朝
背中の痛さに顔をしかめた。
なんだか遠い昔のにも同じ夢を見た気がする。
燦々とカーテンのない大きなリビングの窓から私を刺してくる夏の朝日に今度は眉根をひそめた。
リビング??
なんで私はリビングの床に寝ているのだろう?
昨晩のことがどうにも思い出せない。
ゆっくりと起き上がる。リビングの60インチのテレビは朝のニュースを淡々と垂れ流していた。
90度まで腰を折って床に座る形になると、後頭部を殴られたくらいの痛みが私を襲った。
この痛みは知ってる。
最近はすっかりご無沙汰だけども。
「あれ、二日酔いですか?」
一瞬のことで、もしかしたら、自分の独り言なんじゃないかと思った。
否。
私の声じゃない。女の声じゃない。男の、
声の下方向はテレビの前のソファー。
どうして人間は、怖いと思っているのに怖いほうへ身を振ってしまうのだろう、とかすかに頭の片隅の冷静な私が笑った。
その人と交わる視線。数秒で行われたそれは何十倍にも長く感じた。
「おはようございます。リサさん」
さわやかに笑うその男を、私は知らない。
こういう時に叫んだり、すぐに警察に、なんてできなくなってしまうのだ。人間というものは。というか、私は。
「誰ですか・・・?」
さわやかな笑顔は崩れて、今度はその目が見開かれた。
「それはうそでしょ?!本当にわかんないんですか?」
「わかんないです・・・」
「昨日店で飲み会あったのは覚えてます?」
「お、ぼえてるかなぁ・・・」
「自分のことなのに疑問形・・・」
とりあえず、立ち上がって冷蔵庫から水を取り出してキャップをひねってそのまま飲んだ。
少しづつ思い出してきた。かも。いや・・・
確かに自分の働いてる店で飲み会があった。
私は久しぶりに店に行って、飲んで、・・・それで?
「俺と飲む対決して酔いつぶれたんですよ。本当に覚えてない?」
「何ですかそれ」
「事実です」
その男は、申し訳程度に差し出した500mlの水のペットボトルを飲みながらまた笑った。
話しぶりからして、飲む対決をしたのは事実。
でも、本当に何も覚えていない。
まず、なんで私はこの男と飲む対決をしたのだろう。
理由は?関係性は?
「じゃあ、まあ、覚えてないなら、自己紹介します」
二回目だけど、クスクス笑う。
「宝城 洸哉です。改めてよろしくお願いします。リサさん」
コウヤと名乗られるのは二回目ってことか。それも思い出せない。
思い出せるのは、飲み会の断片的な記憶で、寝ぼけた頭と何度も殴られている感覚に襲われる後頭部のせいで、思い出そうとする思考が遮られる。
潰れるほど飲むなんて何年ぶりだろうか。
20歳の初めのほうとか?
何かそんなに対決に勝ちたい理由でもあったのだろうか?
500mlの水を一気に飲み干した後、そういえば!とこちらを向く
「変なことはしてないから!」
変なことって?なんて聞き返すほど私はそこまで純粋ではない。
現にしっかり昨日来ていた服のままだ。
コウヤという男=デリカシーがない
そうインプットされるのにはさほど、時間を要さなかった。