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4/11

4. 王子じゃありません、プレイヤーです

 エバーラスティング・シンフォニー。通称エバシン。

 多分、悠久交響曲という意味だと思うんだけど、ネットで見たら、エバーラスティングはどちらかというと否定的なイメージらしい。なので、長くて退屈な交響曲という意味のが近いという書き込みを見た。真偽は知らない。

 ただ、確かにゲームのボリュームは膨大だった、私もまだ全クリしてない。でも内容は退屈ではない、すばらしいシナリオだった、私は好きだ。システムもUIもテンポ良く遊びやすい。2回クリアしたが、退屈なんて微塵も感じなかった。ただ、確かに長い。どんだけテキストつっこんでんだ、という感じ。

 しかも、ストーリーにまったく関係ない歴史書とか地方のゴシック誌や、新聞なんかも読める。

 メインストーリーやキャラストーリーには微塵も関わらないのにバカじゃないの、というほど力が込められていた。

 ゲーム中、私の推しキャラでもあるシンシアたんから借りれた本『パールとポン菓子』は、本当に中身を読むことが出来た。身分差すれ違い恋愛小説だったが、4回ぐらい号泣した。ちなみに、普通の小説1冊か2冊分ぐらいのボリュームがあった。でも、シンシアたんとのストーリーには微塵も絡まなかった。話題に出ることもなかった。本読んだよ、で終わりだった。

 いや、小説として面白かったからいいんだけど、なんか、こう、騙された気分がした。

 ネットによると、そういう関係ない小説が30冊はあるらしい。

 話がそれた。

 主人公は男女どちらからでも選べる、そして攻略対象キャラは11人。そのうちの3人を選んでチームを組んで一年を一緒に過ごしながら仲を深めストーリーを進めていく。ただし、チームを組んでなくても攻略出来る。

 というか、チームを組んだ場合と組んでない場合で別シナリオが展開し、両方見るとさらに真シナリオが解放される、らしい。

 2回しかクリアしてない私はまだ詳しくは知らない。あー、またやりたくなってきたなー。

 というわけで、アレックス王子はその攻略対象キャラの一人だ。が、見た目とキャラが好みじゃないので私は攻略したことがない。

 いや、いかにもお貴族様な高飛車キャラって好きじゃなくて。別にデレて欲しくないし。

 ……そうだよ、アレックス王子っていかにも王族な高飛車キャラだったよね。

 あー、なんかわかった。そういうキャラが私に代わったんだから、そりゃみんな混乱するわ。

 口調、変えた方がいいかな? いや、無理だな。そもそも、攻略したことないから共通イベントしか知らないし。

 どんなキャラとかまったく覚えてないし知らないわ。

 まぁ、記憶喪失ってることになってるし、とりあえずこのままでいいや。

 ……ん? そういえば、オープニングの教室での自己紹介で呼び捨てにしろ、とか言ってたような気がする。

 なんか偉そうだったから、お貴族様の平民遊び、的にしか受け取ってなかった。彼なりに歩み寄ろうとしてたのかしら?

 まぁ、攻略しなかったしどうでもいいか。


「いやいやっ! ちゃんと攻略してたらもうちょっとヒントあったかもしれないじゃんっ!?」


 コンコンコン、と扉がノックされた。


「王子、どうかされましたか?」

「あ、すいません、寝言です。大丈夫ですから、エルリスさんもお休みください」

「……何かありましたら、いつでもお申し付けください」


 エルリスさん、まだ扉の前にいたんだ。大丈夫かな、ちゃんと休んで欲しいんだけど。

 まぁ、しかし。

 ドッキリでは無いよね? 特殊メイクではないみたいだし、確認したらついてたし。

 和文くんのに比べたら全然子供だから動揺することも無かったわ。

 じゃぁ、何故こういう状況に陥っているのか?

 夢にしては一回寝て起きてるしなー?

 うーん……


「いやいやっ! そもそもここ、本当にエバシンなのっ!? ゲームの中に入るってどういうことっ!?」


 コンコンコン、と扉がノックされた。


「王子、寝付けないのですか?」

「あ、すいません、寝てます。寝言です」

「……お疲れでしょうから、早めにお休みください」


 エルリスさん、さっきからすごいな。何故私がまだ起きてるってわかったんだろう?

 まぁ、しかし。

 やっぱり情報が足りないよね。

 うーん……

 もう一回ちゃんと思い出そう。土曜日のあの日、私も石垣から落ちたんだ……



  *****



「今日は僕がかえのこと見ておくから、かすみはたまにはゆっくりしておいで」

「……え?」


 朝、楓子がおっぱいを飲んだ後、ゲップを吐かせながら和文くんがそんなことを言ってきた。

 私はまだボーっとしてたから、よくわからなかった。


「あ、少し寝てもいい、ってこと?」

「違う違う。たまには外に出かけてきたら? ずーっとかえの面倒見てて大変でしょ? もうかえも大きくなったし、一日、はちょっと心配かもしれないけど、半日ぐらいなら僕でも面倒見れるから。ほら、買い物行くとか、お友達と会うとか」

「……外に出る?」

「そう! お昼も外で食べてきたら? 10時に出ればお店も空いてるでしょ。お昼食べて、夕方、いや、3時ぐらいには帰ってきてくれると嬉しいかな? 初めてだから、それぐらいで許して?」


 そう言って和文くんはへらりと笑った。

 ……泣きそうになった。だから抱きついた。


「ありがとう、うれしい」


 ……でも、事前に言っててくれたら、友達と予定もたてれたんだけどな。


 出発前にもう一度、楓子におっぱいをあげてから外に出た。

 楓子は大分ご機嫌だったし、和文くんも笑顔で送り出してくれた。

 私も久しぶりにお洒落してお出かけだ。とはいっても、軽く化粧して結婚当時の服を着ただけだけど。


 私は家から30分ほどの城跡に来ていた。

 ここからは街が一望できる。学生の頃からのお気に入りの場所だ。

 石垣近くのベンチに座り、屋台で買ったポテトとジュースを飲みながらボーっと景色を眺める。

 おばちゃんはまだ元気だった、なんかうれしい。

 さて。

 今からどうしようか。

 急だし三時、いや帰りの電車考えると二時ぐらいまでだ。友達には連絡しづらいな。美容院も無理だな。

 ……せっかくだし、久しぶりにこの近所の喫茶店でランチ食べようかな、土曜日もやってたかな?

 そのあとは、街に出てウィンドウショッピングだけして帰るかな。

 あ、街に出るなら、和文くんが好きなあのケーキ買って帰ろう。

 よし、そうしよう。もうちょっとゆっくりしたら出発しよう。

 冷めてきたポテトをかじりながらぼーっとそんなことを考えていた。

 風が気持ちいい……


 携帯が鳴った。

 電話に出ると、まず楓子の泣き声が聞こえてきた。

 次いで、和文くんの声。


「あ、かすみ。ごめん、楓子が泣き止まなくて。オムツも替えたしミルクも上げてみたんだけど駄目で。やっぱりまだ母乳じゃないと駄目なのかな? 悪いけど、一旦帰ってきてくれない? 今どこにいるの?」


 ……

 …………


 帰ると返事して、電話を切った。

 時計を見る。1時間半、も経ってないか。

 思わず苦笑してしまった。電話の声は、ちゃんと優しく返せたかな?

 そっか、一時間とちょっとか。私は毎日泣き声に付き合っているのに、一時間とちょっとで駄目か。


 ……帰らなきゃ。

 あーあ。一時間半の一人旅か。

 これなら、ずっと楓子と和文くんの面倒を見ておけば良かった。

 ……余計に辛い。


 最後に、街をもう一度見てから行こう。そのくらいはいいだろう。

 石垣の縁まで行って街をもう一度、一望する。

 それで帰るはずだった。でも、足が動かなかった。

 もう少し、もうちょっとだけ。


 ……高いな。そういえば、改めてみると足元の緑も綺麗だな。


(吸い込まれそう。誘われてるみたい…… もし、今、何かあったら、楓子と和文くんはどうなるのかな?)


 ……楓子は可愛い。食べてしまいたくなるほど可愛い。

 あまり子供は好きではなかった、というかどうしていいかわからないので怖かった。でも、愛している人と自分の間に出来た子はこんなにも可愛いのかと思った。

 和文くんも愛してる。もう高校からの付き合いだ。彼女になったのはずっと後だけど。

 うん、だからよくわかってる。和文くんに悪気は無い。今日も、和文くんなりに頑張って、考えてくれたんだろう。

 可愛い娘と優しい旦那様。

 私は幸せだ、だから、私も二人に報わなきゃ。私も頑張って支えないと。

 私が、頑張らないと。


 ……友達に連絡取ってなくて良かったな。

 すぐに帰れるもん。

 だから、帰ろう。久々に、ここに来れて良かった。


 ……携帯がまた鳴った。

 和文くんからだ。

 着信ボタンを押すと同時に、体が空中に放り出された。

 崩れる石垣、流れる景色、そんなものを人事のように見ることが出来たのは、やはり私の心がおかしくなっていたからかもしれない。

 残念ながら、運動神経は人並みなので落ちながら通話は出来なかった。



  *****



 うん、そうだった、そうだった。

 私、石垣から落ちたんだ。そして王子も石垣から落ちた。


「だから何っ!? 関係ないっ、まったくもって関係ないよっ!?」

「王子、入りますよ?」


 エルリスさんがベッドサイドで子守唄を歌ってくれた。

 いや、さすがに子供じゃないんだから、こんなことで、寝た、り――

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