東京九龍デーヴィー 4
王羅志に案内されて薄暗い道を歩む。羅志は慣れたように迷いなく道を選ぶが、本来脇道も目印も乏しい中で目的地にたどり着くのは容易ではないだろう。
進めば進むほど、香辛料のツンとした匂いが強まっていく。
「ここで信仰されているのは女神です。」
羅志が口を開いた。
狭い道に反響する彼の声はハープの音を連想させる。
「女神、ですか。」
「ええ、宗教施設に足を運ぶ信者の多くはインドから来た老年の女性です。ここの屋上からは湖が見えるので水に関係のある女神サラスヴァティ…日本でいう弁財天への信仰が特に盛んです。」
水と香辛料の匂いはますます強まっていく。
「中国の方がその施設を利用することは?」
「もちろんありますよ。仏教にも関連のある神ですから。しかしながら、ここにある宗教施設は日本の神社のようなもので熱狂的なものではありません。数年前にあった出来事のような…」
羅志は言葉の語尾を濁した。おそらく、調査に来ると連絡を受けてその意図も察していたのだろう。
「こちらも危惧して、というよりはあくまで調査なので…過度にならなければ宗教は人の心を支える面もありますから。」
あまり警戒されてもいけないだろう、遠田は理解を示した。所詮、情報の出所もゴシップだらけの週刊誌だ。
「そうですね…ここは閉鎖空間であることは否定できないので、少しでもお役に立てれば。」
自治会の事務所を出てからというもの、再び色鮮やかな布が景色に現れ始めた。
扉や壁の色も様々な明るい色で塗られているものが多くなってきた。しかし、先ほどと変わり人の気配は薄い。
「ここはどのような人が住んでいるんですか?」
「この辺りはインド人の居住が多い地区です。今の時間は子供は保育施設や学校、というよりは塾のような場所ですが、そういった施設にいて、男性は遠田さんがはじめに通ってこられたような工場の多くある地区へ仕事に行き、女性は屋内で家事や、機織、編み物などの手仕事をしています。」
夕方になると人気も出てきます。
羅志はそう付け加えると道の突き当たりにある扉を開けた。
薄闇に慣れた目には眩しい日の光が視界を眩ました。