第3話:夜這い
月が綺麗な夜だ。
部屋の時計を見るともう〇時を回っていた。
「……寝た、かな?」
6畳の部屋の窓際に設置してあるベッドの上で大の字になっていびきをかいている男がいる。
彼は工藤という俺の友達だったやつだ。
そしてそのラグビーで鍛えられた体格から、勝手に精力が強いとサキュバスに判断されて今に至る。
そして、今から、その、するのだろう。
俺はその事実から目を逸らしたくずっと窓の外を見ていた。
この部屋には何故かカーテンが無かった。
無用心にも程がある、と言いたいところだが工藤はこの体格だ。
誰が好き好んでこんな大男の部屋に来るだろうか。
カーテンが無いのはきっと体格的な余裕があるからなのだろう、知らないけど。
俺はさっきからずっと頭をフル回転させている。
余計な難しい計算をしたり、小さい頃に行った場所を思い出したり、この前の定期考査の問題を自己採点してみたりと。
「……」
こうでもしてないとダメなのだ。
俺のすぐ目の前にある現実があまりにも大きすぎるからだ。
だからこうやって、した事もない慣れないことをしている。
「じゃあアリア、始めちゃおうか」
うきうきの彼女に俺は逆らうことができない。
ふーと小さい溜息を心の中で吐く。
「まずサキュバスはターゲットがぐっすりと寝ていることを確認するの、今やったみたいにね。そして次に魅了をかけるのよ」
「ちゃ、ちゃーむ?」
なにやら何かの呪文の名前みたいだ。
「えっと、簡単に言うと相手にとって私たちが魅力的に映るようにする術ね。これをかけられた男はエッチな気分になって自分をコントロールできなくなるの」
うふふとリリーは妖しく笑った。
「そしてね、魅了はだいたい五分くらいかなかけ続けないといけないから、だから寝込みを狙うのね。どう、ここまでは分かった?」
「……はい」
こくんこくんと頷く。
もう本当に逃げられないところまで来ているのを激しく実感する。
「じゃあ始めるわよ、私の真似をして」
そう言うとリリーはばさっと服を脱ぎ捨てた。
「ななななんで脱いでるんですか!?」
「こっちの方が盛り上がるでしょ?」
サキュバスの脱いだ姿はかなり衝撃的だった。
派手目のブラジャーからは零れんばかりの肌色がのぞき、パンティから伸びる太もものこのむちむち感は男なら誰でもやられてしまうだろう。
しかしそれだけではないのがサキュバスのリリーの凄いところなのだ。
彼女の背中から両側に生える漆黒の翼や、長く伸びる尻尾も更に妖しいエロイ雰囲気を醸し出しているのだ。
そんな見ているだけでドキドキしてしまうようなリリーを思春期の男が見てしまったらどうなるのだろう。
「ほらアリアも脱ぎな!」
「ええっ!? 俺もですか!?」
俺はとっさに自分の両腕を抱きしめた。
脱ぐのが嫌ってわけではないけど、なんかいやだ。
「ほらほら、初めてなんだから。こういう時は勢いにまかせて脱いじゃうの!」
「いやぁぁあああ!」
俺の喉から女性の悲鳴が出た。
♂→♀
「じゃあさっそく魅力をかけていくわよ」
「ぅぅ……」
ただ下着姿になっただけなのに、たったそれだけなのに猛烈に恥ずかしい。
男の時には感じなかった羞恥心をとても強く感じてしまっていた。
リリーに見られるだけでこんなに恥ずかしいのに、これから工藤に見られるなんて。
「なーに恥ずかしがってんのよ。ほら魅力かけるわよ」
「……はい」
胸を隠しながらリリーと工藤の方へ近づいていく。
もう無心になろう、何も考えないようにして、流れ作業をするように終わらせてしまおう。
「はい、じゃあまずは自分のお腹に手を当ててみて」
言われたとおりに胸からお腹へと手を移動させる。
柔らかいすべすべした女の子のような肌だった。
それ以外の違和感は特にない。
「何も感じないでしょ? それは魔力が少なくなっている証拠。だから今の私たちはお腹が空いている状態なの」
こくんと黙ってうなずく。
これは作業なのだ、無に集中しろ。
「だから今からこの男を食べちゃいます。まずは男の頭の方へ手を持っていって」
リリーの隣の位置に手をかざすと、手のひらが少しだけ暖かくなってきた。
「この感じる熱が魅了をかけている証拠よ。この状態を男が起きるまでキープね、これがだいたい五分くらいかしら」
目をつぶって強制的に視界をシャットアウトする。
もう目からの情報もいらない。
工藤を見たくなかった、色々と考えてしまうからだ。
そして五分くらい経っただろうか、
「な、なんだお前ら……」
よく知った声が部屋に聞こえた。
目を開けるとそこには工藤がいた。
完全に俺らを怪しんでいる。
「おはようございまーす、じゃあ早速」
ぎゅっとリリーは工藤を抱きしめた。
「うおっ!」
たわわな胸が工藤の胸板に押し付けられている。
もうみているこっちが恥ずかしくなってくる。
「ほーら、なにしてんのよ。アリアもくる!」
「……」
もう仕方がない。
覚悟を決めろ神崎瑞樹、いやアリア・コックス!
「ふぅ」
短く深呼吸して俺は小さくて大きな一歩を踏み出し、二人のいるベッドへと突っ込んでいった。