試練の始まり
「え!?あ、え!?」
声にならない声を上げて驚くと、目の前の司祭服を着たドラゴンが大きく翼を広げた。
「静かに」
「は、はい」
驚いてつい返事をしてしまうが、訊きたいことがたくさんある。
ここは何処なのか。
どうやってここに来たのか。
そもそも目の前の服を着たドラゴンは何者なのか。
ドラゴンはこちらの反応になれているのか、「着いてきて」と歩き出すと今の状況を話してくれた。
ここは異世界でガブリゴンというドラゴンたちが住む国らしい。
この世界には西と東に大きな大陸があり、それぞれ魔王軍と人間の同盟が国を作って戦っている。
かつてはガブリゴンも戦いに参加していたらしいのだが、今現在は中立の立場にある。
そんな彼らは定期的に異世界から人間を召喚し、召喚された者に力を授ける。
召喚される人間の条件はたった一つ。
誰かを救いたい者。
召喚された者は試練を受けることで自らの使い魔として救いたい対象を召喚することが出来る。
その対象はペットでも人間でも構わない。
ただし、対象が成仏してしまった場合は召喚ができなくなってしまうので、原則として死者を召喚する場合は49日以内に召喚を行わなければならない。
そこまで話すとひと際大きな部屋に出る。
聖堂だろうか。
奥には別の司祭服を着たドラゴンが何人かいる。
それだけじゃない。
人間も何人かいるようだ。
「さぁ座って。直ぐに食事を持ってくる。君が最後だから食べ終わったらすぐに始まるはずだ」
有無を言わせず僕を椅子に座らせると、ドラゴンは別の部屋へ行ってしまった。
辺りをキョロキョロと見渡すと、一人の女の子と目が合った。
何か聞けるかもしれないと立ち上がると、シャンと音が鳴り、「開始前の参加者同士の会話は認められません」と錫杖を持ったドラゴンに止められた。
仕方なく席に座るが、わかったことがある。
ここにいる人間は自分と同じ試練を受けるために召喚されたんだ。
彼らは誰を救いたいのだろうか。
考えているうちに食事が運ばれてきて、すぐにそれを食べた。
パンとスープ、水だけだったが、量だけは沢山あってお腹はこれでもかというほどいっぱいになった。
途中で食べ終わりたかったが、残したらドラゴンがどんな顔をするか分からなくて無理に詰め込んだ。
「ごちそうさまでした」
「いい食べっぷりでしたね。あなたに加護があらんことを」
片付けに来たドラゴンに食器を渡すと、どうやら女性だったようでニコッと笑いかけてくれた。
「それでは始めましょう」
食べ終わるのを待っていたのか、すぐに錫杖を持ったドラゴンが全員に声をかける。
全員がドラゴンの方へ集まると、シャンと錫杖をならし、別のドラゴンに何か持ってこさせた。
そこにはナイフが10本。
数えると、参加する人間もちょうど10人だ。
「皆さまにはこれから一週間、このナイフ一本でサバイバル生活をしてもらいます。さぁ、持って行って」
ナイフはどれも同じに見えるが、誰もが出来る限り選びたいのか手を伸ばす。
僕も一番初めに目についたナイフに手を伸ばして取ると別の人のナイフに当たり、弾かれて落としてしまう。
「ちょっ」
慌てて拾うと、ナイフの先が当たったのか刃の一部に切り傷が付いてしまっている。
「ナイフが切れちゃったじゃないか!?」
「は?」
ナイフを弾いた犯人を見ると、素行の悪そうな男が睨んできた。
ヤンキーと呼ばれる類の人ではない。
髪は黒で、手入れをしていないのか長くてボサボサだ。
服も『俺がお前をぶっ殺す』と書かれた何ともダサいTシャツを着ている。
「ナイフが切れた?馬鹿じゃねえの」
「静かに!」
また錫杖を鳴らしてドラゴンが注意する。
仕方なく切れたナイフを拾うとそれを納めるための鞘をドラゴンが手渡ししてくれる。
「この試練の最低条件はこのナイフを所持した状態での一週間経過。それ以外のポイントは各自で探す事。最後に、参加者同士での協力は禁止とする」
「ポイント?」
誰かが質問したが、ドラゴンは答えることはなくまた錫杖を鳴らす。
すると左手側の大きな扉が開き、風が一気に入ってくる。
咄嗟に腕で顔を覆ったが、その景色が目に入ると皆直ぐに外へと出る。
ここはかなり高い場所だったらしく、遠くまで一望で来た。
自然と共存した街。
木々たちはすべて緑ではなく、桜や紅葉、イチョウのような鮮やかな色合いの木々が見たこともない幻想的な景色を生み出している。
空は薄い霧に覆われていて、それごしの太陽の光が拡散してとても綺麗だ。
まるでファンタジーの世界。
そうか、ここは異世界何だった。
バルコニーの様になっているが、ここには手すりがない。
恐る恐る下を見てみると、股間の当たりがヒュンとするほどの高さがある。
「で、どこでサバイバルだって?」
先ほどの素行の悪い男が問うと、ドラゴンが錫杖で遠くを示す。
「この先に島がある」
全員がその方向を見るが、霧と太陽の光のせいでよく見えない。
「どんだけ遠くを刺してんだよ。歩いてけってか―――」
言い終わるかどうかのタイミングで、彼の姿が消える。
突然のことで全員が驚いたが、叫び声が聞こえてその方向を見て遺体を察する。
まるでプテラノドンのような翼竜が両足で肩を掴んで飛んでいるのだ。
それを機に次々と同じ種類の翼竜が他の参加者たちを運んでいく。
悲鳴を上げる者もいれば、何も声を上げないもの、楽しそうに声を上げる者もいる。
自分の番はいつだろう。
まだ心の準備が。
そんな事を考えたらいきなり恐怖心が湧いてくる。
早く来い。早く来い。
心の中で唱えるようにその時を待つが、なかなか自分の番が来ない。
なんでだ?と振り向くと、タイミングが悪くちょうど翼竜が掴みに来るところだった。
「ぎやぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ」
耐え切れずに声を上げる。
だって、そうだろ。
最悪なことに後ろ向きに掴まれてしまい、進む方角が見えないまま空高く飛び上がられてしまったのだから。