2. 王子じゃありません、むせますから
コンコンコン、と扉がノックされた。
あれ、今、回想に入る流れ……
「王子、起きられましたか? 入ってもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
ベッドから体を起こしてそう返した。
……やっぱり声が違う。
あ、待って。もしかしてドッキリ?
この声も、ヘリウムガスだかメタンガスだかを吸わされて声変えてるとか?
そんなことを考えていると、扉を開け、綺麗に一礼してからさっきのメイドさんが入ってきた。なんか押してる。新幹線の売り子さんが押してるみたいな奴。
「失礼いたします。王子、具合の方はいかがでしょうか?」
「えーっと、その王子って私のこと、ですよね?」
「はい。今、ウィンデルが先生を呼びに行ってくれています。ご学友の方々もすぐに来られるかと」
ベッドサイドに来たメイドさんが、えーっと、配膳車? 配膳車から何か準備している。
「あ、そんな、わざわざ起こさなくてもいいですよ?」
「起こす……? いえ、まだ眠るには早い時間です。先ほどお夕飯を取り終えられましたばかりのはずです」
「あ、まだそんなに遅い時間ではなかったんですね」
「お水をお飲みになられますか?」
そう言ってメイドさんが水の入ったグラスを差し出してくれた。
「ありがとうございます、いただきます」
ありがたく受け取り水を飲む。
……っ!?
「ぅぼぇっ、ぐへっ、げへっ、ぶひぇっ」
またむせた。
また鼻から出た、はずかしっ!
メイドさんがやさしく背中を撫でてくれる。鼻もハンカチでふき取ってくれた。
こ、こんなことで惚れたりしないんだからねっ!? で、でも、感謝はしてないこともないんだからねっ。
まだむせながら心の中でツンデレ遊びをしていると、さっきの先生たちが入ってきた。
やばい、むせてたのギリギリ誤魔化せなかった。
最後に大きく咳をする。あ、ちょっと血の味がした。
顔を上げると、微妙な顔をした皆さんがベッドを囲んだところだった。
「あ、こんばんびゃはっ、ごほっ」
「落ち着いてからで構いません」
まだなんか残ってた。むせた時って、変にしつこい時あるよね。
メイドさんが引き続き優しく背中を撫でてくれる。
「……すいません、落ち着きました、大丈夫です」
「では、王子。まず、自分のお名前を言えますか?」
「え? 香澄です」
「カスミ?」
……?
「あ、違う。なんでしたっけ、アレクでしたっけ? いや、アレックスだったかな?」
「フルネームで言えますか?」
「え? うーん…… プルイット?」
すっごい微妙な顔をされた。
なんだよ、3も面白いじゃないよー。
「この国の名前は言えますか?」
メイドさんが心配そうな顔でそう聞いてきた。
国か。
ふむ。
周りを見回してみる。
メイドさんは青い髪、先生は茶色い、美少女は赤髪だし、美少年は金、茶髪かな? なんか濃い色のモンブランみたいな髪の色。青年に至っては濃い緑だ。
多分、日本じゃないな……
「あ、日本語しゃべってるから日本だわ」
「ニホン?」
「あれ? 違います? ヒントとかもらえます?」
メイドさんの眉間に哀しげな皺が刻まれた。やばい、泣かないで。
「アレク、エルリスさんのことはわかる? このメイドさんの名前、覚えてる?」
「え? ……エルリスさん?」
美少女がばっと飛び出てきて話しかけてきた。
……今、名前言ったよね? ひっかけ?
「エルリスさんは覚えてるのね? 私のことは? 私たちの名前は言える?」
「落ち着け、今メ、お前が先に名前を言っただろうが。アレックス、俺達の名前は言えるか?」
おいおい、なんだ、この美少女は天然さんか?
えーっと、名前か。名前ね。
「そっちの先生はクレスト先生」
「そうですね、あっています。昼に自己紹介いたしましたしね」
「で。メ、メ、メ。 ……メロディ? 青年はポールって感じ。美少年はオスカー、とか?」
「さっきから思っていたんだが、何故そう適当に答えようとするんだ?」
「な、なんか、今までと全然違う……」
「おーっ!? しゃべった!?」
なんだ、美少年、声まで美少年だな! ちょっとおどおどした感じがやばいね!
まぁ、私はそっちは好みじゃないけど。
あ、やばい、美少年おびえて青年の後ろに隠れてしまった。
「正直に答えてください。わからなければわからないで構いません。あなたは、第何王子ですか?」
「え、王子は王子じゃないのですか?」
「ご兄弟などに覚えは?」
「えーっと、あ、そこの二人は兄弟とか? 異母兄弟?」
「わからなければわからないで構いませんよ?」
先生がすごい優しい顔でそう告げてくる。
「そもそも、異母兄弟としても似て無さ過ぎだろう」
「えー? じゃ、王様と王妃様? いくらなんでも実の親では無いよね? 義理の両親?」
「アレク、なんでそういう結論になったのか教えてもらえるかな?」
えー? だってさー。
「二人とも気軽に呼び捨ててくるから、私よりえらい立場の人なのかなー、って?」
「アレクが呼び捨てろ、って言ったんじゃないっ?!」
「学園に通っている間は同じ学友同士、少なくとも学園では対等に扱うように、って何度も言って来ただろうが」
「お、王子って呼ぶと、すごいにらんで来た……」
おー、なるほど、そういうことだったのか。
すごいフランクな王族なのかなー、と思ってた。裸の王様のところ並の。あ、でも子供以外は空気読んで褒め称えたんだっけ?
じゃ、そこまでフランクでもないのか?
裸の王様といえば、結婚相手が逃げてぶさいくなガチョウが送られてきて、それを横において婚約パレードしたら、国民も子供も空気読んでそのままスルーして大盛況でパレード終わった、ってやつがあったな。真実を訴えるのは子供じゃないのか、と王様が嘆いてたっけ。なんでパレードしたんだっけ? 逃げた婚約者がもっと偉い国のお姫様とかだったかな?
あれ、誰の作品だっけ? また読みたいなー。
……とりあえず、尊敬してないからみたいな理由で無くて良かった。
「あ、別に王子って呼べって意味じゃないですからね? 先生とメイドさんに比べてそちらの距離感がよくわからなかったからだけですから」
一応言っておこう。改めて王子って呼ばれだしても困るし。
なんかすごい憤慨されちゃったし。
「あと、一応確認しておくけど、王子って役職的な王子ですか? それともあだ名ですか? ハンカチ王子的な?」
「あなたはこの国の第二王位継承権を持つ、正しくこの国の第二王子です」
「あ、はい、そうですか」
そうか、ロイヤルな感じか。
感じというか、ロイヤルなのか。
「……何か思い出したことや、覚えてることなど、なんでもいいからありますでしょうか?」
「え、うーん、なんでしょ? 特に無いと思います。何もわからないです」
わからなければわからないと言えと言われたので、先生に素直にそう返した。
うわ、皆がさらに微妙な顔をした。あっ、美少女ちゃんが泣きそう! やめて、泣かないで。
「うーむ…… 動揺が無いように見えるのが気にはなりますが、嘘は吐いていなさそうですし。どうやら、王子は記憶を失っておられるようです。多分、書物か何かの知識と混同しているのではないかと思います」
「おー、記憶喪失」
多分違うと思うけど、記憶喪失って響きがなんか素敵だったので受け入れた。