計画は念入りに
さて、お茶を飲んで一息ついた後、男と非村はオオサカウォーターシティまでの行程とルートを話し合った。
「んーっ、やっぱりこのルートが時間的には最短だな。このルートなら日程にかなり余裕が出来る。途中で何かあってもリカバリーできるだけの余裕もあるし、このルートで決定していいだろう。」
「そうだな。距離的にはもっと短いルートはあるが如何せん道路状況が芳しくない。噂だとこのルート上には『クリミナー』たちが出没するとも聞いている。そんな危険を犯してわざわざ走る意味はないからな。」
男の言葉に非村も同意した。だがそこで男は前々から疑問に思っていた事を非村に問い質した。
「ところでなんで聖地へ向かうのに日時制限があるんだ?それさえなけりゃもっと楽な行程を組めたのに。」
「あーっ、俺も詳しくは知らんが葉月が聖地へ行くのは聖地で行われる神々のイベントの為だとタイラーから聞いていた。そのイベントの開催日が7月の最終週の週末なんだとさ。」
「ほうっ、イベントか。しかも神々のね。なんだ?神様も川原でバーベキューでもするのか?」
「さぁな、そこんとこはタイラーも教えてはくれなかった。でも規模はでかいらしい。この世界のオートバイ関係の神は殆ど参加すると言ってたぜ。」
「げっ、そりゃすごいな。そんなイベントに葉月が必要だなんて、お前すごいんだなっ!」
男は非村から話を聞いて、事の大きさに驚きながら隣に座る葉月の頭をくしゃくしゃにした。だが男からそんな乱暴な扱いをされても葉月は逆に嬉しそうにしている。
「だが7月の最終週の週末となると今年は31日だ。今日は既に11日だから猶予は20日か・・。」
「いや、今日いきなり出発する訳じゃないからな。準備に3日はかかる。だから実質17日。聖地にギリギリ着くのも避けたいから2日前に着くとすれば15日くらいだ。途中のアクシデントも想定すると10日から13日が妥当な線だろう。」
「10日はきついな。オオサカウォーターシティまでならその日程でも楽勝で行けるが、鈴華地方で聖地を探す時間を考えると13日、いや15日は欲しいところだ。」
「そうだな、だが焦って行動して失敗するのは避けたい。それくらい聖地への旅は困難なはずなんだ。」
男の言葉に非村も尚も慎重な態度を崩さない。それ程この世界でのロングランは行程が掴みづらいものなのだろう。だが、そんな非村に対して男は場を明るくする為なのか楽観した態度を見せた。
「そうだな、だが聖地も現地に着けば割りとあっさり見つかるかも知れないし、そもそも今ここであれこれ考えて悩んでも仕方が無い。」
「だが念入りに準備をするのは無駄とは言わん。だから出発は3日後の朝だ。」
「了解した。因みに朝飯を食ってからだろう?」
「細かいな、でも当然食べてからさ。しかも食べて直ぐには走らないからな。なので当日は5時起きだ。体を慣らす事も考えると前日も5時起きだからな。」
「ん~っ、早寝早起きは300ギールの得って訳か。」
「なんだったら明日からでも実践したらどうだ?」
「遠慮しとくよ、大丈夫、俺は本番に強いからな。」
「寝坊したら置いていくぞ。」
「なに、そんときゃ3時間で追いつくさ。気にするな。」
非村の皮肉を男はさらりと返す。まぁ、イベント前の前夜は大抵眠れなくなるものだ。そして寝坊するのは誰しもが経験しているのではないだろうか。だが、それを大人になってからやらかすと忽ち周囲から信用を無くすので、注意するに越した事はない。
そして、そんなこんなで行程と聖地までの大筋のルートが決まると、その後は自然と魔物対策の話になった。
「俺の銃はM-14と44口径のリボルバーなんだが別にあんたと合わせなくてもいいよな?」
「んーっ、本当なら弾丸は共通の方が融通が利くが、銃は慣れ親しんでいるやつを使うべきだろうからな。まっ、オオサカウォーターシティならどちらも簡単に揃うだろう。だから気にしないでいい。」
「そうか、それを聞いて安心したよ。」
男は対魔物用の武器として手に馴染んでいる自分の銃を使える事に安堵したようだった。そんな男に非村が別の質問をしてきた。
「因みにあんたのリアボックスはマジックボックスなんだよな?」
「おうっ、中古の質流れ品だがまだまだ使える頑丈なやつだ。」
「容量は?」
「256kgだ。しかも質量無効化装置が付いているからオートバイには負荷はかからない。そして大きさに関しては蓋から入れられれば制限は無い。とは言っても今までで一番長かった荷物は5.5mの鉄パイプだ。でもこれより長い荷物は大抵俺のボックスの開口部サイズでは入らないやつだからな、だからこんなもんだろう。後、開口部のサイズは500x500だ。」
「うんっ、十分だろう。俺が持っているやつも似たようなもんだ。」
これまで非村のGSX-S1100Katanaにはリアボックスは取り付けられていなかった。それは非村がライダーではあるがメインとする生業が修理工場なので常にオートバイへリアボックスを設置しておく必要が無かったからであろう。
対して男は長距離をメインとする運び屋だ。この業種の違いがリアボックスをオートバイへ常設させているか否かの違いとして現れていた。
さて、ここでマジックボックスについて説明しておこう。その箱は読んで字の如く魔法の箱である。そして何が魔法なのかというと、なんとこの箱には箱の内容量以上のモノを入れる事が出来るのである。
とは言っても際限なく入れられる訳ではない。男も言っていたが重量による上限はあった。だがその重量も質量無効化装置が取り付けてあればボックスの重量に変化はないという優れものなのである。
つまり仮にボックスの重量を5kgとして、そこに100kgのモノを入れてもボックスの重量は5kgのままなのだ。これぞ魔法ならばのチート設定だ。そう、魔法とはまさに人の夢を現実化させた人類の至宝なのである。
だが、あまりにも便利過ぎたせいなのか自主規制がかかり、生物は入れられない事になっている。いや、箱の実容積の範囲ならば入れられるのだがそれ以上は拒否されるのだ。しかもその場合、質量無効化装置も働かないのでずしりと重くなる。
但し生物と言ってもその判断は曖昧で、鉢植えの植物は駄目だが、切ったばかりの生花は大丈夫だったりする。ここら辺はマジックボックスによっても異なるらしく、あるボックスはとにかく細胞を有するものは例え死んでいても全て駄目で、別のボックスではOKだったりするらしい。この曖昧さはまさに魔法物理学のカオスなところであろう。
そして男と非村のマジックボックスは生物に関してかなり厳しい判断を強いる箱であった。なので弁当なども対象外となる。だが飲料水はOKだったので男はビールを大量に買い込んだ時は重宝していた。
「さて、それじゃあんた用の対魔物用の弾丸は、明日近所にあるガンスミスへ出向いてカスタマイズして貰おう。それとは別に勇者の剣も装備しとくか?」
「冗談はよしてくれ。俺はライダーだぜ?勇者の剣なんか使えないよ。」
「はははっ、そうだな。まっ、冗談だ。」
非村の冗談に男が真顔で反論してきたので非村は笑ってしまった。まぁ、確かにライダーと勇者ではジョブがあまりにもかけ離れている。どちらも孤高の存在ではあるがライダーと勇者では目指すものが違うのだ。
ライダーはひたすら走る為に存在しているが、勇者は人々を救う為に存在する。走る事によって人々を救う事もあるかも知れないが、ライダーにとってはそれはオマケみたいなものである。そう、ライダーとはひたすら走る為にこの世に存在している生き物なのだ。
「さて、後は食料だがこれはそれぞれの土地で手に入れるしかない。マジックボックスには入らないからな。その為の現金はこちらで用意する。とは言っても豪遊は出来ん。後でマリがレシートを回収するからさ。」
「あーっ、大変だな。まっ、俺は小食ではないが大喰らいって訳でもない。好き嫌いもないから心配しないでくれ。それに俺も少しなら手持ちはある。」
「そうか?ならその金で遊ぶか。長い旅になるからたまには息抜きも必要だろうからな。いや、冗談だってばっ!睨むなよ、マリっ!」
非村は軽い気持ちで口にしたのだろうが、それをマリに睨まれて直ぐに訂正した。いやはや、本当に非村は彼女に頭が上がらないらしい。
その後、非村は男が持っている鈴華地方の情報を刷り合わせて最終的な準備計画を立てていった。
そんな男たちの話を男の隣で聞いていた葉月は何やら言いたそうな仕草をみせた。だが何故か言葉を掛けるのを躊躇しているようである。それに気づいた男が葉月に声を掛けた。
「なんだ?何か質問があるのか?」
「うんっ・・。」
男に促されても葉月は中々言い出せないようである。そんな葉月の躊躇を感じ取ったのか葉月が気にしていたと思われる事をマリが代弁してくれた。
「ところであなたたち、弾丸だ、ルートだ、食料だと騒いでいるけど、ちゃんと着替えも持って行きなさいよ。それに今回は女の子を連れて行くんだからちゃんとお風呂にも入れるようにしておいてよねっ!後、生理用品も必要だからちゃんとお店を見つけたら葉月に聞くように。」
そう、葉月が気にしていたのはまさにそれであった。多分マリが言わねばこの男たちは気付きもしなかったであろう。まさに女性に対して気配りの出来ない駄目な男の典型である。
その事をマリに注意されて男たちはしゅんとした。まぁ、このふたりも言われればちゃんとやるはずだが、それでもそれを事前に思いつかないのはいただけない。だが、それが男というものなのかも知れない。いや、最近はそうでもないのだろうか?
どちらにしてもこれで計画はできた。後はそれに沿った準備をし決行するだけである。そしてそんな準備期間はあっという間に過ぎ、とうとう出発の朝を迎えたのであった。
そう、今日この時を持って男と少女の聖地への旅が始まったのである。