ100匹。そして多分森の中にはまだまだいるのであろう、ぐわぐわと蠢く気配が非村たちのところまで伝わってきた。
「ちっ、相手をするには数が多過ぎる。逃げるぞっ!」
そう言って男は900Rに跨ろうとしたが、その時前方で道路の脇の木が音を立てて道路へと倒れてきた。そしてきれいに道を塞いだ。
「ふゅーっ、馬鹿な事で有名なゴブリンの癖に退路を断ってくるとはやるじゃないかっ!もしかしてこいつらネオ・ゴブリン種かっ!」
ネオ・ゴブリン種はゴブリンの亜種である。だがその知能は普通のゴブリンより高く、獲物を狩るのにかなり高度な技を駆使する事で知られていた。
「感心している場合かっ!道を塞がれたんだぞっ!」
「むーっ、ゴブリン相手に対魔物弾を使うのはコスト的に見合わないんだが仕方ない。一連射して相手が怯んだ隙に引き返そうっ!」
「引き返すって、あの数の中を突破するのか?100匹はいるぞっ!」
「大丈夫さ、俺の900Rにはイージスシステムが装備してある。防御範囲を最大にすれば蹴散らせるっ!」
イージスシステムとは本来、対弾丸用の防御システムなのだが前方への障害物排除にも使える便利な装備であった。なので男はそれを使ってゴブリンたちの集団を蹴散らし逃げ出そうと言ったのである。
そんな男の意図を理解した非村は、ならばと早速ゴブリンの集団目掛けてM-4カービンライフルを撃ち掛けた。
パパパパッ、パパパパっ!
甲高くも割と軽い音質の5.56mmNATO弾の発射音が森にこだまする。それに合わせるかのように対魔物用弾に貫かれたゴブリンたちがばたばたと倒れて行く。その開いた空間に男が900Rを突っ込ませた。
「おらおらおらっ!轢かれたくなけりゃ道を開けなっ!」
事情を知らない第三者が見たら腰巻一丁の子供たちの集団に暴走車が突っ込んでいるように見えただろうが、その実態は生死を賭けた戦いである。なので当然ゴブリン側も反撃してきた。
ふゅんっ、カラン、カランっ。
ゴブリンたちを蹴散らしながら走る900Rの足元を狙ってゴブリンたちから幾本もの太い棍棒が投げつけられた。その殆どはイージスシステムによって弾かれたが、いくつかのタイミングよく投げられた棍棒は900Rのタイヤを直撃する。
棍棒が命中してもタイヤにはそれ程ダメージはないが。下手にそれらに乗り上げたらバランスを崩してスリップする危険がある。それよりもホイールに絡まったりしたらタイヤがロックして忽ち転倒するだろう。
なので男は一旦突破を諦めスピンターンにて方向を変えると元いた場所へと戻り、M-14を手に取るとゴブリンの数を減らす為に撃ち掛け始めた。だが、ゴブリンたちは倒されても倒されても森の中からぞろぞろと現れた。
「ちっ、きりが無いぜっ!こいつら一体何匹いるんだっ!」
「そんなの判るかっ!と言うかなんか別のやつも現れたぞっ!」
非村の指摘に男は森の奥を見る。そこには男たちに倒されたゴブリンを喰らっているグールの姿があった。
「ちっ、死肉の匂いに誘われてグールまできやがったかっ!まずいな、このままだとワイルドハイエナ当たりまで呼び寄せかねんっ!」
「なんだよっ、だからと言って撃たない訳にはいかないだろうっ!どう見たってこいつら俺たちを喰わないと気がすまんって顔をしているぞっ!」
「そうだな、こいつらがここまで固執するのはちょっと珍しい。大抵は一連射噛ますと逃げ出すはずなんだ。もしかして、お前ってゴブリン的にすげーうまそうなのか?んーっ、モテモテだな、非村よ。」
「ざけんなっ!馬鹿言っている暇があるなら何か打開策を考えろっ!」
「とは言ってもなぁ、前方は倒木で塞がれているし、森の中にはゴブリンがまだまだいる。後ろにいたってはグールまでいるとなると残る退路は・・、空くらいか?あーっ、無理だと思うがお前のkatanaって空、飛べたっけ?」
「飛べるかっ!俺のkatanaはトライアル車じゃねぇっ!」
そんな冗談のようなやり取りをしながらもふたりはゴブリン目掛けて射撃を続けた。だがその度に保有している対魔物弾は消費されてゆく。そして残っている弾の数に対してどう見ても魔物たちの数は多かった。
だがそんなふたりを神はお見捨てにはならなかった。その時男は後方から近づいてくるオートバイの排気音を耳にしたのである。
「おっ、誰かやってくるぞっ!こんなところに来るやつだ、対魔物用の装備は準備してきているはずだ。やったな、これで助かるかもしれんっ!」
男が非村にそう告げた時、ゴブリンの集団も漸く後ろから来るオートバイの存在に気付いたようだった。そして迎撃体制をとった。だが後ろから来たオートバイはそんなゴブリンの集団を目にすると100mほど手前で停車してしまった。
「あっ、まずい。もしかして引き返すかも。」
「なんでだよっ!俺たちを見捨てるのかっ!」
「むーっ、ライダーとしては由々しき態度だがウォーカーかも知れないからなぁ。だとしたら責められん。いや待てよ?あの排気音って・・。」
男が後ろから近づいてきたオートバイの排気音に心当たりを探っていると、いきなりゴブリンたちの手前100mに停車したオートバイから甲高い射撃音が響き渡った。
ビューンっ!
そのまるで電動ノコギリが回転しているかのような射撃音は凄まじい発射速度が成せるものであった。その発射速度足るや毎分1200発っ!
そんな発射速度を誇る銃の名前は『MG42汎用機関銃』と言った。そう機関銃である。
基本、この世界で銃を人々にお与えくださる神々の名前は『マルス』と『アテナ』。所謂戦いの神様だ。だがそんな神様もアサルトライフルはお与えくださっても機関銃は与えなかった。その理由は定かではないが、神様にも何かしらかのシバリがあるのかも知れない。
でも、今ゴブリンたちを蹂躙している銃は確かに『機関銃』であった。果たしてこの矛盾は如何なる理由からなのか?
そもそもこの『MG42汎用機関銃』をぶっ放しているライダーは男たちの味方なのか?確かに銃弾はゴブリンたちを撃ち倒しているが、流れ弾がばしばし男たちの方にも飛んできているのだが?それらは辛うじて男の900Rが装備するイージスシステムが弾き返しているが、そうでなければゴブリンたちと一緒に蜂の巣になっているところである。
さて、このライダーの正体は?それは次回までのお楽しみっ!