ライダーズランキング
少女が自分にあてがわれた部屋の中で非村と今後の事に付いて話し終わった時、ふと思い出したように少女が男のオートバイについて話し出した。
「そう言えばニンジャが乗っているオートバイってひとりで動くのよ。すごいわねぇ。私あんなの初めて見たわ。」
「オートバイがひとりで動いただと?それって勝手に走り出したって事か?ライダーが乗ってないのに?」
少女の言葉を非村は何言ってるんだ?といった感じで聞き返す。だが次の少女の説明に非村は真顔となった。
「ええ、多分最初はエンジンさえ掛かっていなかったと思う。でもニンジャがお願いしたら助けに来てくれたの。」
「オートバイが勝手にライダーの下に来たのか・・。」
オートバイが声を掛けただけで勝手にライダーの下にやって来る。何とも滑稽な話だが、少女の言葉に非村の脳裏にはひとつの仮説が浮かんでいた。
本来オートバイは勝手には動かない。エンジンの始動などは遠隔操作で出来なくもないが、操縦者がその体重移動をもってバランスを保つ仕組みになっているオートバイでは、操縦者無しでは真っ直ぐ走る事すら無理であろう。
だがそんな滑稽な事が満更嘘ではない事を、非村は今は亡きタイラーから聞いた事があった。それはオートバイと深く繋がる事ができるAランクライダー、通称『ファースト』と呼ばれるライダーたちにとっては当然な事だとタイラーは非村に語っていたのだ。
しかし、ランキングの存在するこの世界でも公式に『ファースト』の存在が確認されたという話は利いた事がない。確かにリスト上にはAランクというものは存在していたがAランクになるにはとんでもない試練を乗り越えなくてはならないのだ。
なので公式に存在を確認されているライダーの最高ランクはBランク止まりであった。そしてBランクとて信じられないような過酷な条件をクリアして初めて神に承認される。なので普通のライダーではその下のCランクでさえ、なるのは難しかったのだ。
だが少女の話では男のオートバイは男の依頼に呼応してオートバイ自身がやってきたと言う。これはまさしくタイラーが言っていた『ファースト』とオートバイの繋がりを表していた。
しかし、非村はその考えを否定する。多分少女の思い違いだろうと思う事にしたのだ。それくらい『ファースト』という存在はありえないものだったのである。
そもそもライダーの間に存在するランクとはどのような仕組みなのか?それを今から説明しよう。先にも言ったがライダーのランクにはSランク(スペシャル)からFランク(ノービス)の7段階がある。そしてそのランクはとある行為によって神から承認されるものなのだ。
その行為とは走行距離だった。つまりある規定の距離を走ればライダーなら誰でもランクアップできるのである。だがその為の数字は凄まじく厳しい。その規定値を下記に表す。
【ランク】【名称】【取得延べ走行距離】【100km/日走行での必要日数】
Sランク(スペシャル) 100万km (1万日。約27年6ケ月)
Aランク(ファースト) 50万km (5千日。約13年9ケ月)
Bランク(セカンド) 30万km (3千日。約8年3ケ月)
Cランク(サード) 10万km (1千日。約2年9ケ月)
Dランク(フォース) 1万km (100日。約3ケ月半)
Eランク(フレッシュ) 1千km ( 10日)
Fランク(ノービス) 0km (神と契約すればなれる)
まず、Fランクは神と契約しライダーとなれば誰でもなれた。つまり最初のステップには誰でも立つ事が出来るのだ。
次にEランクだが、これは条件が割と厳しい。何故なら神から無償提供される燃料がFランクライダーでは1日1リットルなので、リッター当たり10kmで計算すると1日に走行できる距離の上限は10kmにしかならない。なのでEランクに上がる為に必要な延べ走行距離1千kmを走るには少なくとも100日はかかった。
だがこれには裏技があってウォーカーたちご用達の低オクタン価の燃料を自腹で購入して走っれば忽ち達成できるのだ。まぁ、神からは多少怒られるがランクアップに100日かけるよりはかなりマシであろう。
次にEランクがDランクに上がるには延べ走行距離で1万kmを走る必要があるが、Eランクに上がる為に走った1千kmもこの中に含まれるのでEランクになってから必要な走行距離は9千kmだ。
このランクでも神からの無償提供される燃料の量ではランクアップに200日かかってしまう。しかし、この辺からライダーも遮二無二ランクアップを目指さなくなる。そもそもEランク程度では仕事として依頼され走る場所は精々隣町程度までなので、無理をしてまで長距離の仕事を請け負う者は少ないのだ。と言うかこのランクのライダーに長距離の仕事を依頼する者はまずいない。
それに自腹で燃料を入れて1日100km走ったとしてもランクアップに必要な日にちは100日である。つまり長い目で見れば五十歩百歩の違いなのだ。
そしてDランクになれば晴れて1日に10リットルの無償提供を受けられるようになり、リッター10km換算なら1日に100km走れるようになる。
だが今度は仕事の依頼数と配達距離がランクアップを邪魔するようになる。Eランク程ではないにしてもDランクでも長距離の仕事は中々廻ってこないのだ。なので仕事だけで1日100km走るのは難しかった。
しかもCランクに上がるには10万kmを走る必要がある。これはDランクになる為の走行距離の10倍である。なので1日100kmを走れるだけの燃料は確保できても実際10万kmを走りきるには早い者でも3年はかかった。
因みに走行距離は全て積算されるのでDランクになってからCランクへランクアップする為に走らなければならない距離の実数は9万kmである。
そんなこんなで順調にランクアップしたとしてもBランクになるには8年以上の年月が必要となる。そしてライダーとして申請できるのは16歳となる誕生日からだ。つまりどう足掻いてもBランクにまで登りつめた者は25歳以上なはずなのだ。
だがオートバイに乗り続けるのは結構難しい。若い頃は勢いに任せて何時間でも何日でも乗り続けられるが、年を重ねる内に体力的にもきつくなり、且つ情熱も薄れてゆく。
それにこの数字はあくまで毎日走った場合である。だが経済的及び時間的ににそれが許されたとしても毎日オートバイに乗り続けるのは難しい。
本来別にどれだけ走ろうともそこにライダーの優劣は存在しない。自慢にはなるだろうがそれだけだ。
そして、仮に仕事だからと割り切って走ったとしてもオートバイで走るという事は結構過酷なのだ。
何故なら基本ライダーは外気にその身を晒しながら走る。と言う事は当然雨が降れば濡れるし、風が吹けば流される。一時停車している時でさえ、足で支えていないとオートバイは直立し続けてくれないのだ。しかも積載できる荷物の容量は大した事がなく、燃料にしても満タンで走れる距離はたかが知れていた。
そう、実はオートバイとは結構過酷な乗り物なのである。
なので普通のライダーは年老いて死ぬまでオートバイに乗り続けたとしても延べ走行距離で30万kmを走るのは難しい。計算上では1日100kmの距離を3千日、つまり8年3ケ月乗れば達成できるが、それは卓上の空論だ。延べ走行距離で30万km走るのは、普通のライダーには無理な話なのである。
ましてや50万kmなどホラ話にもならない。100万kmに至っては神の領域だ。と言うかまずオートバイが先に根を挙げる。それ程オートバイとは繊細な乗り物なのだ。日々の整備を怠れば忽ち調子を崩すのである。
なので非村は男がファーストかも知れないという考えを否定した。
ファーストの称号を得るのに必要な延べ走行距離は50万km。1日100km走ったとしても5千日、約13年9ケ月もかかる。16歳の誕生日から乗り続けたとしても達成できるのは30歳を過ぎるはずだ。
それに対して男の年齢は多分20歳前後。どう見ても計算が合わない。だから仮に少女の話が本当だとしても、それは何か別のトリックがあるのだろうと非村は思う事にして、その事を頭の中から消し去ったのである。
そもそも今の非村にはそんな事よりも重要な責任が圧し掛かっていたのだ。そう、それは男との公道レースである。このレースは非村から申し込んだので彼としてもどうしても負ける訳にはいかなかった。
時にライダーとは人からみたら実につまらない事に命を掛ける人種なのである。