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1. 王子じゃありません、ママです

 目を覚ますと、そこは知らないベッドの上だった。

 そもそも私は無圧布団派だ。○川最高っ!

 あ、でもベッドタイプのもあるんだっけ。

 なんてことを思いながら視線を横に向けると、ベッドサイドに置いた椅子に座りながらベッドに腕と頭を置いて寝てる少女、美少女がいた。

 わー、すごーい、美少女だー。


 ……誰これ?


 肌はつやつやでしみ一つない。少し日に焼けてる? 健康そうな感じ。

 ふわっとベッドに広がっている赤毛は見るからにさらさらで柔らかそう。

 すっと通った鼻、口は、少し開いてる。よだれが出ていないからセーフだろう。疲れているのかな? 美少女は口が開いてても美少女だからいいな。

 なんて思いながら見つめていると、美少女の目がパチッと開いた。

 うわー、おっきくてくりっくり。

 目の色は緑……灰色かな?

 そういえば、赤毛のアンが灰色にも見える緑色だったっけ? 赤毛のアン、読みきってないわー。

 じっと見詰め合ってると、がばっと美少女が体を起こした。


「アレクっ!? 目が覚めたのっ!?」


 いや、目覚めたのはあなた。

 突っ込みは口を出なかった。その前に抱きつかれたから。

 驚いて声が出なかった。いや、変な声は漏れたっぽい。


「あっ、ごめんなさい。痛かった? ちょっと待って、先生を呼んでくる!」


 ばっと体を離し美少女が立ち上がる。

 と同時に、コンコンコンと扉がノックされた。


「クレストです。入ってもよいでしょうか?」

「先生! アレクが目覚めました!」


 ばたばたと美少女が扉に駆け寄るが、その前に扉が開いて4名ほどの男女が入ってきた。

 そのまま私の周りを囲み、そのうちの一人が私を診察しだす。


「気分はどうですか? 話せますか?」

「あ、はい…」


 ボーっとしてたら話かけられたので答えようとして、変な声が出た。

 んっんっ、と咳払いをしてからもう一度答える。


「大丈夫…… なんか、声が変です」

「そうですか? いつもどおりの声に聞こえますが。反響して聞こえてますか?」


 そういいながら先生らしき方が、失礼、と一言声を掛けてから私の顔を横に向け耳を確認する。

 逆に向けてもう片方も確認している。


「目が回ったりは?」

「いえ、特に。反響や耳鳴りもありません。 ……やっぱり、いつもより声が低い気が」


 そういえば、初対面なのにいつもって何だ?


「アレク、どうしたの? なんだか口調が……」


 美少女の声にそちらを見れば、なんだか周りの人たちが変な顔でこちらを見つめている。


「体が痛かったりは?」

「あ、いえ、特には。少しだるいです」

「すいません、声がおかしいとのことでしたので白湯をお持ちしました。目覚めたばかりですし、こちらの方がよろしいかと」


 先生の後ろから、綺麗なメイドのお姉さんが高価そうなコップをお盆…… いや、トレイか。トレイに乗せて持ってきてくれた。

 この人、さっきみんなと一緒に部屋に入ってきたよね? すごいな、早業だ。


「すいません、ありがとうございます」


 お礼を言って体を起こそうとして、痛みで顔をしかめる。

 うわ、何これ。打ち身のような肩こりのような鈍い痛みが……

 メイドさんが、失礼します、と声を掛けてから体を起こすのを手伝ってくれた。

 いつの間にかベッドサイドに一旦置いていたトレイから、お湯の入ったコップを手渡してくれる。

 ありがたく受け取り、口に含み飲み込む。

 ……っ!?


「ぅぼぇっ、ぐへっ、げへっ、ぶひぇっ」


 むせた。

 やばっ、鼻からも出た、はずかしっ!


「ごほっ、ぼふぉっ。 ……おひゃずかしいところほっ、ごほっ」


 メイドさんがやさしく背中を撫でてくれる。鼻もハンカチでふき取ってくれた。

 こ、こんなことで惚れたりしないんだからねっ!?


「……見たところ大丈夫そうですが、まだ体調が優れないご様子ですね。少し休んでいただいてから、改めて診察とお話をしましょう。王子、それで良いでしょうか?」


 ……


「アレックス王子?」


 ……


「アレク?」

「王子?」

「……え、私?」


 美少女とメイドさんが私に話しかけてきたっぽいので返してみた。

 皆が私を心配そうにじっと見つめてる。


「あ、大丈夫ですよ?」

「アレックス、お腹の調子は?」

「……私?」

「えぇ、空いていませんか?」


 今まで後ろに控えていた青年が話しかけてきた。

 ……でかいな、この人。でもまだ幼くも見えるので、高校生ぐらいかな?

 お腹に手を当てる。確かに白湯飲んだだけだしな。食べれるといえば食べれるかな?


「軽いものなら食べます」

「わかりました、準備してまいります」

「では、それまで休憩しておいてください。私たちも一度外に出ておきます。何か在りましたら声を掛けてください。扉の前に誰かいますので」


 メイドさんと先生がそう言って立ち上がり扉に向かった。

 青年が美少女と美少年を促し一緒に外に出て行った。

 美少女と美少年が心配そうにこちらをチラチラとうかがいながら外に出て、扉を閉めた。

 ……美少年、一言もしゃべらなかったな。

 とりあえず、私は素直にまたベッドに横たわる。

 掛け布団をあご下までひっぱりあげそのまま目を瞑る。


 ……

 …………

 ………………いや、おかしいからっ!?


 王子って何!? アレクだかアレックスだか知らないけど、誰それ!? 私の名前は香澄(かすみ)冷水(ひやみず)香澄、26才。

 3ヶ月前に娘を産んだ新米ママ!

 ……


「かえでこっ!?」


 ベッドから飛び起きてその名を呼んだ。

 私の愛しい娘。

 良く泣いて良く飲む子だから、そろそろお腹を空かしているはず!

 早くおっぱいあげなきゃ、私が抱いてあげなきゃっ!

 私の大事な娘、私が頑張らなきゃ!


「かえっ!? かえでこっ!?」

「アレックス王子! 落ち着いてくださいっ!」

「カエデコとはなんですか!?」

「楓子はどこっ!? 楓子は無事なのっ!?」


 先生の肩を掴み楓子の居場所を聞く。

 いつも一緒、ずっと一緒。私が落ちたのなら、一緒にいた楓子は……!?


「アレクっ、落ち着いて!」


 赤色の何かが抱きついてきた。

 すっ、と視界が広くなる。


「楓子、かずふみくん……」


 その名前をつぶやくと、また胸がざわざわとしてきた。

 そのまま私は意識を失った。



  *****



 目を覚ますと、やっぱり知らないベッドの上だった。

 いや、さっきと同じベッドだから、一応知ってるか。

 今度はベッドサイドに誰もいなかった。

 窓の方を見るとカーテンが引かれている。

 ……夜なのかな?


 さて。


 ……ここはどこだ?

 手を出してじっと見つめる。

 ……おっきいな。私の知ってる手じゃない。

 そのまま頬を包むように触り、鼻を触り、顔を撫でる。

 ……うん、わかんない。こんなんでどんな顔してるかなんてわかるわけないよね。

 まぁ、少なくともいつもの顔と違うのはわかった。

 OK、まだ慌てる時間じゃない。まずは素数を数えよう。

 1、3、5、7、9、11、13、15じゃない、19、23?、27、29、31、33じゃなくて39?

 えーっと、41、51、61、71、81、91、101、111、121、131、141、151。

 151か。そういえば、前かずふみくんが買ってきてくれた肉まんおいしかったな。

 151だっけ? あれ、511?

 いや、ちがう、ちょっと待て。

 そうだ、まずは思い出そう。肉まんはいつだ? 確か楓子が生まれて初めての出張の帰りだ。

 そうそう、そうだ。思いだせー、思い出せー。

 出すぜー、思い出すぜー。

 ……えーっと。

 …………


「あぁ、そうだ。土曜日だ」


 土曜日の朝、かずふみくんが気分転換に出かけておいで、って言ってくれたんだ……

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