公道レース 乱入
2ストブラザーズの4台の内、先頭を走るRG500ガンマのライダーは自分たちの獲物の姿を確認するとその走りっぷりに思わずほくそ笑んだ。
「ほうっ、C1で公道レースを始めた馬鹿がいると聞いてやって来たが、あのKatanaは『スズキ・ファクトリー』の非村か。もう一台のninjaは見かけないやつだが、非村相手に対等に渡り合っているとは大したもんだ。だが、ここは俺たち2ストブラザーズの縄張りだっ!遊んでやるから負けたら大人しくママのところに帰りなっ!」
RG500ガンマのライダーはそう呟くと後ろを走る仲間にサインを送り、前を走る非村たちをどのように料理するか指示をだした。それに合わせて4台はフォーメーションを組み直す。
非村たちを追いかける2ストブラザーズのマシーンはそれぞれ別世界でのGPレースにおける輝かしい栄光を背負っていたレーサーのレプリカであった。
その車種は先頭を走るマシーンが『鈴木神』の『RG500ガンマ』であり、その背後に『山葉神』の『RZV500R』、『本田神』の『NS400R』、『鈴木神』の『RG400ガンマ』と続いていた。
そんな戦闘マシーン足る2ストオートバイたちのカタログデータは次の通りだ。
『RG500ガンマ』
エンジン形式:水冷2ストロークスクエア4気筒
排気量:498cc
乾燥車両重量:156kg
最高出力:64ps(国内仕様)/95ps(輸出仕様)
最大トルク:5.8kgfm
『RZV500R』
エンジン形式:水冷2ストロークV型4気筒
排気量:499cc
車両重量:173kg(国内仕様)/178kg(輸出仕様)
最高出力:64ps(国内仕様)/88ps(輸出仕様)
最大トルク:5.7kgfm(国内仕様)
『NS400R』
エンジン形式:水冷2ストローク90度V型3気筒
排気量:387cc
乾燥車両重量:163kg
最高出力:59ps(国内仕様)/72ps(輸出仕様)
最大トルク:5.4kgfm(国内仕様)
『RG400ガンマ』
エンジン形式:水冷2ストロークスクエア4気筒
排気量:397cc
乾燥車両重量:153kg
最高出力:59ps(国内仕様)/80ps(排気系のみ交換時)
最大トルク:4.9kgfm
この値を見て殆どの者は物足りなさを感じた事だろう。最新の大排気量オートバイたちは押しなべてオーバー100馬力が当たり前であり、200馬力を超えるものも少なくない。
しかし、出力だけで優劣が決まるのならば『原子力エンジン』こそが最高であり人々から崇めたてられる存在なはずだ。だがその取り扱いは非常にシビアであり、万が一暴走した場合、その対処は人の手に余るものであっった。
しかし反面、安定している時の『原子力エンジン』がもたらす膨大なエネルギーは人々に多大なる恩恵を与える。
実際、そんなエネルギー放出システムは存在し人々に恩恵をもたらしている。それは今日も人々の頭上に輝き、暖かな日差しと大いなる恵みを無償で与えているはずだ。
だが、レースとは競争である。なのでそこにはルールが存在する。そしてルールの基本は『平等』だ。つまり同じ土俵で戦うという事である。オートバイレースではその基準を『排気量』と『エンジン種別』でカデゴライズする。
なので排気量の違うオートバイで優劣を競うのはレースの基本理念に反する事となるのだ。
だが公道レースでは些かルールが異なる。そう、公道レースでは一番になる事が目的であり、そこにオートバイの性能による優越は存在しないのだ。場合によっては勝てば官軍とばかりにあからさまな妨害すら許容されるのだ。非村のKatanaに装備されているニトロ噴射システムなどはその一例である。
なので2ストブラザーズの各マシーンもチューニングというマジックを施されており、実性能では全てオーバー100馬力となっていた。
そう、性能面でも2ストブラザーズたちのマシーンはリッターバイクに引けを取らないばかりか、ある面では凌駕していたのである。
そんなレーサーそのものと言っていいようなマシーンたちが、今そのもてる性能を開放し前を行く男たちを撃墜すべく戦闘フォーメーションを組んだ。それに対し男と非村も迎撃体制に入る。
本来、男と非村は外乱である2ストブラザーズを無視する事もできた。と言うか、レース前にはそうすると非村は男に伝えていたのだ。しかし、走り出してしまえばライダーの血がそれを許さなかった。
何故なら、前を走る者は追い抜き、追随して来る者はぶっちぎる。それがライダーの本能だからだ。
なので追随してくる2ストブラザーズのマシーンたちをバックミラーに見て男の心は高鳴った。
パァーンっ!
「はははっ、元気がいいなっ!だがそれでこそ2スト乗りだっ!」
男はその2ストロークエンジン特有の排気音を耳にし、にやりとしながら呟く。折りしも男たちは『タカラチョウ・ゲート』へ差し掛かっていた。ここから先は首都高C1都心環状線内周りでもタイトなコーナーが続く場所である。なので馬力よりも操縦性能が重要になる区間だ。そして操縦性能の良し悪しには車体の重量が大きな比重を占める。そしてレーサーレプリカである2ストブラザーズのマシーンは押しなべて軽量だった。
だがそれはあくまでレース場などの限定された場所での話しだ。そうっ、公道レースで一番重要なのはマシーン性能ではなく『気合っ!』なのである。
とは言っても気合だけで速く走れるのなら誰も苦労しない。やはりそこには練習を重ねた経験と技量が伴う必要がある。そして今首都高C1都心環状線を疾走している6人のライダーたちはそれらを高い次元で習得していた。
しかし、ここは公道である。ブラインドコーナーの先に何が待ち構えているかも判らない場所だ。だがそんな事を気にしていてはレースなど出来ない。なので男たちは持てる技量の全てを出してひたすらトップを走る為に前へ前へと突き進んで行った。
「おらおらっ!レーサーレプリカだかなんだか知らないが、公道では公道を走る事を前提にセッティングされたオートバイが最速だという事を教えてやるぜっ!」
男はそう啖呵をきるとコーナーへ向かって突っ込んで行った。その後を非村も追う。
だが、そんな気合の走りもコーナーリング性能で絶対的なアドバンテージを持つ2ストブラザーズのマシーンたちには通用しなかっった。
「げっ、引き離すどころかつめられているだと?ん~っ、ショックだ・・。」
男は期待はずれとなった結果に落胆したようだったが、それでもそれはあくまで口だけで内心では当然だなと思っていた。
そう、オートバイにはそれぞれ持ち味と言うものがあるのだ。そして大排気量4ストロークオートバイの持ち味はエンジン回転数の高さである。つまり速度の伸びしろだ。
加速に関しては6台ともトルクは同じようなものなので大差はない。2ストブラザーズのマシーンたちはその軽量な車重も手伝って鋭い加速を見せているが、そのトルクを路面に伝えるのはタイヤであり、これはどのオートバイも同程度の性能だったので、逆にグリップ力では車重のある非村たちの方が路面を捉えやすいので有利であった。
そう、レース場のような高い摩擦係数を持つ路面ならともかく、公道では有り余るトルクはホイールスピンを誘発してしまいオートバイが前に進まないのだ。
なので一般の道路では急激にトルクの立ち上がる2ストロークエンジンは扱いがシビアとなる。慣れないライダーがコーナーの出口で不用意にアクセルを開けエンジン回転数をパワーバンドに入れたりすると忽ち後輪が空転しスリップダウンとなる。
これを2ストロークエンジンの味ととるか欠点と見るかは人それぞれだが、2ストロークエンジンはそれくらい扱いがシビアなエンジンなのである。
そして2ストロークエンジンにはもうひとつ特徴があった。それはエンジン回転数の頭打ちである。そう、2ストロークエンジンは4ストロークエンジンと比較して高回転まで回らないのだ。
4ストロークエンジンは最高馬力発生回転数を過ぎてもだらたらと回転が上がっていくのだが、2ストロークエンジンにはそれがなかった。それはエンジンの機構の違いからくるものだが、その為2ストロークエンジンではある程度まで回転数が上がった後に更に速度を上げようとする場合はシフトアップが必要となる。だが既にトップギアに入っていた場合、もはやそれ以上のギアはない。なのでそこで速度も頭打ちとなるのだ。
もっともノーマル状態のRG500ガンマ(輸出仕様)ですら最高速度は246km/hをマークする。そして首都高C1都心環状線にはその速度で走れる箇所は数箇所しかない。それとてそこまで速度を出せるのは一瞬で、直後にはタイヤが擦り切れるのではないかと思うほどのブレーキングが待っていた。
しかし、僅かであってもトップスピードに差があるならばそれを利用しない手はない。なので男は首都高C1都心環状線でもっともスピードの乗る『カスミガセキ・ゲート』から『ヒトツバシ・ジャンクション』までのストレート部分で勝負を仕掛けた。
「おらぁーっ!ついて来れるものなら来てみやがれっ!」
男はGPZ-1000RXの997ccエンジンへと換装した900Rに鞭を入れる。ノーマルでもGPZ-1000RXの997ccエンジンは125psを叩き出していたが、男の900Rは更にカムシャフトなどにも手を入れてあり実測で140馬力近い出力を実現していた。
それに合わせてギア比も変更していたのでメーター読みで270km/h以上に達するのを男は確認していた。
これに対してパワーバンドの幅が狭い2ストローク勢はギア比を中低速側でクロスさせており、如何にパワーがあってもトップスピードはノーマルとそれ程変わりなかった。なので徐々に離されてゆく。だがRG500ガンマのライダーには焦った様子はなかった。
「ほうっ、さすがはリッターバイクだな。直線だけは速いか。だがC1都心環状線にゴールはないんだぜっ!その勢いはいつまで続くかなっ!」
そしてRG500ガンマのライダーが言うように900Rの快進撃も直線部分の終わりと共に終了した。後はコーナーの度にじりじりと詰め寄られ『カスミガセキ・ゲート』に戻った頃にはまた2ストブラザーズたちのオートバイに後ろにぴたりと付けられた。
だが、やはりトップスピードで勝る900RとKatanaは直線部分で2スト勢を引き離す。だがその後のコーナーでその貯金を取り崩し、結局トータルでは決着の着かないままC1都心環状線をぐるぐると4周した。
「くそっ、きりがないぜっ!あいつら走り慣れているとはいえこのアベレージスピードでノーミスかよっ!普通はひとりくらい脱落するもんだろうがっ!四天王の中では最弱っ!っう名台詞を知らんのかっ!」
いや、それって名台詞だったのか?しかし、言葉ではそう言うが男の顔は笑っていた。そう、男は今このレースを楽しんでいるのだ。中々決着がつかない事にじれてはいるが、それはある意味楽しい時間を少しでも長く体験していたい事への裏返しなのだろう。
そしてそれは非村や2ストブラザーズの男たちも同じようだった。
「くくくっ、非村はともかくあのninjaもやるじゃねぇかっ!あの走りっぷりからみてかなりC1を走り込んでいるはずだが今まで耳にした事がないのが不思議だぜ。だが、まぁそんな事はどうでもいいか。ふっ、こんなに楽しい走りをするのは久しぶりだっ!今夜は燃料が尽きるまでとことん走ってやるっ!」
2ストブラザーズの男たちは、皆そんな気持ちの高ぶりを覚えていた。だが気持ちは高揚しても走りに変化はみられない。自分たちのマシーンの特性をちゃんと把握し、仕掛けるところで仕掛け、我慢するところはぐっと堪えて次のチャンスを伺っていた。
走る、走る、走る。男たちは己がマシーンを駆ってひたすらに走った。そんな彼らを駆り立てている感情は『衝動』だ。
別にトップを取ったからと言って男たちは金銭的には何も得るものはない。だが男たちはそんなものを誰一人欲してはいなかった。そう、彼らが唯一欲していたのはひとつだけ。それは『栄誉』なのである。
傍からみたらそんなものに命を掛けるのは馬鹿らしい行為に映るであろう。だが価値観とは人それぞれだ。そして、今この場所を走っている6人には、トップを走る事こそが唯一の目的であり栄光なのであった。
しかし、そんな神聖な場所にまたしても暗雲が立ち込めようとしていた。そう、男と非村が首都高C1都心環状線でレースを始めた事を聞き付けたのは2ストブラザーズだけではなかったのである。
そして、その新たな参入者たちのオートバイには『聖邪神教会』が崇拝する羊の姿をした悪魔の姿が描かれていたのであった。




