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雷鳴  作者: しちこ
リサの日常
3/3

コウヤが話した昨日の惨劇は、こうだった。




三日ほど休んでいた私は、コウヤが私の働いているBAR“アスター”にきた新人ということを知ったのは、私が出勤してから知った、店を休みにしてまで行われていたコウヤの歓迎会(そういうことをしてしまう店長なのだ、昔から)

常連さんも呼んで行われていたそれは軽くパーティー状態だったと、なんとなく思い出す。


その空気にあてられて、私とコウヤは飲む対決をしたと・・・



「本当に?」

「本当ですよ。あとで店長に聞いてみてくださいよ。」



聞きたくない。でも聞きたい。いや聞きたくない。

まず私は無理にお酒を飲むタイプではないから、この話はにわかに信じがたい。

でも、嘘はついてなさそうだしな。



「で、なんで私の家にいるんですか?」

「それはリサさんの家が俺の家より近いからですよ。店長が俺ら二人運んでくれました。」



なんでよ、とは言えない。

アスターと私の家の距離は徒歩3分。

酔って寝ている人間を放りこむにはうってつけだ。



「なんであなたは記憶あるんですか」

「俺が勝ったからですよ。まあ、記憶はあるけど結局俺も潰れっちゃったからここにいるわけで・・・」

「私たち、何を賭けて対決してたんですか?」

「それは、とりあえずいいじゃないですか。楽しく飲んだわけだし。」



また、ふふと目じりにしわが寄って、悪だくみをしている子供のようだ。

私はその、楽しかったかもしれない記憶がない。

断片的に思い出せるのは、出勤したらパーティーで、店長にコウヤを紹介されたこと。



「コウヤ、さんはおいくつなんですか?」

「それ昨日も聞かれました」

「すみません」

「24歳。リサさんと同い年ですよ」

「へぇ、」

「リサさんが休んだ日からアスターで働いてるんで、今日で四日目です。」



それもおそらく昨日私に聞かれて答えたことなのだろう。

ここまでくると、申し訳なさまである。



「あ、出勤しなきゃ。」

「今日休みだって店長からメッセージ入ってました。店長も二日酔いらしいです。」

「ああ、そうなんですね。」



よかった。このまま出勤なんて想像もしたくなかった。

けだるい体を動かして、ダイニングテーブルの椅子にドサッと腰掛けた。

ニュースキャスターは今年の梅雨は長いと鬱々した表情で淡々と語っている。



「じゃあ、俺帰ります。」

「あ、はい。大丈夫、ですか?」

「だいじょうぶです。・・・本当に何も覚えてない?」

「え?昨日のこと?」

「はい。」

「んー・・・まぁ、少しくらいは思い出せますけど、どんな話したとかは。」

「・・・、思い出さなくてもいいかもね。」

「え?それどういう、」

「じゃ。帰ります。」



私の話を遮るように、コウヤは笑顔でリビングのドアを閉めて帰っていった。

“思い出さなくてもいいかもね”

なんだそれ。

何か思い出されたら不都合なことがあるんだろうか?

不正して対決に勝ったとか?

そんなことを考えていると、どんどんあの笑顔がうさん臭く見えてくる。


まぁ、いいか。

今日の仕事もなくなったし。って勝手に自分で折り合いをつけるのは私の特技だ。







けだるい体をもう一度動かして、二階への階段を一段一段踏みしめる。

踏みしめるたびに、鈍い痛みが頭に伝わった。


日課、趣味、と言うにはそれは一日の半分を占めていて

ルーティーンというには、生活から逸脱した時間。


私はギターを弾く。音楽をやる。ベースも弾く。

それは当たり前に染みついていて、普通の人の“ご飯を食べる”くらいのことだと思う。


スタンドに立てていたギターを手にして、抱える。

好きな曲を弾く。

この時間が好きだ。


何も考えなくていいから。



窓から吹き込む風は晴れたというのに湿気を帯びていて、私の鼻歌ごと部屋も吹き抜けていく。


一軒家の二階建ての二階。

小さなベランダの隣の六畳半の部屋。


ここから生まれた音は、世界を旅する。




パソコンをつけて、YouTubeを開く。


タイトル「ごめん、急に弾きたくなった。二日酔いです。リクエスト待ってます」


突然の生配信にもかかわらず、閲覧数3800人。

流れていくコメントに必死に食らいつく。


“早めの配信嬉しいです”

“SAKUYAさんのオリジナル曲聞きたいです”

“SAKUYAさん!”

“SAKUYAさん今日ギターストラトだ”


声は出さない。ギターを弾く。


私が私ではなくなる時間。リサではなくなる時間。

SAKUYAになる時間。





SAKUYA・・・咲夜さくや


死んだ兄の名前で、私は今日もギターを弾くのだ。





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