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5. 王子じゃなかった、夢オチだー

 クリーム色の壁。小さな部屋、小さなベッド。窓にはブラインド、その前には床置きのエアコン、って言い方でいいのかな?

 ベッドサイドには小さなテレビと棚。カードを入れてから見るよくあるタイプ。モニターに移るのは見慣れた私の顔。

 スライド式の扉の横には洗面台。壁にはソファーにもなるタイプのベッドとベビーベッド。

 簡易ベッドの上で寝ている和文くん。

 ……

 ここは、病院? 病院の個室?


「あら、起きました?」


 スライドドアが開き、楓子を抱いた看護師さんが入ってきた。

 そのまま私の側まで静かに歩いてきてベッドを起こし、楓子を抱かせてくれた。

 ……楓子っ!!

 可愛い、柔らかい、いい匂い!

 優しくぎゅっと抱きしめ、胸元に顔を近づけ匂いをかぐ。

 あぁ、いいにおい……

 顔を近づけひたすら匂いを嗅いでいると、あーあー、と声を上げながら楓子が耳や髪を引っ張ってきた。

 あぁ、耳がとろける……

 うちの娘、なんて可愛いいんでしょう……


「今日のお母さんはデレデレですね。ミルクを上げておきましたので母乳は今はいらないと思いますが、もし胸が張るようなら何かお持ちしましょうか?」

「えーっと……、はい、大丈夫だと思います」


 少し張り気味だけど、これなら次の授乳まで大丈夫だろう。最近は慣れてきたのかおっぱいが張って痛い、ということも無い。

 看護師さんがベビーベッドをベッドサイドに移動してきてくれた。


「楓子ちゃん、どうします? まだ抱かれますか? ベッドに戻しますか?」

「まだ抱いておきます」

「体のほうは大丈夫ですか? 痛かったりしんどかったりしませんか?」


 そう言われて、楓子から顔を離して自分の体を見やる。

 ……左足が吊られてるな。落ち着いてみると、体中が少し痛む気がする。

 そういえば、モニターに移った時、頭に包帯みたいなのが巻かれてたな。


「あれ? もしかして骨折してます?」

「えぇ、そうですね。あと、頭を強く打ってらして縫っています、痛みますか? 他、体のあちこちに打ち身があります。湿布を張りなおしましょうか?」

「あ、はい、お願いします」


 寝巻きの上を脱ぐついでに、おっぱいを楓子に含ませて見た。

 少し口をつけたが、すぐに飲むのを止めて小さなお手手でぺちぺちとおっぱいを叩いたりもにもにとしたりしてる。

 可愛い。

 そうこうしているうちに湿布を張り替えてくれて、看護師さんが部屋から出て行った。

 和文くんはまだ起きない。


 ……


 なぁんだ、夢か!


 いやー、変な夢みたなー。

 しかし、なんでアレックス王子になってたんだろ、私。全然興味ないキャラだったのに。

 リカルドくんとゼファーはまだイベント進めたことあるからわからなくもないんだけどねー。

 ゼファーはスキルが敵にまわすと大変なので、二回目はパーティーに入れたし。味方にしても強い良いキャラだ、遅いけど。

 なんだろ? 城が王子を連想させたとかかな?


「……まぁ、いいか」


 いつの間にか楓子が眠りかけていたので、そのまま抱っこしてあやしているとすぐに眠りについた。

 うーん、ベビーベッドに寝かすには体勢がしんどいな。

 実際どのくらい経ったのかはわからないけど、体感では一日ぶりだし、和文くんが起きるまで抱っこしとくか。



  *****



「かずふみくん、おはよう」


 和文くんがもぞもぞと動き出したので声を掛けた。

 のっそりと起き上がってこちらを見つめてくるので、にっこりと微笑んだ。


「おはよう、かすみ。……今、かずふみくん、って?」


 楓子は私の横で寝かせてる。その寝顔をじーっと見つめていたところだ。

 お口をむにゅむにゅさせている。

 あぁ、やばい、可愛い……


「……体の調子は?」

「ん? 大丈夫よ。湿布も張りなおしてもらったの」


 和文くんがベッドサイドに来てしゃがみこみ、きゅっと私の手を握ってくれた。


「良かった……」


 そう言ってにっこりと微笑んでくれた。

 ……私の惚れた笑顔だ。

 和文くんの手を引っ張り顔を寄せるように仕向ける。そのままそっとキスをした。

 唇を離して目を開けると、一拍置いて和文くんも目を開ける。そのままにへら、と気の抜けた照れ隠しの笑顔を向けてくれた。

 ……もう一度手を引っ張ってキスをせがむ。

 先ほどよりも長く、絡めた舌を離して、ゆっくりと顔を離す。

 ……あ、ちょっとやばいかも。でも、さすがにここではなー。骨折してても大丈夫かな?


「ふふ、良かった。かすみが元に戻ってくれて」


 繋いでない方の手で頭をくしゃくしゃと撫でてくれる。大きな手、私よりも、あの変な夢で見た手よりも大きくて暖かい手。


「昨日は抱きしめただけで騒ぐし、キスしようとしたら怒鳴りだすし、どうしようかと思ったよ。ホント、記憶が戻ってよかった」


 ……ん?


「あ、そうだ。うちの両親とそちらのご両親にも連絡してくる。お義父さんとお義母さんは今、真夜中かな? WhatsAppにしておくね」

「あ、ちょっと待って」


 和文くんが立ち上がり部屋を出て行こうとしたので、つないだままの手を離さずにぎゅっと握ったままにして呼び止める。

 和文くんが笑顔で小首を傾げてくる。


「えっと…… 今日って何曜日?」

「月曜だよ。あ、大丈夫、会社は休むって昨日のうちに連絡したから。って、昨日伝えたよね?」

「伝えた? ……昨日って、出かけた日?」

「それは一昨日だよ。あれ、大丈夫? やっぱりどっか調子悪い?」


 私が出かけたのは土曜日だ。今日が月曜なら、一日空白があることになる……

 え、昨日の記憶、忘れてる、いや、無くしてる?

 和文くんがもう一度頭を撫でてくれる。そのままほっぺにキスをして、すぐ戻るね、と言い残して病室を出て行った。



  *****



 和文くんは一日ずっと側にいてくれた。ご飯も病室で一緒に食べた。

 途中、お医者さんの検診や看護師さんが様子を見に来てくれたりもした。

 昨日、私は目覚めたらしい。

 でも、詳細は教えてくれなかった。頭を強く打っていたし、一時期混乱したんだろう、とのことだった。

 記憶喪失という話も出た、とは教えてくれた。

 まぁ、もう大丈夫だろうとのことだし、なんか気持ち悪かったので私も詳しくは聞かなかったが。


「どう、元気してる?」


 私は病院食を、和文くんは病院の近所で買ってきたサンドイッチとサラダとお惣菜で晩御飯を丁度取り終わった時に、パンツスーツに身を包んだ見知った女性が病室に入ってきた。


樋野(ひの)先輩!」

「はい、お土産」

「あ、○ンジェリーナ! とすると、もしかしてっ!?」


 樋野先輩はにやりと笑ってから○ンジェリーナのロゴがついた箱を開けて中身を見せてくれた。

 そこには想像したとおりの、濃い栗色に雪化粧のような粉砂糖をまぶしたモンブランが三つ入っていた。


「○ンジェリーナのモンブランだーっ!? さすが先輩っ、愛してます!」

「じゃ、冷水くれ」

「先輩が私のモノになるのなら、あげてもいいです」

「それだと冷水必要ないじゃん」


 あはは、と豪快に笑いながら和文くんを退かせてベッドサイドの椅子に座る先輩。

 樋野先輩は私と和文くんが勤めている会社の先輩だ。私は寿退社してるけど。今は和文くんの上司だ。

 まさにキャリアウーマン! って感じの美人だが独身。仕事とゲームが恋人、と言っている。


「まぁ、でも冷水貰えなくても」


 寝ている楓子のほっぺたをぷにぷにしていた先輩が、急に身を乗り出して私のあごをくいっと掴んで上を向かせる。


「私の心の中の女性部門一位には、すでに君が座っているよ」


 ……目を閉じて唇を少し突き出す。その唇にそっと何かが触れた。


「そのご褒美は、君にはまだ早いかな」


 ゆっくりと目を開けると、私の唇には先輩の人差し指が添えられていた。

 ……先輩!


「樋野さん、旦那の前で人妻を誘惑しないでもらえます?」

「香澄ちゃんに苦労かけたら、私がさらってっちゃうよ? 香澄ちゃんも、何かあったら遠慮なく相談しなさいよ?」


 苦笑する和文くんにウィンクを飛ばす樋野先輩。ふわー、かっけー。

 さ、食べましょ、と言って先輩がモンブランを取り出して配ってくれた。

 ふわーっ! ○ンジェリーナのモンブランうめぇっ!!

 外側のしっとりマロンクリームと中のふんわりマロンクリームにさくさくのメレンゲがたまらんよね!

 くそうっ、これでもう少しお手ごろ値段だったらなぁ……


 その後小一時間ほどおしゃべりしてから先輩は帰った。最後に、起きた楓子を抱っこして嬉しそうに微笑んでた。

 ここ一ヶ月半ぐらいは先輩も仕事が忙しく、私も育児で忙しくて会ってなかったから嬉しかった。

 まぁ、LINEはやってたけど。

 和文くんは明日も休んでいいらしい。丁度先週で仕事が一段落したところだから、ゆっくりしろ、とのお話だ。

 そういえば、晩御飯食べ過ぎたとかで、和文くんはモンブランを半分残した。

 明日、四分の一でいいからもらえないかな。

 そんなことを考えながら、眠りについた。

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