首都高C1都心環状線
さて、ヨシムラ・メカニカルファクトリーの駐車場から公道に出た男はそのまま一番近い首都高の入り口である『カサイ・ゲート』へと向かった。
そこから首都高湾岸線に入ると『アリアケ・ジャンクション』から首都高11号線に乗り換え、トウキョーベイに架かるトリコロールブリッジを渡って湾を越えると、今度は『シバウラ・ジャンクション』にて首都高1号線に合流し、次に『ハマザキバシ・ジャンクション』にて今回の公道レースのコースであるC1都心環状線へ入った。
男は周囲を走る他のオートバイと速度を合わせてC1都心環状線を内回りで周回する。そして周囲の流れに速度を同調させつつ、男はC1都心環状線の路面状況やコーナーとコーナーとの間隔などを頭に叩き込んでいった。
そんなC1都心環状線のルートは男が合流した『ハマザキバシ・ジャンクション』を基点とするとまず北に500mほど直線が続く。そして大きくS字を逆に書くようにコーナーをふたつ抜けるとまた700mほどの直線が現れる。
その直線の終わりには『シオドメ・ジャンクション』があり、そこでルートを『ギンザ』方面へ乗り換えると下道との交差部分をくぐる度にアップダウンが現れ『キョウバシ・ジャンクション』にて、『シオドメ・ジャンクション』で分かれた別ルートの『KK線』と再度合流する。
そこからまたしてもアップダウンの続く直線を1km程進むと『エドバシ・ジャンクション』が現れ、そこで左に大きく針路を変える。そして緩く大きなコーナーをみっつ程こなすと『カンダバシ・ジャンクション』だが、ここは『八重洲線』が合流してくるだけなので針路で迷う事はない。
なので次の『タケバシ・ジャンクション』までは普通の速度ではカーブしているとも感じられないような曲率の大きなコーナーをふたつみっつこなすだけだ。
その後、300m程の直線の後ダイカンチョウのトンネルを抜け500m程行くと今度は左に大きくコースは曲がり、そのまま『ミヤケザカ・ジャンクション』まで一直線となる。
そして『ミヤケザカ・ジャンクション』にてまたしても左に大きくコースは曲がり、『カスミガセキ・トンネル』をいつくかくぐりると『タニマチ・ジャンクション』から『ヒトツバシ・ジャンクション』まで、速度によってはほぼ直線と大差ない程の緩いコーナーが続く。
その後は『シバコウエン・ゲート』を経て800mほど進むと『ハマザキバシ・ジャンクション』となった。
さて、こうして男は再度『ハマザキバシ・ジャンクション』へと戻ってきた。男はこれでC1都心環状線の内回りを一周した事になる。
このように言葉で言い表すとえらく長い区間に感じたかも知れないが、距離にすると15km程度である。つまりC1都心環状線はほぼジャンクションだらけで、常にどこか別の路線と繋がっており、且つその間の間隔も無茶苦茶近いのだ。
これは他の首都高ルートも同じで、男がベースとしている土地の10km走っても交差点すら現れない幹線道路とは雲泥の違いであった。この辺の事情はさすがは大都会ならであろう。
そんなC1都心環状線も仮に100km/hで巡航したとすれば一周10分もかからない。なら200km/hで巡航したら5分を切るのかというと、そう簡単にはいかない。そう、ここで言葉のあやふやさが表に出てくる。
普通オートバイ乗りたちが巡航と言ったらそれは一定の速度を保ったまま走る事を意味する。つまり速度の加減速無しに同じ速度で走り続ける事を彼らは巡航と呼ぶのだ。
なのでコーナーだらけのC1都心環状線を走る場合は仮にスムーズに走ったとしても『巡航』という言葉は本来当てはまらないだ。では何と呼べばよいのか?
『巡航速度』と似たような意味合いの言葉として『平均速度』というものがある。だがこれも一周にかかるタイムだけを知りたいのならともかく、その気になって走ると最高速度と最低速度の差が130km/h以上にもなる箇所が幾つもあるコースでは意味合いが薄くなってしまう。
そもそもC1都心環状線をレースを目的として走る場合、走行中は常に加速か減速ばかりとなる。トップスピードに達してしまいその速度で走るしかない箇所などは数える程しかない。そんな場所でさえトップスピードを維持できるのは数秒だ。
つまり、このC1都心環状線は大都会『メトロポリス・トウキョー』の中に鎮座するクローズドサーキットのようなものだったのである。
とは言っても、その本来の用途は物流だ。なので昼間は多くのオートバイが荷物を積んで行き交っていた。また、『メトロポリス・トウキョー』を中継地とし、北と南を行き交うライダーたちの通過点でもあった。
なのでその交通量は男の地元の比ではない。なので一度事故が起これば忽ち渋滞した。
男はそんなC1都心環状線を数週すると一旦『ギンザゲート』から下道へ降り、近くの路側駐車場に900Rを停めるとヘルメットを外し大きく息を吐き出した。
「ふぅっ、相変わらず何がなんだかよく判らん道だな。景色がビルしか見えないから変わり映えしないし、案内板も地名と道路番号で表示されているから絶対初めて走るやつには意味が判らんぞ?誰だ、こんなアホな案内板を作ったやつは。」
男はそう愚痴ったが、郷に入れば郷に従えという格言もあった気がする。そうゆう意味では男の方がこの大都会『メトロポリス・トウキョー』のルールに従うのが正しいはずだ。
だがそうは言ってもこれまで男はこの周回道路を本気で走った事はない。それなりの速度で走ったのは今回が初めてだった。ましてや、本番のレースが行われる時間帯は深夜である。なのでルートを把握するだけなら昼間の今でも問題ないが、多分深夜は走っている他のオートバイたちの層も速度も変化するはずだ。
それに昼間と深夜では路面温度も変わる。それどころか昼間に事故などが起こっていれば、拾い切れなかった破片などが路面上に残っているかもしれない。ましてやオイルなどがコーナーに残っていたら最悪だ。
なので男は取り合えずコースは把握したので後はまた深夜に走りに来る事にした。だが、そのチャンスは今晩と明日の夜だけだ。これを二回しかないと取るか、二回もあると感じるかは人それぞれだろうが、男は堅実であった。
なので地元の事は地元のライダーに聞けばいいとばかりに、男は自販機で買った飲料水を高々と掲げ、男を監視する為について来ていた男たちの方へ合図を送り、ちょっと来いよと呼び寄せた。
そんな男に呼ばれた監視役の男たちはどうしたものかと話し合っていたが、非村にもどうせばれるはずだと言われていたので、ならいいかとオートバイを停めていた道路脇から男のところまでオートバイを移動させると男に挨拶をした。
「どうも、まぁ非村さんからもばれるはずだとは言われていたんですけど、判っちゃいましたか。」
「はははっ、さすがに丸まる一周後ろを走られたらな。まっ、喉が渇いたろう?飲んでくれよ。それにちょっと聞きたい事があるんだ。」
男はそう言って手にした飲料水を差し出した。監視役のふたりはその申し出に少し躊躇したが、それでも男に礼を言ってから受け取った。
そんな監視役たちに男が話しかける。
「あんたら、見た限りC1は走り慣れているだろう?で教えて欲しいんだけど、あそこって夜に走るとどんな感じなの?」
「あーっ、ニンジャさんはC1を夜に走った事ないんですか?」
「ああ、昼は仕事で何回か走った事があるけど夜はないんだよ。と言うか、丸まる一周したのも今回が初めてなんだ。」
「えーっ、そうなんですか?後ろから見ていた限りじゃそんな感じ全然なかったですよっ!」
「速度は廻りに合わせていたからな。なのでブレーキングポイントでのダイレクトな接地感とかがいまいち判らん。」
「あーっ、そうでしょうね。そうだなぁ、俺もあんまり人に教えられるほど走り込んではいないんですけど、夜は昼の1.5倍はアベレージが上がるかなぁ。」
「ほうっ、それってつまり・・。」
男は監視役の言わんとする事が判ったようだった。そんな男に監視役もその通りと言った感じで答えた。
「ええ、そうゆう事です。それでなくても夜は交通量が激減しますからね。特に深夜は仕事でC1を走るやつはまずいません。まっ、それはかっ飛ばすやつらが多いんで巻き添えはごめんだと下道を行くからなんですけど。でもまぁ、深夜は下道も空いてますからね。だから首都高を独占してもあまり文句を言ってくるやつはいません。なので深夜にC1を走っているやつらは本気なやつらばっかりですよ。」
「ほうっ、それはまたみんながんばってるな。」
監視役の説明に男は何故か嬉しそうだった。
男が拠点としている地元は平たい荒野の中にぽつんと現れたオアシスのような場所なので基本道路は直線で構成されている。なのでコーナーと呼べるような場所はなかった。だがそれは町周りだけで、ちょっと足を伸ばして山岳地帯まで行けば、そこにはこれぞワインディングロードと言わんばかりのコーナーが連続した道があった。
そこ以外にも、荒野の中には何故かぐるぐるとコーナーばかりで構成された道もあった。これは人々がつくったものではなく、道路整備と拡張を専門に担う神に仕えし自動人形たちが作った道だ。
そしてその道は別段どこに繋がっているでもなかった。つまりその道を走ってもまた元のところに戻ってくるだけなのである。そう、つまりその道はただ単にオートバイで走る事のみを楽しむ為に作られた道なのだ。
そんな道をオートバイに乗り始めたばかりの若者たちは嬉々として走り込み腕を磨く。それこそ、燃料の許す限りいつまでも走るのだ。中には途中で燃料を使い果たし、オートバイを押して町に戻る若者もいる。
路上にてそんな若者たちを目にすると大抵のライダーは自らの燃料を分け与えた。だが、若者たちは馬鹿者たちでもあった。貰った燃料で素直に町に戻るかと思えばそうではなく、また走りに戻るやつらが多くいたのである。
そう、まさに若者たちにとってオートバイで走るという事は麻薬であった。彼らは取り付かれたかのようにひたすらオートバイで走ったのだ。
男は監視者たちの話を聞いてそんな若者たちの事を思い出し、どこでも一緒なんだなぁと嬉しく思ったのだった。
「さて、それじゃ俺はもう少し走るよ。」
男は手にした飲料水を飲み干すと、監視者たちとのお喋りを切り上げた。
「あっ、はい。すいませんが非村からの指示なんで後ろをついて行きます。」
「おうっ、まっ、逃げはしないから仮に見失っても無理して追うなよ。事故でも起こされたらこっちもたまらんからな。」
「はははっ、そりゃどうも。でも事故は自己責任ですから気にしないで下さい。もっとも事故りませんけどね。」
「事故る前はみんなそう言うぜ?」
「ごもっとも。なのであなたも気をつけて下さい。事故られたりしたら俺が非村に怒られるんで。」
「おっと、やぶ蛇だったか。」
男は監視者に軽くジャブを噛ましたつもりだったがあっさりカウンターを取られた。そして一時、間を置くと三人一斉に笑い出す。ここら辺はライダーならではの感覚なのだろう。