夢から覚める方法
「眠れねえ。」
久しぶりに、自分と沙耶さんの関係について考えていた俺は、目が冴えてしまい、結局起き出した。
台所で水を一杯飲み、トイレをすませて出てきたとき、かすかにだが、声が聞こえてきた。
「・・けて。た・・けて。」
ん?二階っぽいぞ?
俺は念のため、二階をチェックすることにした。
とはいえ、二階にはほとんど部屋はない。
どう考えても、声の主は沙耶さんである。
「沙耶さん?」
勇気を出して、ノックしてみる。
返事はなかったが、代わりに声ははっきり聞こえてきた。
「お願い。助けて・・。」
その声は、涙を伴っている。
沙耶さんの声だ。
「沙耶さん?大丈夫ですか?」
声をかけるが返答はない。
ただ、声は絞り出すようにつづき、聞くのも辛いほどだ。
寝室で何か起こっているのだとしたら。
悩んでいる時間はない。
「沙耶さん!入りますよ?」
新崎さんに半殺しにされることより沙耶さんの無事だ!と瞬時に迷いを立ちきり、俺は寝室に入った。
寝室で、沙耶さんは眠っていた。
だが、その寝顔は苦痛に歪んでいる。
涙がほほを伝い、見ていて痛々しい。
「助けて。連れていかないで。お願い。」
手を伸ばし、もがいているが、手は空をつかむ。
(この感覚、俺も知っている。)
もう、手の届かない人との別れを、一年前は毎日みた。
最近もたまに。
手を伸ばしても、必死に助けを求めても、夢まで非情に、別れをみせつける。
(沙耶さんは誰を夢にみているのだろう。)
沙耶さんについて、大して知らない俺は、その人物がだれか分からない。
ただ、沙耶さんの声を止めてしまいたい。
それが、沙耶さんを思ってのことなのか、俺自身のためなのか、分からないが。
「いや。なんでっ?だめ!お願い!うぅ・・。」
俺は思わず沙耶さんの手が、これ以上空を切らないように伸ばされた手をつかむ。
沙耶さんはすがるように強く俺の手を握り、
「行かないで。助けて。お願い。」
となおも泣く。
もう、限界だった。
俺は手を握ったまま顔を近づけて、そして、沙耶さんにキスをした。
もう、辛い言葉が紡がれないように。
沙耶さんの涙がとまるように。
どれくらいくちづけていただろう。
唇を離すと、ゆっくりと沙耶さんの目があく。
「・・甲斐くん?」
「大丈夫ですか?」
「ん?」
首をかしげた沙耶さんを見て、大丈夫そうだな、とほっとした瞬間、俺はものすごい勢いで、現状分析をして、蒼白になった。
深夜。
沙耶さんの寝室。
二人ともパジャマ。
沙耶さんの手を握る俺。
しかも、キ、キス直後。
沙耶さんの記憶はないっぽい。
(詰んだ・・。)
沙耶さんが、悪夢でひどい状態だったことを覚えてなければ、これっていわゆる夜這いの状況なのでは。
「甲斐くん、今、何時?」
名前を呼ばれただけでびびっていた俺は、一瞬、何を聞かれたか分からなかった。
「今、何時?」
沙耶さんは、もう一度聞く。
俺は、ポケットからスマホを出した。
「二時、過ぎっす。」
そのまま答える。
「甲斐くん。」
沙耶さんの声色が変わって、俺はマジで終わったと思った。の、だが。
「甲斐くんが、起こしてくれたの?」
沙耶さんから出てくる言葉は、俺の予想する、咎めるものではなかった。
「私は、悪夢から目覚めることが、できないの。二時過ぎに目が覚めるなんて、絶対にない。」
「え?そうなんですか?」
それは、結構しんどいな。
「ねえ、どうやったの?」
真剣な目で聞かれて、頭の中に再び、新崎さんの半殺しが天秤の皿にのる。
「いや、泣き声が聞こえたんで、何かあったんじゃないかと思って部屋に入っちゃって、で、沙耶さんを起こそうとしていろいろ・・。」
「いろいろ?」
「はい。いろいろです。」
沙耶さんはじっとこちらを見る。
やめてくれ、命がかかっている!!
沙耶さんの指が俺の頬の辺りに伸びて、一瞬ドキッとしたが、その指は降れる直前で、迷ったように宙をさまよい、結局おろされた。
「・・そう。」
解放、されるだろうか。
「甲斐くん、それ、再現できる?」
沙耶さんは、真剣な目でなおも聞いてくる。
(できません。)
黙っていると、沙耶さんはまた何か考えて、
「うーん。とりあえず、寝ましょう。ありがとう。」
と、俺を解放した。
俺は、なんとなくの予感は当たる方だ。
なんだか、面倒なことになりそうな、平穏な毎日が変わるような予感を打ち消すように、自分の部屋でベッドに入り、頭までバサッと、布団をかぶった。
寝られるわけなんか、もちろんない。