東京九龍デーヴィー 8
「すごい圧だな…」
石川は目の前にそそりたつ、団地のような建物群を目にして思わず唾を飲み込んだ。
写真では見ていたが、実物は想像以上に大きく威圧的だ。
「ようこそいらっしゃいました。石川様ですね?」
弦楽器のように深く響く声がした。
建物の影からすらりとしたスーツ姿の美人が現れた。
日光の下というのもあるのかもしれないが、瞳の色がかなり薄い。混血だろうか。
「はい、東京都町田市役所から来ました石川です。あなたは…」
「東京九龍城自治会副会長、王羅志です。本日は会長の志偉に急用が入ってしまったので代理で私がお話をさせていただきます。」
「よろしくお願いします。」
名刺を出そうとポケットに手を運ぼうとすると羅志に右手を差し出された。
握手か。握った羅志の手は冷たかった。
「参りましょうか。自治会事務局まで案内します。」
建物の中に視線をやる。暗闇と赤が混ざり視界をにじませた。
事務局は勤め先の市役所を連想させた。
硬そうなソファに座るよう勧められる。腰掛けると、烏龍茶が振る舞われた。
羅志が向かいのソファに腰掛けた。
「今回は先日区役所に送らせていただいた資料についての確認ですよね。何か不足したところはありましたか?」
「いえ、詳細に情報を書いていただいていたので特に不足箇所はありません。本日は簡単な事実確認のみさせていただきたいと思います。」
鞄から資料を出しつつ、頭の中でデータを呼び起こす。
「人口は7000人、そのうち6割が中国人、4割がインド人ということで間違いはないですね?」
「ええ、相違ありません。」
「また、建物の老朽化も問題ないということも合ってますか?」
「合っています。ここは見た目こそ九龍城に似ていますがその本質は異なります。東京九龍城は建築家の王志偉が計算し尽くして建てた限りなく九龍城によく似た建築物です。きちんと調査していただければ分かると思いますが。」
羅志の声が鋭いものに変わる。
たしかにその通りなのだ。
東京九龍城は疑惑はあるが調査するとその実態は黒ではないことが多い。
「わかりました。後ほど設計図が残っていれば見せていただいてもよろしいですか?」
「大丈夫です。設計図は保管してあります。」
羅志の声は少しだけ丸くなった。
石川はズボンの生地をわずかに握った。
「ありがとうございます。その他に本日は一つお願いがありまして」
「インド人の居住地区を見せていただきたい。」
石川の言葉に羅志は金色に光る目を細めた。