試練の終わり
ヤシの木を背に朝日が昇るのを眺める。
ナイフ一本のサバイバル生活が始まって遂に7日目の朝だ。
僕はあの後、アイナに教わった池の近くを拠点にしてそこから離れることはなかった。
主食はよくわからない芋。
蔦をたどってナイフと手を使ってひたすら掘り起こす。
作業は長いと2,3時間はかかったがアイナの様にミミズや虫を食べるよりはましだ。
味は里芋と長芋の中間のような味で、火を通さないと激しい下痢に襲われた。
水は池の水を空になったココナッツを使って汲み、異様な匂いが出たらアイナに取ってもらった別のココナッツを新しく空けてコップにする。
とにかく生き残ることだけを目標に現状維持を心掛けた。
どこからかバサッバサッと羽ばたく音が聞こえる。
立ち上がって辺りを見渡すと一匹の翼竜が近くに降り立った。
近付いてみると、背中に乗るように言っているかのように姿勢を低くし、その背中には鞍と手綱が付いていた。
「乗っていいのかな?」
「クアっ」
念のため訊いてみると翼竜は嘴を背中にくいっとやって見せる。
恐る恐るまたがるとせっかちなのか翼竜はこちらの確認も取らずいきなり飛び立った。
やっとこの島から出られる。
空から島を見下ろすと確かに色々なところに池や湖のようなものが見える。
恐らく自分が最初にいたあたりを見ると直ぐ近くに竹林が見えた。
その近くには池などはないのでアイナの行動範囲はかなり広かったに違いない。
今更ながら後悔が少し残るが、結局アイナに会えなければ生き延びる事は出来なかっただろう。
その後、元居たドラゴンたちの聖堂に戻ると風呂に入るように言われた。
今までの服を入れるようにと荷袋を手渡され、風呂から上がると新しい服が用意されていた。
聖堂に戻ると既に何人かが食事を始めている。
その中には助けてくれたアイナがいたのでお礼を言いに行こうとしたが、例のごとく錫杖を持ったドラゴンに会話をしないように注意された。
「さて、食事は済んだようですね」
結局、最後に食事を済ませたのは僕だった。
今ここにいる人間は僕を合わせて5人。
他の人たちはどうしたのか訊きたかったが、予想通りの答えが返ってきそうなので怖くてやめた。
錫杖を持ったドラゴンが生き残った5人を横一列に並べて話を続ける。
「君たちは生き残った。我々からの試練はこれにて終了だ」
「我々からの?ってことはまだあるのかよ」
ドラゴンの言葉にすぐ食って掛かる男が一人。
僕のナイフを切ったあの素行の悪そうな男だ。
「君たちの人生は続く。これからも幾多の試練が待ち受けているだろう」
男がまた何か言おうとしたが、シャンと錫杖を鳴らして黙らせる。
そして別の男の前に移動して左手からナイフを取り出す。
「その前にまずは君からだ。君に加護があらんことを」
次の瞬間にはぐしゃりと男の頭が地面に落ち、血しぶきと共に残ったからだが崩れ落ちる。
隣にいた女性が悲鳴を上げる。
アイナと素行の悪そうな男は黙って身構えている。
僕はというと、ぶるぶる震えながら「なんで・・・」と口にするのが精いっぱいだった。
「この男と君はルール違反を犯した」
ドラゴンが指で示したのは首を切り落とされた男の隣にいた女性。
心当たりがあったのか、彼女はそこに座り込んでしまう。
「協力しての生存はマイナス5ポイント。彼は持ち点を失ってしまった」
ポロポロと女性の目から涙が零れ落ちる。
本人はもう諦めているのだろうか。
それとも腰が抜けてしまったのか逃げるそぶりがない。
錫杖を持ったドラゴンが女性の目の前まで顔を近づける。
「君はまだ11ポイントある。次に進んでくれたまえ」
そう言って彼女を立たせると、錫杖を鳴らし他のドラゴンに合図する。
すると何か書かれた紙が4人に配られる。
広げてみてみるが知らない文字で何が書いてあるか分からない。
勇逸わかるのは数字の1と2だけだ。
「これが君たちが獲得したポイントだ。このあと下の換金所で硬貨と交換した後にそれぞれの召喚用アイテムを購入してもらう。その後は別の者から説明がある」
そう言って僕らは換金所へ案内された。
―――結局のところ、僕が獲得したのは2ポイントだった。
換金をしてくれたドラゴンによると
・生存 1ポイント
・火を起こした 1ポイント
計2ポイント
と書かれていたらしい。
今はアイテム購入の為に道具屋に来ている。
「ねぇ、君はいくらもらったの?」
「えっと、2ゴールド」
「へぇ、思ったより少ないんだね」
道具屋に入ったからなのか、説明が済んだからなのかここからは私語が許された。
そこでさっそくアイナと情報交換、というか話しかけられる。
アイナは計21ポイント獲得して21ゴールド受け取った様だ。
詳細は教えてくれなかったが、『他者を助ける』という項目が15ポイントもあったらしい。
お金はゴールド、シルバー、カパーという種類の硬貨があり、100カパーで1シルバー、100シルバーで1ゴールドという単位になるそうだ。
一応、召喚に使うアイテムは腕輪が最安値の1ゴールドだ。
召喚に使うアイテムは色々な種類があって、高い物だと30ゴールドのものまである。
一応は試練での最高ポイントが31ポイントらしいので買える人がいないわけではないようだ。
召喚アイテムはランクがありランクが高い物ほど値段が上がる。
アイテムのランクはあとから上げることもできるが、同ランクの物を合成しないといけない。
ランクだけでなく使い魔の能力値を上げるアイテムも10シルバーから売っているが、合成代が50シルバーと結構な値段がかかる。
始めは一番下のランクの腕輪を二つ買って合成しよう思ったが、ランクの合成も同じく50シルバーかかるようだ。
結局僕は1ゴールドの腕輪を買って、お店のドラゴンのおすすめで残った1ゴールドを100シルバーに崩してもらった。
その後、買い物が済んだ順に召喚の儀式を行う部屋に案内される。
部屋の床には魔法陣が描かれており、どういう仕組みか光を放っている。
奥には小さな祭壇があり、そこにドラゴンが立つと「では、儀式を始めるが召喚したい者の名は」と問いかけてきた。
「えっと、召喚したいのは僕の兄さんで名前はエイコウ」
「召喚したい者の名はエイコウ。では、君の名は」
「ひ、ヒロノブです」
「ヒロノブ、では始めよう」
荷物を部屋の隅に置き、魔法陣の中心に購入した召喚の腕輪を置く。
「私に続いて」
ドラゴンが両掌を上に向けてマネするように言うので、同じポーズをとる。
「我、ヒロノブ、ドラゴンの牙により汝、エイコウを召喚する」
「我、ヒロノブ、ドラゴンの牙により汝、エイコウを召喚する」
ドラゴンが祭壇を降り、こちらに近付いてくる。
そこからはよくわからない言葉を唱えているが、真似はしなくていいよと手で合図された。
僕が腰につけていたナイフをドラゴンがとり、それを一度か掲げて一礼すると掌を切って来た。
「いたっ」
紅い血が掌からあふれてくる。
その手を握らせると、ドラゴンは腕輪に手からあふれた血をかけた。
魔法陣の光が強くなる。
ドラゴンはそれを確認すると祭壇に戻り、再び「さぁ、彼の名を呼んで」とまた同じポーズをとった。
「エイコウ・・・、兄さん!!」
光が強くなり視界が真っ白になる。
僕は立ち眩みがして大きな尻もちをついてしまう。
「大丈夫かヒロノブ」
声がして閉じていた目を開くと、誰かの手が僕を立たせようと差し伸べられている。
それに手を出すと力強く引っ張り起こされ、懐かしい顔がニコニコと僕を見つめていた。
いつも炎天下で仕事をしているせいで茶色く焼けた顔。
時間と金が惜しいと無造作に伸びた黒い髪。
厳しい肉体労働で鍛え上げられた筋肉。
ヒョロヒョロでいつも青っ白い顔をしていた僕とは真逆の存在。
「兄さん!」
思わず涙があふれてくる。
兄さんは「よしよし」と僕をハグした後にまじまじと顔を見て、「なんでそんなに日焼けしてるんだ?イメチェン?」と笑った。
僕は何か言い返したかったが、感情がぐちゃぐちゃになってただ泣いていた。




