東京九龍デーヴィー 2
森松教授に呼び出されてから一週間後、遠田は東京九龍城、もとい、東京都町田市特別外国人居住区を訪れていた。事前に渡された資料によれば、この建物群に住んでいるのはほとんどが中国人とインド人とのことだった。
町田に限ったことではないが、アメリカやヨーロッパといった地域から渡ってきた外国人と中国人は仲が良くないことが多く、他の居住地区でもそれとなく住み分けている。町田はアメリカからの渡航者が多いようであったからその住み分けが如実に現れた結果がこれなのだろう。
しかし、なぜインド人の割合は高いのだろうか…遠田は疑問に思いつつ、建物の入り口をくぐった。
下水と香辛料が混ざったの匂いが鼻についた。
薄暗い廊下には赤い提灯に中国結びがぶら下がり、緩やかに張った紐に引っ掛けられた鮮やかな薄い布は微かに漂っている。俗と幻想の中間のような景色は現世とあの世を繋いでいる三途の川を連想させた。
表向きは行政が実施することになっている今回の調査には東京九龍城の自治会が協力してくれることになっていた。遠田は自治会の運営本部がある中央棟3階を訪れなければならない。
事前に城内の地図は受け取っていたがそれは一目見ただけではわからないほどごちゃついたものだった。
(建物の中に入れば目印があると思ったんだが…)
薄暗い中ぼんやりとしたひかりが帯びる光景がずっと奥まで続いている。ところどころに階段はかかっているがどこに繋がっているのか想像はできない。
とりあえず進もうと、地図を片手に足を踏み出した遠田は何かに引っ張られる感覚を覚えて後ろを振り向いた。
「ギョウセイ?」
黒い瞳が薄闇の中で光っていた。
遠田の上着の裾を7歳くらいの子供が引っ張っている。
「そうだ。行政から来た。」
一語ずつ区切って子供に答えると子供は遠田の前に出て道の先を指差した。
「コッチ」
片言ながらも日本語がわかるらしい。
子供に連れられて遠田は幻想へと足を踏み入れた。