東京九龍デーヴィー 6
ここに来るのも久しぶりだ。
けして広くはないキャンパスの一角にある小さな庵。
畳と茶室のあるこの空間は、かつて文学部の教授陣が取り壊しに反対して死守したものだと言われている。
「石川くん、お待たせしたね。」
招き猫のようなシルエットの男性が、ちょこちょこという擬音が似合いそうな歩き方で部屋に入ってきた。
畳のふちは踏んでいない。
「いいえ、そんなに待っていませんよ。お変わりありませんね。森松教授。」
福々として愛らしいが食わせ者。
東京都の市役所の公務員として働く石川は恩師のことをそう評している。
「石川くんも元気そうで何よりだ。市役所の仕事は今は大変だろう。」
「そうですね。でも体を壊すほどの激務ではありませんから。お忙しい中こちらも調査を頼んでしまってすみません。」
東京都町田市特別外国人居住地区にある巨大集合住宅、通称東京九龍城の調査を役所は森松教授に依頼した。
数年前、都内の外国人居住地区で宗教指導者の洗脳による集団自殺事件が起きて以来、東京都は特に海外から入ってきた新たに宗教に対して過敏になっている。
「これが調査資料だよ。」
「ありがとうございます。拝見します…と、これ遠田にやらせましたね。」
石川は現在大学院にいる友人の名前を出した。
真面目で素直なわりにどこか要領が悪い。森松教授に振り回されている遠田のぼんやりした笑顔が脳裏に浮かんだ。
「おや、よくわかったね。」
悪びれる様子もなく、森松教授は福々と笑った。
ちなみに遠田はホッチキスを逆に留めるクセがあり、石川はもらった資料を見てすぐに気がついた。
「大丈夫だよ。一応私も目を通したから。」
まあ、一見した様子、写真も取ってあるようだし基本情報も書かれていそうだし大丈夫だろう。
相変わらずだと思いつつ、石川はもらった資料を鞄にしまった。
「そういえば、比口最近きましたか?」
比口、石川と遠田の同窓生で森松教授のもとで一緒に学んだ友人だ。
現在は記者をやっていて、東京九龍城の宗教関連の事物の一件の火付け人である。
「いや、来ていないね。連絡つかないの?」
「基本的に連絡はほとんどつきませんよ。もし会ったら文句を言っておいていただけると。」
近年、役所は人手が足りず毎日が戦場だ。
表向きは専門家の意見を頂く、ということになっているが実際は人手が足りずに森松教授に調査を投げたというのが正しい。
「今後もそちらで調査はするのかい?」
「ええ、宗教関連の問題ほかに耐震についての問題もありますから。近いうちに取り壊しにはなるかと。」
「私は個人的に興味があるから調査結果が出たら教えてもらっても良いかな?」
「ええ、今回協力をいただきましたし報告させていただきます。」
差し障りのない範囲で。心の中で一言付け加えた。
「今回はありがとうございました。僕はこれで失礼します。」
「いや、こちらこそご足労ありがとうね。」
石川は森松教授に頭をさげると、庵をあとにした。
比口、あいつのことだから雑誌に載せた情報よりも正確で突破な情報をつかんでいるに違いない。
「面倒なことになってきたな…。」
石川は今抱えている仕事を数えた。