2.男と女
「能くもこれだけの『候補』を集めたもんだな?」
『うむ。大抵この中にあるとは思うのだが……』
デュラハンが見せてくれたのは、やっこさんの頭の「候補」だという「頭部」だった。やつ自体が結構な年代物らしく、集められた「頭」もほとんどがミイラ化してる。
「どれが自分の頭なのか判んねぇのか? こう……触ったらビビっと感じるものがあるとか……」
『生憎とそんな都合の好いスキルは持っておらん。実を言えば、生前の自分の顔すら記憶が曖昧なありさまでな』
骨に涙が滲み込んだら、その骨は肉親のものだ……なんて話を聞いた事もあるが……涙を落とそうにも、デュラハンにゃ肝心の頭が無ぇからなぁ……
「……まぁ、やれるだけはやってみるが……首尾好くいかなくても怨まないでくれよ?」
『うむ、正直な話、幾つかでも除外できれば御の字だと思うておる』
――んじゃ、いっちょ始めますかね。
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「最初に確認しておくが……あんたは男なんだよな?」
『うむ。それだけは自信を持って言える』
「それだけってところが気になるんだが……だったら、女の頭は除外できるわけだよな」
『理屈を言えばそうなるが……斯様に干涸らびたものを見て、男か女かなど判るのか?』
「そこはそれ、ちょいとしたコツってやつがあってだな」
骨だけに……って、師匠が能く言ってた駄洒落だったっけか……
まぁそれは措いといて……幸か不幸か、頭部はすっかりミイラ化して、ほとんど骸骨と変わらなくなってるからな。観察するには寧ろ都合が好いくれぇだ。
「絶対ってわけじゃねぇんだが……ここ、丁度眼窩の上縁に当たるところが、少し盛り上がってんのが判るか?」
『どれ……ほぉ……言われてみれば……』
「あくまで一般論なんだが……ここがこんな具合に盛り上がってんなぁ、大抵は男の頭蓋骨なんだよ。で、盛り上がってねぇのが女の骨ってわけだ」
――一般に男性の頭骨では、眉弓および眉間の隆起が明瞭であるが、女性の頭骨では明瞭でない。ただしこれには個人差もあるので、これだけで確実な判定を下す事はできない。ただ、比較的判り易い指標なので、手懸かりの一つとしては有用である。
『ほぉ……すると、こっちは女の骨というわけか?』
「そういう事になる。まぁ、眉弓の隆起だけじゃ決め手にゃならんのだが……こうやって髑髏を平坦な地面に置くと……こっちの骨は額の部分が垂直に近く切り立ってんだろ? で、こっちの男の髑髏は……」
『ほほぉ……横から見ると能く判る。額が斜めになっているな?』
――頭骨の前頭部を側面から見ると、女性では鉛直に近く切り立って所謂オルトメトピカを形成しているが、男性では斜めにそり上がっている。両者の差異についてはやや感覚的な部分もあるが、先に述べた眼窩上隆起と併せれば、かなりな精度で男女の鑑別が可能になる。
「あとな、耳の後っかわに当たるここんとこ……乳様突起ってぇんだが、こっちの男の骨だとデカくて目立つが、女の骨だとはっきりしねぇだろ? まぁ、骨によっちゃ壊れちまってる事もあるから……あぁ、丁度こんな具合にな……使えねぇ事も割とあるんだが」
『ふむ……なるほど、左のこめかみを強打されたようだな。加害者は右利きという事か。だが、反対側の「乳様突起」とやらは残っておるな。……この形だと……男か?』
「そうみてぇだな。ま、魔獣に囓られたような骨だと、形がはっきりしねぇ事もあんのよ。少なくとも、俺が見た中にゃそんなのがあった」
――一般に、乳様突起が親指の先ほどの大きさであれば男性、中指の先ほどの大きさであれば女性の骨だと言われている。
「あとは……頤――っつぅか、顎の先な。ここががっしりとしてたら男、そうでなきゃ女ってのもあるな。決め手とするにゃ弱いみてぇだが」
『ふむ……では……これとこれは女の骨か』
「こっちのもだな。……おぃデュラハンの旦那、結構女の骨が混じってんぞ?」
『む……しかしこの有様では、男の骨か女の骨かなど、一般人には判らんぞ』
「旦那を〝一般人〟呼ばわりするのも何だかなぁ……ま、こいつらは除外して、次行くか」
【参考文献】
・埴原和夫(一九九七)「骨はヒトを語る――死体鑑定の科学的最終手段」講談社+α文庫.
・瀬田季茂・井上堯子 編著(一九九八)「犯罪と科学捜査」東京化学同人.
次話は明晩21時に更新します。