いざない駅
どーも、文月獅狼です。
これで「夏のホラー2020」に投稿する作品は二つ目です。もう一つの「学校に行かなくていいんだ。」とこれを合わせて二つですね。ぜひ当選してほしいものです。
さて、私は今までホラーというホラーを書いたことがなかったのでもしかしたら変になっているかもしれません。温かい目で見守っていただけたら幸いです。
また、私は他にも「ジャック・イン・東京」「公安機密:事情聴取ファイル」というのも上げています。よろしければそちらのほうもよろしくお願いします。感想コメント、ポイント評価、ブクマ等していただけたら幸いです。
ではまた。
ホームに降りるために階段を下りながらあくびを一つ。左手で手すりをつかむ。右手は口に当てる。いつも通りの、何気ない行動の一つだ。
今日は月曜日だ。休日から平日へと気持ちを切り替えないといけない、特につらい日だ。いっそ部活でもやって日曜日もつぶした方が楽なのかもしれない。まあ、いまさら言っても遅いのだが。
階段を下り終わると、すぐ近くの乗車口が来るであろう所に陣取る。これもいつも通りの行動だ。そしてなんとなくで周りを見回すのもまた日常。相変わらず人がいない。
それもそのはずだ。ここの一つ前の駅でほとんどの人がいなくなる。いや、全員降りる。過疎地だからというのもあるが、前の駅がこの辺で他の電車への乗り換えができる唯一の駅だからだ。次の乗り換えは六つほど先だ。しかもそこから先は地下鉄になる。
たった六つ。されど六つ。そんだけというべきか、そんなにというべきかはわからないが、ここではそんだけと言っておこう。僕の心情を表すにはこっちのほうがしっくりくる。それだけしか離れていないのに、なぜあっちは都市部なのだろうか。まあ、僕はその二つ前で降りるから関係ないけど。
僕は、またなんとなくで駅名の書かれてある看板を見た。
「いざなみ駅」
ロボットのオイル漏れの後のような、さびただけのような古い看板にはそう書かれている。これから僕が行こうとしている方向には「みすがた駅」、反対方向には「みそぎ駅」と書かれてある。その先の駅名もしっかりと覚えている。唯一ここら辺から来る人間なのだからしっかりと覚えておかないと近所の人や親に笑われてしまう。来年に期待だな。
前後だけでなく、その先の駅名も、どれもこれも昔話とかで小さい頃に聞いたような名前だ。しかし興味がなかったから、深く聞いたり調べたりはしなかったな。
そんなこんなで電車が来た。先頭車両が通り過ぎると、風が僕の顔にもろにぶつかる。それは止まるまで続き、足元にあったほこりかごみかのどちらともいえないものがどこかへと飛ばされていった。
扉が開くと、僕はいつも通り乗り込んですぐ近くの定位置に腰を下ろした。その数十秒後、扉が閉まり走り出した。
一日目。
翌日。
左手で手すりをつかむ。しかし今日は右手はポケットに入れている。毎朝同じ場所で同じ時に同じことをできるほど器用ではない。僕は淡々と階段を下りて行った。
下り終わると、ここは昨日と同じようにいつも通りすぐ近くの乗車口の前に陣取る。
ポカーンと線路の先、つまり駅よりもあっち側にある田んぼを見る。青々とした稲が一面に広がる中、かかしがいくつか立っている。きっと夜には蛙が鳴いているだろうな。
僕も小さい頃にはじいちゃんの手伝いをよくしたな。まあといっても、僕は横で遊んでいただけだったような気がするが。中学校からは学校の勉強が大変になりだしたから手伝えなくなったな。
と、ふと何か動くものが目に入った。
遠くて白い服を着ているから見えづらいが、おそらく人だろう。黒くて長い髪だけはしっかりと見える。そして頭の後ろで二つの輪っかをつくっている黒い……
「……リボンか?」
も、ちゃんと見えている。リボンにしては大きい気がするが?
まあ、その人が歩いている。道としては田んぼ道だから斜めになっていて仕方がないが、方向としてはこの駅に向かっているようだ。
その人を見ているうちに、結構時間が経っていたようだ。気づけば電車が来る時間になっていた。
アナウンスが流れて、反射的に一瞬目を離して電車のほうを向いた。すぐにまた人を見たが、その人はもういなくなっていた。
寝ぼけてかかしが動いているように見えたのだろうか?風も吹いていたし。しかしそれにしては妙に人間っぽい見た目だったが。
不思議に思っていると、電車が前を通り過ぎた。いつも通り、僕の顔に風をぶつけながら。
電車が止まり扉が開くと、僕は乗り込んだ。さっきの人がもういないかを確認するために窓の外を見てみると、視界の端に違和感を感じた。
そちらの方を見てみると、昨日もなんとなくで見た駅名の書かれた看板が窓枠にぴったりとはまるようにあった。いつも通り、書いてあるのはいざなみ駅……
「あれ?」
一日でこんなに変わるものなのか?
確かにいざなみ駅、とは読める。しかしそれは、おそらく僕がもうすでに知っていたからだろう。初見なら一瞬分からないかもしれない。
「み」の部分が少しおかしくなっている。上の横棒は剥げてほとんど消えて、下の横棒の真ん中あたりもなくなっている。
原因はいろいろあるだろうが、おそらく老朽化によるものだろう。もしかしたら昨日の時点ではがれかけていたのかもしれない。
そうこうしていると電車が動き出した。後ろに体が倒れかけて思わず座席にくっついている鉄の棒をつかむ。そのまま力任せに体を起こし、椅子に座る。
定位置に着いた僕は窓の外を見た。やはり夏を思わせる青い稲の中にかかしがいくつか立っているだけだった。
二日目。
翌日。
今日は何となく両手をポケットに入れて歩いていた。階段を下りていた。こうすると全部コンパクトに収まるからいいな。
階段を下りきると、いつも通りの場所へ。
昨日のことが気になっていたのでまた田んぼのほうに視線を向けた。今日は動くものは見当らない。風もないからかかしも動いていない。やはり見間違いだったのだろうか?
昨日のことついでに看板のほうも見てみた。こちらは見間違いじゃなかったらしい。むしろ昨日よりもひどくなっている。
昨日は「み」の上と下の棒の真ん中あたりが剥げていた。今日は左下の丸の部分と右下の突き出た棒が消え初めている。これはさすがに駅員さんに言った方がいいだろうか。看板は他にもあるからこれ一つだけが目立つということはないだろうが。
けどなぁ……
「さすがにイザナミ様も報われないよ」
誰かいたらなんだこいつと思われていただろう。
昨日の倫理の時間に習った。イザナミはイザナギと夫婦で、様々な神を生み出したのだとか。その中の火の神にイザナミは焼き殺されて黄泉国の住民になり、イザナギは一度は会いに行くも変わり果てたイザナミの姿を見て逃げ出したらしい。
ひどい話だよ。この話も、この話がテストで出ることはないということも。
やはり物思いに耽っていると時間は速く感じる。もう電車がすぐそこにいた。
顔への衝撃。そして開く扉。定位置に着く僕。
今日も、いつも通りだ。
三日目。
翌日。
今朝はいつもと少し違った。まあ、この日が来たらほぼ毎回なることだから、いつも通りと言えばいつも通りだ。
定期が切れた。お金を入れておくのも忘れていたから、切符を買わないといけない。
改札から切符売り場まではそう離れていないから面倒というわけではない。カバンから財布を取り出しながら売り場まで歩く。
定期を買うときはそういうものなのかと思う。三か月分ならそうだろうなと。しかし今みたいに切符一枚となったら高く感じる。こんな紙切れ一枚になぜこんなにお金を払わないといけないんだ。思わずそう考えてしまう。
お金を入れてボタンを押すとヴーヴーという機械音が聞こえてくる。出てくるまでにあくびを一つ。昨日は遅くまで勉強していた。今日小テストがあるのだ。おかげで寝たのは3時ごろ。
ピピーッという音とともに出てきた切符を抜き取る。そのまま改札へと歩いていく。
切符を通して自分が通り、出てきた切符をまた抜き取る。落としたらシャレにならない。僕は定期入れの中にそれを入れた。
階段を下りていると、アナウンスが流れた。買っているうちにちょうどいい時間になったようだ。
下りきるのと電車が来るのはほぼ同時だった。階段を下りる勢いを電車の風が後押しする。少し昨日までの定位置から離れたところで止まると、電車の速度ももう落ち始めていた。
二、三歩歩いて定位置に向かっていると、何やらまた視界の端に違和感を覚えた。見ると、僕とは正反対のホームの端に人がいた。壁とかで隠れて見えにくいが、一昨日見た人と同様黒い髪に白い服を着ているようだ。
「見間違いじゃなかったのか?」
さすがに無理があるとは思った。しかし僕は、最近越してきた人がここから通勤しているのだと思うことにした。そうじゃないと気持ち悪い話ではないか。しかもこれから同じ電車に乗るのだと考えたらなおさらだ。
電車の扉が開いた。それと同時にあくびを一つ。やはり限界が近い。ここから結構時間があるから寝よう。
そう思いながら電車に乗り込んだ。いつもの定位置に座り、鞄を抱えるように持つ。そのまま顔を鞄にうずめて目を閉じた。
数十分後。
「お次は~黄泉駅~、黄泉駅です。お忘れ物のないようご注意ください。左側の扉が~開きます」
寝過ごした。二駅も。焦って立ち上がり周りを見回すが、通り過ぎてしまったものはどうしようもない。無情にも景色はよく知らないものばかりだった。
「……仕方ないか」
いつも余裕をもって出ているからギリギリ遅刻はしないだろう。腕時計を見ながら計算して結論を出す。まあ、仮に遅刻するとわかってもどうしようもないのだが。
思わずため息を一つ。これに懲りたら早く寝るようにしよう。
さっきのアナウンスが流れたということは、おそらくそろそろ着くのだろう。ならこのまま立っていよう。
つり革を握って電車に揺られる。
この辺にはあんまり来ないからよく知らないけど、こんなものなのだろうか。間で人の出入りはあったのだろうが、今は誰もいない。車両間の窓越しに他の車両も見てみるが、やはり誰もいない。
……いや、いた。
僕は前から二つ目の車両にいる。右側を向いたら先頭車両がある。
右を見た後に左を見ると、何車両か先にあの人がいた。遠くて見えないはずなのに、不思議とその人がよく見えた。
黒く長い髪は後ろに流している。リボンだと思っていたものも髪だったようだ。白い着物を着ている。その上には、見るに堪えない皮膚がただれウジの沸いた顔が乗っていた。
動くことができない。“彼女”から目が離せない。すぐ後ろの車両に行けば車掌さんがいるのに。頭でわかっていても体が動かない。
と、
「お次は~黄泉国~、黄泉国です。お忘れ物のないようご注意ください。左側の扉が~開きます」
電車はレールの上を進むだけだ。
最初に言ったように、六つ先からは“地”の“下”だ。
「……つまり……」
途端、窓の外が暗くなった。心なしか車内の電気もだんだん暗くなっていくような気がした。
同時刻。
「ああ、これか」
「彼の言ってた通り、『み』だけところどころ剥げてるな」
「ああ。これじゃまるで、『いざなみ駅』じゃなくて『いざない駅』だな」
二人の駅員は笑いながら上へと戻っていった。