襲撃者たちの正体
非村たちの先導で男は今、少女をリアシートに乗せて非村たちのアジトへと向かっている。そして男の前を走る彼らのオートバイは何故か全て『鈴木神』で占められていた。
まず先頭を行く非村のマシーンの名前は『GSX1100S Katana』。その登場は男の900Rより少し早かった。男の900Rは現在ではかなりロートルな部類にはいるがGSX1100SKatanaはそれよりも更にデビューが早かった。
だがその外観がライダーたちに与えた衝撃は今でも色あせていない。しかもその独特なフォルムは他に真似る事を諦めさせる程のアイディンティティーを醸し出していた。
そんな有名ではあるが如何せんデビューから日が経っているが為に最新のオートバイに比べて絶対性能では多少落ちる非村や男のオートバイに対して、残りの3人が乗るマシーンは結構最近のモデルだった。
それらの名前は『GSX-R1000』、『GSX-S1000F』、『GSX-1300R HAYABUSA』である。何故か図らずも全員でGSXファミリーを形成している。非村たちには車種を選ぶ際に何かシバリでもあるのだろうか?
さて、そんな大排気量オートバイたちだが、大都会『メトロポリス・トウキョー』の街中ではその性能を遺憾なく発揮できる場所はそう多くはない。何故なら、なんと言っても道路上を行き交うオートバイの数が男がベースとしている町と比べて段違いに多いからである。
男は仕事柄『メトロポリス・トウキョー』には何度も来ているが、この混雑ぶりにはいつも辟易していた。だが非村たちはそんな混雑の中を縫うように先へ先へと進んでいる。しかも男が後ろから見た限り強引に割り込んだり追い越したりなどはしていない。相手の動きに合わせて抜かせる場所で確実に追い越していた。
「ちっ、こいつらこの町のエキスパートだな。もしかして信号の変わるタイミングまで覚えているんじゃないのか?」
男は非村たちの走りを観察してそのスムーズさに舌を巻いた。男は基本町と町とを結ぶ幹線道路を高速走行するのに慣れている為、このような混雑した場所が苦手であった。運転テクニックなら誰にも負けない自負があったが、動きの読めない動くパイロンと化している多数のオートバイの間を接触する事無くすり抜けてゆくのは神経が磨り減るのだ。
だが前を走る4人はそんな状況の中を実にスムーズに走っている。それはまさにこの大都会『メトロポリス・トウキョー』を走る事に特化した進化なのかも知れなかった。
そして、あれ程の混雑の中、男たちは10kmの距離をたった10分程で走ってしまった。しかもその間、1回も信号で停まる事はなかったのである。そして漸く非村たちが停止した場所はオートバイの修理工場の駐車場だった。
この世界ではオートバイは神と契約する事で手に入れる。そして修理が必要な場合も神の神殿に持って行けば直して貰えた。但し、その原因によっては何日かのライセンス停止というペナルティを神から課せられるので、人々はちょっとした故障などは神殿に持ち込まず人々が営む修理工場にて直した。
当然その際には料金が発生するが、それでもライセンスを停止され神から与えられる特典を失うよりは安上がりな場合が多かったのだ。特にウォーカーは元々ライセンスを与えられていない為、最悪の場合オートバイを取り上げられてしまう。なので都会のウォーカーはオートバイが故障した時、それがペナルティの対象にならないような場合でも、神殿ではなく人々が営む修理工場に持ち込むのが普通となっていた。
男はそんな修理工場の駐車場にて店の入り口に掲げられている店の看板を読んだ。
『ヨシムラ・メカニカルファクトリー』
それがこの修理工場の名前らしかった。そしてそんな工場の中には何台ものオートバイが置かれており修理されるのを待っているようだった。
「ここが俺たちのアジトだ。修理工場なんでちょっと音がうるさいかも知れんが、そこは我慢してくれ。それじゃ、あんたのオートバイはあそこに停めてくれ。」
非村は男に900Rを停める場所を指示してきた。そこは駐車場に面する屋外の駐車スペースではなく、外からは見えなくなる屋内の一角だった。その言葉に男は先程の襲撃者たちの監視の目がここにも及んでいるのかも知れないと推測した。
なので男は素直に指定された場所に900Rを停め、リアシートから少女を降ろした。そして900Rに備わっているセキュリティモードスイッチを入れた。これにより誰かが900Rに触れた場合、甲高い警告音が発せられ男はその事を知るのである。
その後、男と少女は非村に促されて店の3階にある部屋に通された。他の3人は既にいない。だが案内された部屋にはまた別の男たちがいた。その男たちに非村は手短に状況を説明する。
「残念だが間に合わなかった。だがタイラーのじいさんは死んだが葉月は助けられたよ。と言うかこちらの御仁が守ってくれた。」
非村の説明に男たちは目線で男に礼を告げてきた。だがまだ警戒を解いていないのは傍から見ても判った。
「なので人をやってタイラーのじいさんを連れて来い。まぁ、騒動を聞きつけて既に自警団が辺りを封鎖しているだろうからちょっと面倒だろうがそこはうまくやれ。俺はこれからこの御仁と話をしなきゃならないんでな。お前らは席を外してくれ。」
非村の言葉に男たちは素直に部屋から出ていった。
「さて、何もないが座ってお茶でも飲もう。マリちゃん、お茶を頼む。あっ、葉月にはココアだ。」
非村は部屋に唯一残っていた女性にお茶の用意をお願いした。そして男に部屋の中央にあるソファーに座るよう促した。非村は少女に自分の隣へ座るよう言ったが少女は何故か男の横にちょこんと座った。
「それじゃ改めて自己紹介をしておこう。俺は非村 抜刀斎。ここいらを仕切っている『スズキ・ファクトリー』のヘッドだ。そしてあんたにその子を託したのが、あの鈴華競技場シナガワ支部で長をしていたハイライダー・タダヒコ。俺たちは一応親しみと尊敬の念を込めてタイラーのじいさんと呼んでいた。」
「・・。」
非村の説明に男はなんの反応も示さない。非村はそれを無言の承諾と受け取り話を続けた。
「そしてその子は葉月・ハニー。タイラーのじいさんと一緒に暮らしていた。と言ってもタイラーのじいさんの身内ではないらしい。俺も詳しい事は聞いていないんだが、何でも鈴華競技場って場所と関係あるらしい。そのせいなのかえらく大切にされていたよ。」
「鈴華競技場・・、聖地の事だな?」
「おっ、知っているのか?ならもう少し詳しく話してもついて来れるな。そう、あの建物の看板にもあったとおり、タイラーのじいさんは鈴華競技場、つまり聖地と関係があるんだ。なんでもタイラーのじいさんは昔聖地で開催されていた『鈴華8時間耐久競技』とかいうレースの優勝経験者なんだとさ。しかも肩書きはそれだけじゃなくて『世界GP』での優勝経験もあるらしい。まっ、俺は信じちゃいないがね。」
非村の言葉に男も耳を疑った。確かに男も非村が口にした『鈴華8時間耐久競技』や『世界GP』という言葉は知っていた。これは神殿に飾られていた画像資料などから得た知識だ。
その昔、この世界には各地に聖地があり、そこでは神たちがレース専用のオートバイに跨りそのスピードを競い合っていたらしい。そしてその中でも特に人気があったのが『鈴華8時間耐久競技』や『世界GP』であったと資料に載っていた。
だがそれはあくまで神話だ。今では聖地の場所すら定かではない。だから非村は男に少女を託したハイライダー・タダヒコと名乗った老人が、昔『鈴華8時間耐久競技』や『世界GP』で優勝した事があると語ってもホラ話だと真剣に受け止めなかったのだろう。
だが、今男の手には老人から渡されたメダルがあった。そのメダルには鈴華8時間耐久競技優勝との文言と老人の名前が刻まれていた。
もっともそんなものは作ろうと思えば町工場で誰でも作れてしまう。だが何故か男にはそれが本物であるという気がしてならなかった。それ程、そのメダルにはある種のオーラが感じられたのだ。
そして次に非村は男たちを襲った者たちの説明を始めた。
「あんたを襲ったのは悪の軍団『簡単連合』のやつらだ。あいつらはこのメトロポリス・トウキョーで一大勢力を誇っているアウトロー集団でな。まっ、所謂ゴロツキどもだ。なので俺たちとも何かと衝突しあっている。アウトロー集団は他にも沢山あるが、あいつらはそんな中でも最悪なんだ。なんと言ってもあいつらってアホの集まりでな。もしかしたら頭の中が空っぽなのかも知れん。それくらいやる事が考えなしなんだ。」
非村の説明に男は納得した。悪の軍団『簡単連合』の名前は男も聞き及んでいた。そのアホさ加減は、元々は関東連合と名乗っていたのが、いつの間にか自分たちを簡単連合と間違えて名乗るようになったらしいと言う逸話からも読み取れる。
因みにやつらは本当に馬鹿な為、自分たちは組織の名前をカンタンレンゴウとカタガナで表現している。なので『簡単連合』と漢字で書けるやつはメンバーの中では尊敬されていた。しかし、悪の『軍団』なのに『連合』と名乗っている事に違和感を感じているやつはいない。さすがは馬鹿の集団だ。
「だがあいつらはアホだから逆に金にならない襲撃は滅多にしない。対立組織と抗争する際も確実に優位となる場合でないと仕掛ける事はまずない。そこら辺は多分本能が働くんだろう。なのでそれに関しては徹底している。そうゆう意味では今回の襲撃はイレギュラーだ。だから俺たちも対応が遅れちまった・・。」
「そうか・・、だがやつらは俺に誰かからこの子を生死は問わずに連れて来いと依頼されたと言っていた。つまり依頼者が別にいたようなんだが?」
「・・。」
男の問い掛けに非村は黙り込んだ。だがそれは男が言った依頼者という存在に対して薄々見当がついている故の無言らしい。つまり少女を襲うように依頼した者は、それ程口にするのも憚られる存在なのだろう。
だが、非村も決心が付いたのかその依頼者について話し始めた。
「多分、『簡単連合』に葉月たちを襲わせたのは『聖邪神教会』だ。『聖邪神教会』については知っているか?」
「名前と評判程度はな。確かにあまり関わりたくないやつらではある。」
聖邪神教会、それは教会と名乗っているのに祭っているのが邪神というとんでもない組織であった。だが何故か若者の信者は多かった。多分それは若者特有の破壊願望をくすぐるものがあるからなのだろう。そう、若い時は何かと『ワル』に憧れるものなのだ。
なので『簡単連合』も実は『聖邪神教会』の下部組織ではないかと噂されていた。そんなとんでもない組織が少女を狙っている。その目的は果たして何なのか?男は少し考えてみたが情報が少な過ぎてまともな答えが見つからない。
テンプレ的な理由としては少女をやつらが崇め奉る邪心への生贄にしようとしているなんて事も考えられるが、仮にそうだとしてもそれには『理由』があるはずである。ただ単に少女が可愛いからだけでは納得できるものではなかった。
「で、なんで聖邪神教会はこの子を襲わせたんだ?生死を問わずと言うからには生贄と言う訳でもあるまい?」
結局男は考えがまとまらなかったのでその答えを非村に求めた。だが非村からの返事はそっけなかった。
「それに関しては部外者であるあんたには言えないな。確かにあんたはタイラーのじいさんから依頼されたんだろうが、それはじいさんからの個人的な依頼だ。そしてその依頼者は既にこの世にいない。つまり仕事をしても対価は得られないという事だ。ならば依頼はキャンセルされたものとみなされる。これはライダーズギルドの規約にも明示してあるはずだ。」
「・・。」
そう、男は老人からの依頼を請け負ったがそれを完遂しても報酬は得られなかった。なのでそのような場合は依頼はキャンセルされたものと見なしライダーズギルドからもペナルティを課される事はなかった。
だが、男には信念があった。それは一旦受けた仕事は必ずやり遂げるというものだ。それは仮にその仕事に報酬の見込みがないとしてもしてもである。
しかし、今回の依頼はかなり厄介だった。まず送り届ける場所が定かではない。その上、その送り届ける荷物を狙う者までいた。これは男が今までに受けた依頼の中でもかなり分の悪いものである。なので男の中にも若干の信念の揺らぎが生じたようである。
だが、そんな黙り込む男の腕をぎゅっと掴むものがいた。少女である。男はそんな少女を見た。そこには自分を聖地へ連れて行って欲しいと目で語る少女がいた。
12歳そこそこの少女が親にも等しい者の死を目の当たりにしながらも、悲しみを乗り越えてやりとうそうとしている事がある。その気概に男の心は決まった。
「まぁ、確かに今回の仕事はライダーズギルドからの紹介だった。なのでそっちはキャンセルになるだろう。だが俺は個人的にもうひとつ依頼を受けているんでね。だからそちらに関しては、現在絶賛仕事中さ。」
「依頼を受けただと?いや、だからタイラーのじいさんは既に・・。」
非村は男の言葉の整合性の無さに首を傾げた。だが男はそんな非村に構う事無く言葉を続けた。
「俺の新しい依頼主はこの子だ。そうだよな?」
そう言って男は隣にいる少女の方を見てその頭に手をやった。そんな男の言葉に少女は耳を疑ったが、次の瞬間ぱーっと満面の笑顔を浮かべて頭をぶんぶんと大きく縦にふってきた。
「と言う訳なんで、あんたのご配慮は受け取れない。まっ、あんたとしてもこの子を心配するが故なんだろうが、既に契約はなされたんだ。だから後の事は俺に任せておきな。」
男としては、ちょっとかっこよく決めただけのつもりだったようだが、非村はそう取らなかった。なので男の申し出を自分たちへの挑戦と受け取った。
「そうか、まぁ田舎もんには言葉は通じないって事だな。いいだろう、ならば力尽くで判らせるまでだ。」
そう言うと非村は男にグローブ投げつけながら宣言した。
「俺はお前に公道レースを申し込む。俺が勝ったら大人しく今回の件から手を引けっ!」
公道レース。それはライダーたちの間で何かいさかいが生じた時に決着をつける方法のひとつだ。
集団生活内で何かトラブルが生じた時、ウォーカーは基本町の元締めなどに調停を依頼するが、ライダーたちはレースで決着を付けるのが昔からの習いだった。そしてレースの結果は絶対であり、その後負けたくせに納得しなかった者はライダー間での信用を無くした。所謂村八分状態となるのだ。
なのでライダーたちもおいそれとは公道レースを宣言したりしない。遊びでレースもどきをする事はよくあったが、それはあくまで遊びであり公道レースではなかった。
なので男も非村が投げつけて来たグローブを取ろうとはしなかった。何故ならグローブを手にした瞬間に申し出を受けた事になるからである。その代わり男は非村に言葉で確認した。
「いいのか?確かに俺は田舎もんだが基本ピンのライダーだ。だがあんたはそこそこの規模があるチームのリーダー格なんだろう?面目が丸つぶれになるぞ?」
男は敢えて『負けたら』という言葉を省いて男に告げた。何故ならそんな事を言ったら非村を余計にヒートアップさせかねないと思ったからである。だがそんな配慮では事は既に収まらないところまで来ていたようだ。
「言うじゃねぇか。田舎もんのあんたじゃ耳にした事はないだろうが、『スズキ・ファクトリー』の非村と言えば不敗伝説があるくらいなんだぜ?あんたはその勲章に更に箔を付ける事になるのさ。」
「おーっ、そりゃ凄い。自分で自分を伝説っていうやつには初めて会ったよ。いいだろう、その鼻っ柱を軽く折ってやるよ。」
そう言うと、男は非村が投げつけて来たグローブを手に取り投げ返した。これにより双方が合意した事になり男と非村は少女に関して公道レースにて決着を付ける事となったのである。