過去を視る代償
「おはよう!甲斐くん。起きて!!」
軽やかな声とともに体が揺さぶられて、俺は目覚めた。
目の前には沙耶さんの顔。
なかなかあり得ない状況である。
当然、飛び起きるかたちで一気に目覚める。
「さ、沙耶さん?なんで?」
「待ちきれなくって!!今日も新崎さん呼んだの。準備しよ?」
新崎さんが、くる?
昨日の今日で?
それは、沙耶さんなりの死刑執行、的なやつだろうか?
「ちなみに、新崎さんは、何をしに?」
沙耶さんはエンジェルスマイルで告げた。
「甲斐くんに、用事かな?」
終わった・・。
ルーティーンてすごい。
俺はほぼ意識を失いながらも、事務所を開けるための一連の仕事はきっちりとこなしていたらしい。
新崎さんは、デジャブかと思うくらいぴったりに、昨日と同じ時間にやってきた。
「なあ、正直に話しちまえよ。お前、沙耶に何した?」
新崎さんは、俺の胸ぐらをやんわりつかみ、凄む。
言ったらあの世いきだ。だが、言わなくても、何となく近いところまでは行きそう。
「部屋に入ったのは謝ります。寝言に聞こえないくらい助けを求める声だったので!」
「で?」
「起こした方がいいと思って、できることはいろいろ・・何がヒットしたかは分からなくて。」
新崎さんは、探るように俺の目を覗き込んだが、ふいっと目をそらした。
目より、この手を離していただきたい。
「新崎さん?何かありましたか?」
沙耶さんの声で、やっと俺は解放された。
「甲斐くん。今日は、一緒にいてほしいの。」
沙耶さんに上目遣いで頼まれて、ノーと言える俺ではない。
かくして、俺は、なぜか新崎さんと、沙耶さんの仕事の話に、参加することとなったのである。
「私、記憶が視えるの。」
唐突に、沙耶さんは言った。
そして、俺をじっと見た。
新崎さんも、沙耶さんも、俺を観察している。
それは、分かったが、正解の反応が分からない。
「あまり驚かねえな。」
戸惑っていると、新崎さんが低く言う。
「いや、驚いてますよ。」
俺は慌てて言った。
嘘ではない。俺は心底驚いていた。あり得ない符合に。
「信じる?」
沙耶さんが、こちらを伺う。
「もう少し、詳しく聞かせてもらいたいです。」
もし、本当なら。俺は償いの機会を得ることになるかもしれない。
「お前、沙耶を本当に起こしたんだな。」
新崎さんは、信じられないといった顔で言った。
「それは、保証する。甲斐くんは、私を起こせる。」
沙耶さんが、噛み締めるように、言いきる。
「俺も、この目で確認してからだ。」
新崎さんは、探るように言った。
だが、なんだか異様な状況に、聞かずにはおれない。
「あのー。夢から覚めるって、そんなに特殊なんですか?」
新崎さんはぎろりとにらむ。
「沙耶は、自力では目覚められない。」
・・へ?
「そもそも、お前を雇ったのも、その仕事をさせるためだろうか。」
・・が、って言われましても。
「そういう代償らしいわ。私の場合。」
沙耶さんが静かに言う。
沙耶さんによると。
その力は、相手が自我を手放しているときにしか使えず、そのほとんどは眠っているときだ。
力を使うと、対象が起きるまで解放されない。
そして。
自分が眠ると、自分の記憶を視ることになってしまうのだという。
「自分の時は、そこまで強くは囚われない。だから、一区切りの時にきっかけがあれば、目覚められるの。」
俺が朝、沙耶さんが起きるまでノックする決まりは、いつくるか分からないタイミングに、ちゃんときっかけを作るため、というわけだ。
「え?でも、起こさなくても起きてる日は?」
「その日は大抵、新崎さんのメールが起こしてるの。」
かなり、いいタイミングらしい。
「だから、昨夜みたいに夢の途中に強制的に起きることは、絶対にないの。」
だから、あんなに反応していたのか。
「・・次の対象は、目覚めないかもしれない。」
「次の対象?」
「探し物の重要な手がかりが得られるかも知れない老夫人だ。」
沙耶さんの言葉を聞き返すと、新崎さんが代わりに答える。
沙耶さんが過去の記憶を視るためには、相手が自我を手放していなければならない。つまり、その老夫人は。
「現在、昏睡状態で眠っている。」