保護者は、疑うのが仕事
「今日は何時ごろこられるんですか?」
紅茶を出しながら尋ねると、沙耶さんは優雅に、手を頬にあて、
「そうねえ。昼までにって言ってたから10時過ぎには来るんじゃないかな。」
と答える。
そのあとちょっと首をかしげ、
「私、おじ様が来ること、言っていたっけ?」
と言われて、思わずどや顔をしてしまう。
「沙耶さんが、起こさなくてもすんなり起きるときは、新崎さんが来るからはりきっているとき、でしょ?」
「お。探偵助手っぽくなってきたね。」
沙耶さんのウインクは、心臓に悪い。
だが、図星なのだろう、沙耶さんはいつもにもまして、ご機嫌の様子だった。
10時か。あと一時間ほどだ。
「なら、早く着替えてしたくしないと、ですね。俺、片付けときますから自分のことしてきてください。」
沙耶さんはじぃっと俺を見た。
「何か?」
「私、育て方を間違ったかも。」
ん?
「えーと、一応理由聞いていいっすか?」
沙耶さんがあまりに悩ましげなので聞いてみる。
「甲斐くん、この一年で、なんていうか、お母さん、みたいになっちゃった気がするわ。」
・・ダメージはそんなに多くないぞ。
断じて、そんなにはない。
・・だって、それはしょうがないじゃないか。
「あ、そんな悲しそうな顔しないで。安心するし、私は今の甲斐くん、好きよ。」
「・・・・・・。」
底辺からの急上昇。沙耶さんは、自分のジェットコースター発言に気づいているのだろうか。
彼女は、いつも、天然悪女である。
「とりあえず、早く着替えて来て下さい。その格好で新崎さんと会っちゃうと、沙耶さんじゃなくて、俺が被害を受けます。」
はあい、と気の抜けた返事をして、沙耶さんは二階に上がる。
(今日も耐えた。俺の理性、偉い。)
いい加減、朝食は着替えて降りてきてほしい。
それでも、沙耶さんが、それだけ俺に気を許しているという事実は、ちょっと心を温かくする。
「10時過ぎ、か。よし。」
まずは、あの頑固親父のお眼鏡にかなわなければ、俺の未来は明るくない。
俺は気合いをいれて、うでまくりをしたのだった。
来訪者は10時10分に現れた。
沙耶さんは、依頼人の来訪時間予測を外さない。
特に、この人については。
「よお。」
彼は一目で、一般人ではないと分かる雰囲気を醸し出している。
すらりとして、年の割には若く見える。
それでも、四十くらいに見えるというだけだが、実年齢より十歳くらい若く見えるというのは羨ましくもある。
「おはようございます。お待ちしてました。」
礼儀正しく挨拶をするものの、彼の反応は冷たい。
(これでも大分ましになったほうだよな。)
初めて会ったときの記憶は、可能なら封印してしまいたいが、それもかなわないくらい強烈で、今も無意識に首もとを守ってしまう。
あれは、沙耶さんのところにだらだら居候して、一週間ほどしたときだった。
トイレから出てきたら、事務所に人がいた。
手に提げていたのが、ペットショップの袋で、おもちゃらしきものがのぞいていて、それに気をとられていると、その人物は突然俺の首をつかんで壁に押し付けたのだ。
「誰だ?てめえ。」
首がしまって答えられずにパクパクしていたら、沙耶さんが二階から降りてきて、
「まあ、新崎さん。その人は良い人ですよ!!」
と、驚いたように言い、九死に一生を得たわけだが。
そのあとのやりとりには苦笑するしかなかった。
「彼が、事務所の前で雨に濡れてた子です。」
「なっ!猫じゃなかったのか?」
「猫なんて言ってないです。」
「家の前で雨に濡れて鳴いてた子っつったら迷い猫だと思うだろ??」
「なぜに猫?」
(ああ、それでペットショップ・・。)
すごく力が抜けて、へなへなと座り込んでしまった。
そこで改めて自己紹介をしたのだが、新崎さんは、まあ根掘り葉掘り俺のバックグラウンドを聞いてきて、変な汗をかいてしまっのだった。
一通り聞き終わったあと、どういう流れだったか、俺は事務所の従業員として働くことに決まっていた。
沙耶さんに絶対手を出さないことを条件に。
新崎さんは、沙耶さんのお父さんの友人で、現保護者。
そして、現役の刑事だったのである。