5.享年と帰属
「残った頭の歯だけどな、それぞれ磨り減り具合が違うだろ?」
『磨り減り具合? ……おぉ……なるほど……言われてみれば……』
「想像は付くと思うけどよ、歯ってなぁ歳とると磨り減っちまうわけだ。逆に言うと、磨り減り具合から年齢が判んのよ。……まず、こいつはかなり磨り減っちまってるから、多分五十歳以上。逆にこいつはほとんど磨り減ってねぇから二十歳前だな。……旦那が正騎士だったって考えると、この辺りは除外していいんじゃねぇか? ガキや爺ぃに務まる仕事じゃねぇんだろ?」
『むぅ……一概には決め付けられんが……そう考えてもおかしくはないな』
「ま、歯の磨り減り具合ってなぁ、食うもんによっても変わってくるから、これだけに頼るなぁ危ねぇけどな」
『……食物によって変わるのか?』
「あぁ、俺たちが食ってるようなパンだと、砂粒が混じってたりするのも珍しかねぇからな。普段からそんなもん食ってりゃ、歯も磨り減ろうってもんだ」
『なるほどな……』
……妙に感じ入ったみてぇに頷いてんな。
『で? 歯では年齢の決め手にならんというなら、別の手立てがあるのだな?』
「おうよ。頭の骨を引っ繰り返して、上顎の内側を見てくれ。罅みてぇなもんが走ってるのが判るか?」
『どれ……む、言われてみれば確かにあるな。これも縫合線というやつか?』
「おうよ、これが切歯縫合、こっちが正中口蓋縫合、で、これが横口蓋縫合だな」
『ふむ……察するに、これも年齢とともに消えるのではないか?』
「お、冴えてんじゃねぇかよ旦那」
――骨口蓋、要するに上顎の骨の内側にある縫合線は、加齢とともに外側部から癒合消失していく。最も早く癒合消失が始まるのは切歯縫合である。これは二十代から消失が始まり、三十~五十代でほぼ癒合消失する。正中口蓋縫合と横口蓋縫合はそれより少し遅れて、三十~四十代から消失が始まる。
「このあたりはほとんど縫合線が残ってねぇから、大体五十代以上と考えていいだろ。旦那の年回りにゃ相応しくねぇんじゃねぇか?」
『こっちは逆に、全ての縫合線が残っておるな。歯もあまり磨り減っておらんようだし……二十歳になるやならずといったところか?』
おぉ……旦那も一端の検屍役だな。ともあれ、
『これで二つまで絞り込んだわけか……』
……旦那も感慨深そうだな。
「で、残ったうちのこっちだが……前歯に妙な痕が残ってんのが判るか?」
『どれ……ふむ? ……これは……何かを埋め込んでいたのか?』
「お、旦那、お目が高ぇじゃねぇか。こりゃ、以前に宮廷貴族の間で流行ってた習慣でな、前歯に宝石を埋め込むのよ。ニカっと歯を見せて笑うと、歯がキラっと輝くってわけだな」
『……それに何の意味があるのだ?』
「お貴族様の考えなんか解るかよ。『明眸皓歯』とかいうやつじゃねぇのか?」
『……あれはそういう意味だったか……?』
「ま、とにかくだ、十中八九この『頭』は、宮廷貴族の持ちもんだったと思うぜ。荒事働きの騎士様のもんたぁ違うんじゃねぇのか?」
『……すると……残ったこれが我の首というわけか……?』
「あくまで蓋然性の高い推定ってやつだぜ? これで満足かい?」
『ふむ……正直言って、何とも妙な気分だな。この……髑髏のようなものが我の首なのか……いや……すまぬ。感謝する』
……何か複雑そうな感じだな。
『しかし……思っていたのと違う方法であったな』
「違う?」
『いや何……死霊術師なのだからな、こう……降霊とか何か、そういう術を使って絞り込むのかと思っておったのだ』
「こんな年代物の骨を憑代に、降霊だの招魂だのできるかよ。学院の教官たちならともかく、俺みたいな三流死霊術師の手にゃ余るわ」
『ふむ……そういうものか……』
……だが、まぁ……
「試しにやってみるかい? 死霊術師らしい方法ってのを」
【参考文献】
・瀬田季茂・井上堯子 編著(一九九八)「犯罪と科学捜査」東京化学同人.
・鈴木和男(一九七九)「歯は語りかける――法歯学の犯罪捜査」日本書籍.(一九八六年改題、中公文庫「法歯学の出番です――事件捜査の最前線」)




