3.種族の特徴
「もう一度確認するけどよ、旦那は故郷とか職場とかの記憶は残ってねぇんだな?」
『不甲斐ない事にな』
「剣と鎧の形式から……いや……お国のものたぁ限らねぇし、それ以前に俺はそっちの方面はからっきしだしな。今現在の手懸かりにゃならねぇか。……財布の中に金貨とか銅貨とか残ってねぇのか?」
『それ以前に、財布の類を所持しておらんな。ひょっとして我が死んでおる間に、盗人どもに荒らされたのやもしれん』
「所持品は手懸かりにならねぇか……」
……こりゃやっぱり、旦那の身体に訊くしかねぇか。
「旦那、すまねぇが毛を何本か貰えねぇか?」
『……毛……?』
「あぁ、髪の毛は無理でも、胸毛とか脇毛とか……」
『その先は言うな。……暫し待て……これでよいか?』
「腕の毛か? 色が薄い傾向があるんだが……まぁ多分使えるだろうよ」
……さて、
『ふむ? それは……虫眼鏡というやつか?』
「あぁ、細かな観察にゃこいつが一番だ。……やっぱり金髪みてぇだな……あとは……」
ふむ、燃やしてみても……硫黄はそこまで含まれてねぇか……
『……おぃ……一体何をしておるのだ? 毛の色を見るのはまだ解るが、燃やした煙に妙な紙切れなど当てて……』
「あぁ、こいつぁ俺が作ったもんでな、燃やした煙に硫黄が含まれてると、その含有量に応じて色が変わんのよ。人種の違いによって、毛に含まれる硫黄の量も違うんでな」
――体毛の主成分であるケラチンには、多量の硫黄が含まれている。その量は概ね三~五パーセントであるが、一般に欧米人には少なく、アジア人には多いと言われている。
『だがな、肝心の頭には、髪の毛が残っておらぬものも多いぞ?』
「あぁ、けどな、髪の毛以外でも人種の鑑別ってやつぁできるんだよ」
――人種的特徴は頭骨においても明瞭に表れる。例えば……
「こっちの髑髏を見てくれ。こうやって上から見ると、心持ち前後に長いだろ?」
『ほほぉ……なるほどな、他の頭と較べると能く判る。所謂、才槌頭というやつか?』
「ま、そこまで極端なのは滅多に無ぇけどな」
――頭骨を真上から見た時の、前後の最大長に対する左右の最大幅の百分比を頭長幅示数、略して頭示数という。この値が小さい、すなわち前後に細長いものを長頭と言い、中くらいのものを中頭、大きいもの、すなわち前後にずんぐりしたものを短頭と称する。地球世界でも嘗ては人種分類の重要な指標とされ、黒色人種は長頭型が多く、黄色人種の一部は短頭型――などと言われていたが、時代と共に短頭化が進む傾向がある事が判明してからは、人種分類における頭長幅示数の意義は薄れた。
この世界においては考古学が未発達な事もあって、短頭化現象の存在は未だ確認されていないようだが、種族によって頭型に差異がある事は知られており、その違いも地球世界におけるよりは明瞭であった。
「それとな、こっちの骨だと顎が前に突き出してんのが判るか?」
『ほぉ……確かに。……む、こちらのずんぐりした方はそこまでではないな?』
――上下の顎の骨の前部、すなわち前歯の部分が前方に飛び出す事を、人類学では突顎と言う。突顎の程度は人種によって異なり、大雑把に言うと黒色人種で著しく、黄色人種、白色人種の順に弱まる傾向がある。特に白色人種の場合、突顎はほぼ皆無に近い。
「旦那の体毛を見る限り、こういう長頭型や突顎型の人種じゃねぇと判る。で、こういった異人種の骨を……結構多いな……除いてやると……」
『ほほぅ……随分とすっきりしたではないか』
「まぁな。けど、頭の形だけじゃまだはっきりしねぇ部分がある。そこで今度は歯並びを見る」
『歯並び? 乱杭歯とかいうやつか?』
「あぁ、言い方が拙かったか。そういうんじゃなくてよ……ちょい、こっちを見てくれ」
『うん? ……ほぉ……歯の整列の様子が違うな?』
――地球世界においては、歯列の形状は人種によって異なると言われている。白人の歯列は切歯(中前歯)を頂点としたV字型になるが、黒人の場合はそこまで尖ったV字型にはならず、どちらかと言うと側転したコの字型になる傾向がある。また、黄色人種はその中間で、放物線型とでもいうような形状になる。
「頭の形と歯並びから、旦那の人種――体毛から推測したやつだぜ?――と食い違うやつを除いてやると……」
『おぉ……大分絞られてきたが……まだ複数が残っているな?』
「慌てんなって。歯からはまだ色んな事が判るんだからよ」
【参考文献】
・埴原和夫(一九九七)「骨はヒトを語る――死体鑑定の科学的最終手段」講談社+α文庫.
・片山一道(一九九〇)「古人骨は語る――骨考古学事始め」同胞社.(一九九九年文庫化.角川ソフィア文庫)
・事件・犯罪研究会 編(一九九五)「図解 科学捜査マニュアル――血液・指紋鑑定から、復顔法、プロファイリングまで」同文書院.