〈二九話〉集合
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実家を出て光成が向かったのは東京ではなく静岡県だった。「二四日、静岡県御殿場市、御殿場駅に一二三〇集合せよ」と休暇に入る前に上官からそういい渡されていた。元の部隊から調査隊に転属となり、住んでいた寮は出払っているので(埼玉に)帰っても戻るところがない。
電車を乗り換えた頃には太陽はすでに高く上がっていた。自衛官の貸し切りだな、と光成はそう思った。車内の半分以上は見た目こそ一般人と変わらないが立ち居振る舞いで自衛官だということが分かる。ついでにいうと全員がパンパンになったボストンバックを持っているので否応なく目立っている。
駅に着き改札を越え外へ出ると、姿勢のいい男女が至るところに立っていた。そして誰もが一度は光成を見た。いつものことだ、と思いながら時計を見ると集合時間まであと十分。手持ち無沙汰に駅前を歩いて時間を消化する。そして集合時間になるとバス停に見慣れたモスグリーン色のジープを先頭に、陸自の大型トラック五台が停車した。
ジープから一人の自衛官が降りると、後ろのシートから何かを取り出し傍に設置した。ウェルカムボードには”調査隊への編入者はこちら”と書かれている。それに釣られて一人がジープに近づき、少し話すとそのままトラックへ乗り込んだ。するとすぐに自衛官たちが並んでいき自然と行列が形成され、光成も列に加わる。ペンギンのようにトコトコ進むこと数分、ジープにたどり着く。
「IDと官姓名」
「八上光成一等陸曹です」
IDカードを渡すと陸曹長は光成の顔と入っている顔写真を入国審査のように見比べてから頷いた。「トラックに乗れ。次」IDを返してもらいトラックの荷台へ近づく。荷台には迷彩服姿の人間ではなく平服姿の男女が押し込まれていた。光成は大きな身体を縮めて奥に座る。
入り口のところまで隊員がぎゅうぎゅうと押し込められ、ようやく荷台の扉が閉じられ走り出した。荷台の中は走行音だけしか聞こえず、まるでエレベーターの中のように誰も話さない。そんな雰囲気に光成は嫌気を差し隣の同僚へ手を差し出しながら話しかけた。
「あー、光成だ。埼玉の三二普通科連隊から来た。階級は一曹」
「え、ああ。栗田愛花一等陸士です、四三普通科連隊から来ました」
短く刈り上げた髪で青年かと思っていた人物は声音で女性だと分かった。愛花は困惑しながらも握手に応じる。今の日本において握手という文化はすでに廃れている。加えて光成のどこから見ても日本人離れした容姿もあるだろう。
「四三・・・・えっと何県から?」
「九州、九州の宮崎ですよ。ちょうど去年で任期満了だったけど、その時調査隊の広報を見て延長して応募したんですよ」
「理由は興味? 手当?」
「もちろん手当に決まっているじゃないですか~。それで帰ってきたらPSCに入れば将来安泰ですよ」
手当というのは「新大陸調査隊手当」という調査隊に参加する自衛隊員に支給される特別手当、危険手当のことである。自衛隊による不発弾処理をする際、従事する隊員の手当が数百円という安さで有名だが、イラクに派遣された際は(日当で)二四〇円から二万四〇〇〇円の手当が支給されていた。
今回は新大陸の状況が全く不明の上、未知のウィルス・細菌に感染する可能性が高いため最低でも五〇〇〇円、最高五万円の手当が出る。例え感染や怪我をしても治療費は全額を国が負担、死亡した場合は遺族年金が遺族へと支払われる。現在自衛隊に入隊した大体の若者は普通科などの歩兵職を希望する場合が多い。
そして任期が切れると継続せずに、PSCへと再就職するのが当たり前となっている。九年前までは公務員は安定した職場・高給取りという位置づけにあったが、今では官僚でもリストラは当たり前で天下りをしても儲からない、そのため公務員は前ほど人気がない。だが自衛隊や警察といった身体や銃器を扱うところは今でも人気がある。
特に身体を動かす部署(自衛隊なら普通科、警察なら機動隊や銃器対策部隊等)に所属していたら、好待遇でPSCに再就職できるからだ。調査隊員の殆どが愛花のように手当とステップアップ目当てに参加していた。「一曹だって私と同じ口じゃあないのですか?」と愛花の言葉に光成は苦笑いして応える。
「俺はどちらかというと半ば強制的に来た、というのが正しいのかな」
「は?」
ちょうどその時、トラックが停止して後部に乗っていた隊員が幌を上げ大声を出す。「全員直ちに降車、降車、降車!」その声に従い荷台に乗り込んでいた人間が次々と降りていく。二人もそれに続く。
暗い車内から明るい場所に出たため、すぐに回りのどんな風景が分からなかった。顔をしかめながら目を明るさに慣らそうと細める。光成が立っている場所は富士駐屯地正門を入ったところだった。周りには光成と同じように辺りを見回していると「全員注目!」そんな大声が聞こえた。
「あの宿舎入口でID確認を行い係員の指示に従い、荷物を置き着替えたらグラウンドに集合せよ」
駅前にもいた陸曹が少し離れた場所にある建物を差して伝えた。その声に従って平服姿の自衛官たちがゾロゾロと向かう。言われた通りに光成も向かうが、入口にはすでに長蛇の列が三つ程できている。一つの列に並び待っているとあることに気が付く。身長が二メートルあり加えて見た目が完全に白人の光成は駅同様に列の中で目立っていることを自覚していた。
他の列に光成と似たつまり日本人離れした容姿を持っている人間を発見する、一人だけではなく十人以上も。彼らも俺と同じように命令されて来たのだろうか? そう思っていると自分の番になっていた。駅前のようにIDを渡し官姓名を答えると少し間を置いて確認できたのか「二階一〇五号室、四番ベッド」素っ気なくいわれた。
人でごった返している廊下をノロノロと進み二階へ上がり指定された一〇五室に入るとトップレス姿の愛花が立っていた。光成を見ても悲鳴を上げるでもなく「あ、どうも」と気にせづに着替えを続ける。
「なんだ同室か」
光成は自分のベッドにボストンバッグを置き、中から着なれた迷彩服を取り出し着替え始める。陸自では数年前から部屋は男女別ではなく共同になった。入口にある鏡でおかしなところがないか確かめる。光成自身は着なれてはいるが、似合っているかは別だ。自衛隊のより米軍(制服)の方がおまえは似合う、と同僚からよくからかわれた。
「初対面の私がいうのもアレですが、恐ろしく不似合いですね」
「それは俺が一番分かっているよ」
着替え終わった愛花が鏡の中に映る光成を見ていう、苦笑いしながら隣の愛花を見ると生粋の日本人だけあって制服が様になっている。声を聴かない限りではWACには見えない。
「何です」
「・・・・いや」
光成の視線に体形にコンプレックスがあるのか、はたまた女の感? そう考えながら部屋を出る。廊下に出てグラウンドへ向かう間、光成は予想通り目を引いた。グラウンドやその周りには迷彩姿の自衛官で溢れていた。
しばらくして金属製の壇上に一人の自衛官がメガホン片手に上がり「全員整列、凛一佐からお話がある」といった。グラウンドに集まっていた自衛官が立ち話をやめ速足で整列するが形だけだ。壇上の横には六人の位の高い自衛官が並んでいる。その中の女性にしては身長の高い女性が上がり口を開いた。
「私は調査隊の総指揮を執る山下陸将補から副指揮を任された岬凛一佐だ。調査隊に参加する諸君は今日から三週間寝食を過ごしてもらう。今日の所は顔合わせだけで明日から訓練を開始する。早朝〇六二〇にグラウンドへ集合せよ。質問がある者は?」
女性らしい凛としていて、それでいて指揮官らしい威厳のある声でいう。整列した中から一人が手を上げ、凛一佐は頷いて促す。
「部屋割は部隊編成ですか?」
「その通りだ。他に質問がある者は―――――では解散」
「敬礼かしら~中」と掛け声で整列した全員が中央、凛一佐に向かって一糸乱れずに敬礼する。凛一佐も左右に敬礼してから壇上を下りた。「解散」と壇上横にいた曹長がいう。
官名?姓名?名前?どれが正しいのかな?
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