恵みの雨
どさっと砂浜に放り捨てると翼竜はどこかへ飛んでいった。
飛んでいった先を見ると大きな島があって、その頂上は雲に覆われてよく見えない。
もしかしたら霧だと思っていたのは雲だったのかもしれない。
と、そんな事を考えていても意味がないので辺りを見渡し現状を確認する。
海の向こうは先ほどの島以外は何も見えない。
浜辺は見える限りはずっと続いていて、岩場のようなものは見えない。
島の中心側は大きな森になっていて、獣道すらなく進んでいくのは難しそうだ。
まずはどうしたらいいだろう。
ここで一週間過ごさなければならない。
まずは拠点づくり?
兄さんだったらどうするだろう。
照りつける太陽のせいで汗がじわじわと湧いてくる。
とりあえず日陰に行こうとしたが、それがきっかけで必要なものに思い当たる。
水だ。
兄さんだったらまず飲み水の確保をするに違いない。
そういえば昔、兄さんと一緒に図書館で読んだ本の内容を思い出す。
綺麗な水の入手方法。
ひとつは適当な葉のある木の枝にビニール袋をかぶせて包み、葉からでる水蒸気を集める方法。
もう一つは穴を掘ってビニールシートを張る方法。
ヤカンとコップか何かがあれば海水を蒸発させて、それを集める方法もある。
が、「はぁ」とため息をついて木陰に座る。
どれもこれも道具が必要だ。
だが、自分にはこのナイフ一本しかない。
翼竜に運ばれている間、落とさないように必死に握りしめていた。
そのせいだろうか。
既に愛着がわいてカッコよく見える。
とりあえず飲み水を探さないと。
飛んでくるときに上空から島を見ることが出来なかったので、島の中心に川や湖があるか分からない。
だとしたら、何も考えずに森に突っ込むのは危険だろう。
植物は触っただけでかぶれてしまうようなものもあるだろうし、危険な虫や動物もいるかもしれない。
だとしたら一番安全なのは島の外周を一周して川を探すことだ。
そうと決まればすぐに行動だ。
直ぐに立ち上がり歩き出す。
とりあえずは海を左手に進んでいこう。
―――日が沈むと辺りは真っ暗になってしまった。
あの後、ひたすらに歩いたが川を見つける事は出来なかった。
ただ、汗をかいて体力を失っただけ。
きついのは砂浜の近くは足場が悪く、進んだ距離と体力消費が見合わない事だ。
目が慣れて星明りで少しずつ辺りが見えてくるが、それと一緒に寒さもやってくる。
今日はここまでにしよう。
適当な場所で横になり、寒さをしのぐために丸くなる。
これから一週間、何とかなるのだろうか。
兎に角喉が渇いた。
一生懸命唾液を出し、口の中を潤す。
明るくなったら直ぐに水を探しに行こう。
大丈夫。
この島はそんなに大きくないはずだ。
―――熱さに耐え切れずに目を覚ます。
暑さもあるが、何よりも足が熱い。
気が付くと日は高く、木陰から出た足が太陽の光で焼き石のように熱くなった砂浜に当たっている。
足は直ぐに木陰に戻したが、どうにも起き上がることが出来ない。
眠いわけではない。
体がとにかく怠いのだ。
倦怠感にレベルがあるとしたら、風邪をひいた時が5、インフルエンザの時が10だとしたら、今は15くらいだろうか。
咳が出るわけでもなく、体が痛いわけでもない分楽なはずなのだが、とにかく体が重い。
必死に立ち上がり歩き始める。
まずは水。
水を飲めば状態は良くなるはずだ。
照りつける太陽が容赦なく体力を削っていく。
幸いなことに汗はまだ出るので、額の汗を指で集めて舐める。
汚い気がするが、口に水分が少しでも入るだけで全然違う。
いっそのこと海に飛び込んで心行くまで飲んでしまいたいが、それがいかに危険なことか小学生だって知ってるはず。
「ダメだ・・・限界だ・・・」
遂に膝をついてしまう。
そしてそのまま立ち上がれず横になる。
どのくらい歩いたのだろうか。
感覚的には50キロは歩いている気になっているので、実際はその半分くらいだろうか。
歩いても歩いてもこの砂浜は続いている。
絶望しながら無限に続くこの砂浜の先を見た時、僅かな希望が目に飛び込んでくる。
「あれって・・・」
面白いことに、人は目先の目標がある場合行動力が出る。
さっきまで歩くのが苦痛だったのに、バランスを崩しながらもその見つけたものへ走り近付く。
そしてその木の下に立つとその上になった実を見つめる。
「ヤシの木だ」
実際はヤシの木かはわからない。
だが、その木の先にはバスケットボールサイズの茶色い何かがぶら下がっている。
きっとあれにはココナッツジュースが詰まっているはずだ。
あれにこのナイフを突き立てて穴をあけ、身をひっくり返しがぶがぶと飲みたい。
水分が無くなってパッサパサになった口に僅かな唾液が出てきた気がする。
まずは登らないと。
木の幹に手をまわすが、全く力が入らず登れる気がしない。
そもそも力があったとしても登ることは不可能だろう。
木のみしか目に入っていなかったが、この木自体は3メートル以上ある。
今度は石を拾って投げるが、これもやはり意味がない。
大きい石は力が入らず投げることが出来ず。
小石は辛うじて届くが実を落とすどころか揺らすことすらできなかった。
しばらく途方に暮れていたが、あることを閃いてナイフを抜く。
蔦やつるを切り集め、ロープを作るためだ。
昔何かで見たのだが、足首を紐で縛って気を上っている人がいた。
それがどんな理屈化は分からないが、今はそれに頼るしかない。
一応、もう一つ紐を使った登り方も見覚えがある。
ヤシの木に輪っかにした紐を引っかけ、その輪を自分の腰あたりに当てて登っていくのだ。
「できた・・・」
編み方はあっているか分からないが、とりあえずのロープが出来た。
それを木に引っ掛けるように輪っかにして縛り、その輪っかに自分も入ると腰に当てた部分に体重を預けるようにしてみる。
そのまま足を地面から離し木に足を当てると、なんとその場でバランスをとることが出来た。
これなら上に登ってもこうやって固定することが出来る。
だが、問題があった。
この状態から上に登ることが出来ないのだ。
仕方なく、今度は足を縛ってみる。
そのまま木にしがみついて登ろうとするが、腕の力が足りず勢いよく背中から地面に落ちる。
背中をぶつけたせいかガハガハと変な咳が出て、上手く呼吸ができなくなる。
少し眩暈もするが、視界に入った木の実がその全てをやる気に変える。
二つの方法を組み合わせれば行ける。
自分に強く言い聞かせて木にしがみつく。
意外なことに足を縛るのは木を登るのに役に立った。
足の力が入らなかったからだろうか。
普通に自分の意志で木を足で挟むよりも圧倒的に登りやすい。
そして腰に当てたロープが体重を使って上手く木の途中で固定してくれる。
登って固定、登って固定を交互に行い少しずつ登っていく。
高さは2メートルを超えて木の実まであと少し。
逸る気持ちを抑えて順調に登っていく。
そしてあと一回で手が届くところまできて、木を足でけり、体をロープに預けた時だ。
ブチっと音がして、今まで感じてきた感覚を失う。
ロープが切れてしまったのだ。
そのまま勢いよく地面に叩きつけられる。
痛いどころの騒ぎではない。
きっともう体は動かない。
頬についた雫が流れる。
泣いているのだろうか。
もう体中がカラッカラで涙なんて出ないと思っていた。
だとしたらもったいない。
比較的動きそうな左手で涙をぬぐった時、不思議なことに気付いた。
右手に濡れた感覚があったのだ。
「はははははは、やった、やったぞ」
思わず声を出して喜ぶ。
そして喜んだ顔だけでなく、口の中にも濡れた感覚。
やがて音を立てて雨が降り始める。
サバイバル二日目。
川は見つからないし、木の実も取れなかった。
だが、思わぬところで水が手に入った。
まさに恵みの雨だった。